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Ep.312 恋敵は知能犯

 遊びに行っていただけの筈なのに、フライに抱えられ気を失ったまま部屋へと戻ってきたフローラの姿にハイネは見る間に青ざめた。

 その顔色のまま人目につかぬ内にと手早く室内へと通される。一歩踏み入ると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。


 流石に動じているのか、ガンっと扉に足をぶつけて数秒悶えたハイネだったが、すぐに頭を切り替えてフライに彼女を寝台へと下ろすよう促す。


「フライ様、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんが寝台に寝かせて差し上げてください。私はその間にお紅茶と、滋養強壮に効く薬湯を淹れて参りますので」


「あぁ、お構い無く。長居はしないから」


 苦笑してそう答えたフライに一礼し、ハイネが鞄から見慣れない薬草を数種類出して扉から出ようとして……なぜかこちらを振り向いた。

 今まさに彼女を寝台へと下ろそうとしていたフライが、どうかしたのかと首を傾ぐ。


「本当に申し訳ございません。もし寝台へ寝かせた後姫様がお召し物を掴んで離さないようでしたら、無理矢理手を開かせてでも外してお帰り頂いて構いませんので!」


「……?服を?気を失っているのにかい?」


「はい、以前ライト様に同じように部屋まで運んで頂いた際にはもう、ライト様のガウンを離さなくて離さなくて……!なので、もう遠慮はせずに力ずくで離させて大丈夫ですから!」


 『では失礼します!』と忙しなく飛び出していくハイネを見送った所で、ベッドにおろしたフローラの手がポスンと重力に逆らわず毛布の上に落ちた。

 すっかり火傷の治ったその小さな手に自らの手を重ねる。抑えきれずに、ため息が落ちた。


「離さないも何も、端からしがみつかれて無いんだよ……」


 自嘲するような己の言葉が、心に重くのし掛かる。こんな些細な出来事で、彼女の中での自分とライトの位置の違いを見せつけられているような気がした。重ねているだけの手に無意識に力が入って、下にした彼女の手を強く掴んでしまう。


「ん、んんっ……」


「……っ!」


 刺激を感じたのか、フローラが小さく声をあげた。焦って手を引っ込めようとして、でも、その口から聞こえてきた名に思考が止まる。


「ふにゃ、ライト……」


「ーっ!」


「……っ、ん、ふっ……!」


 一瞬で胸を貫いた痛みに駆られて、寝ている彼女の唇を奪う。途中、何度か息苦しそうにフローラが顔をそらそうとしたが、それを押さえ込んで何度も唇を重ねた。

 フローラの今の状態は、酸欠で死にかけた身体を自己回復するために魔力がほとんど生命維持に回った……所謂一種の魔力欠乏の状態である。だから、今夜は恐らく多少のことでは目を覚まさないだろう。それがわかっていて、抵抗出来ない彼女に手を出すなんて。


(我ながら、本当に卑怯……)


 けれど、どうしても我慢出来ない。

 どれくらい口付けを交わして居たのか。弱々しくフローラの手が抵抗のように自分の胸板を押したことで、ようやく唇を離した。

 一瞬気づかれたのかと焦ったが、口付けから解放され呼吸が自由に出来るようになった彼女はただ気持ち良さそうに寝息をたてているだけだった。単に息苦しくて無意識に起きた抵抗だったようだ。


 安堵と罪悪感から漏れるため息を抑えることもせずにベッド脇に腰を下ろせば、サイドテーブルに乗った貝殻つきの写真立てが目に入る。まだ幼かった頃、皆で遊びに行った水族館で撮った一枚が入っていた。

 今と変わらぬ無邪気な彼女の笑顔の隣に並んでいるのは、自分じゃない。


「……ほーんと、腹立つ」


 呟きながら、指先で写真立てに写る彼の位置を弾いてやった。衝撃で揺れた写真立てがパタンと倒れる。少しだけ、胸のつかえが軽くなった。


「……諦めてなんかあげないからね」


 その言葉さえ聞こえていないであろうフローラの額を優しく撫でて、部屋を出る。廊下に差し込む月明かりが綺麗だ。

 夜風で頭を冷やそうかと、ブラリと中庭に足が向かった。


「あぁ、やっぱりこっちに来たね」


「……!クォーツ……、帰ったんじゃ無かったんだ」


「まぁね、今夜は……ちょっと眠れそうになくて」


 中庭の東屋で、ベンチに掛けていたクォーツが自らの頬をかきながら苦笑を浮かべた。

 誘われた訳でも無いのに、自然とその隣に腰を落とす。


「……大丈夫?」


「……あぁ、大丈夫ではないけど、平気なふりは出来そうだよ。意外と諦めが悪くてね」


 『そっか』と短く返して、クォーツはそれ以外何も言わなかった。

 だからだろうか、つい本音が溢れた。


「何で君がライトにも気持ちを自覚させたのかは予想はつくよ。あのままじゃフェアじゃなかったからでしょう。でも僕は、散々逃げ回ってきたライトの気持ちはまだ認めてないから。ヘタレは一生ヘタレてれば良いんだ。大体さ、僕は告白すら邪魔が入ったのに、何で毎回毎回彼が良い所ばっかり奪っていく訳?おかしいじゃないかそんなの!」


「はは、まぁそれだけじゃなくてライトがフローラを好きだと認められなかった本当の理由の予想がついたからだったんだけど、フライは手厳しいね……。じゃあ、どうするの?」


「……とりあえず、告白だけは絶対させない。気持ちを伝えたきゃ、何かひとつでも勝負事で僕に勝ってみろと言ってやるさ。元々最初にフローラとの婚約から何から決めたのは僕なんだから」


「え、そんな条件飲むかな!?ライト今まで一度もフライに勝ったことないのに!」


「呑ませるさ、意地でもね。散々興味が無いと言わんばかりに振る舞ってきといて抜け駆けとかあり得ない。絶対認めない」


「うわぁ、怖ーい……。その条件呑んじゃったら

、ライト下手したら一生気持ち伝えられないんじゃ……」


「ちなみに、君も他人事じゃ無いからね」


「えっ、僕もとばっちり!?せめて不可侵の期間は高等科に上がるまでとかにしない!?大体その条約じゃ、フライ自身は何時でも告白出来ちゃうじゃないか!」


 ガンっと衝撃を受けたクォーツが項垂れる。その姿にちょっとだけ、笑ってしまった。


(とばっちりで悪いね。でも心配しなくていいよ。……もう一度玉砕覚悟で告白出来る程の勇気は、僕も残って無いからさ)


 その翌日、本当にフライの話術にはまったライトとクォーツがまんまと『事態が落ち着き、かつ何かしらひとつの課題で自分に勝つまでは気持ちを伝えてはならない』と言う不可侵条約に乗ってしまい、高等科に上がるまではフローラに想いを伝えられなくなってしまうのは、波乱万丈の学園祭後の、ほんの些細な出来事なのであった。


     ~Ep.312 恋敵は知能犯~


『その初恋は長期戦につき、まだまだ混線模様です』




 こんな終わり方してますが、エドガー編が終わった次の舞台では一気に恋愛感を強める予定です。告白は三人とも出来ませんが!!ww


どのキャラが好きかとか、一言二言で良いのでコメントいただけたら幸いです(*^^*)

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