Ep.306 『守り人』を護る者
「え、え……え!?ライトにき、キスするんですか!?私が!?」
「他に誰が居るって言うんですか?ここに居る女性はフローラ様だけでしょう。まさか男同志でしてるシーンをご覧になりたいと?」
「違っ……そんな趣味はありません!!きゃっ!」
カァーッと耳まで真っ赤になったフローラのすぐそばを、風を切る早さでなにかが横切った。
その正体はライトだったようだ。話が聞こえて動揺したせいで吹っ飛ばされてしまったらしい。が、余力はあるのかそのまま壁に激突したりはせず、上手く勢いを殺して着地していた。そして、フリードに詰め寄られているフローラの前に立った。
「お前っ、なに馬鹿なこと言ってるんだ!おふざけしてる場合か!?」
「ふざけてなどおりません。良いですか?聖霊王の剣と聖霊女王の指輪は対となるもの。故に魔力の波長が非常に似ております。恐れながら申し上げますが、今の殿下の余力ではここに記された奥義を詠唱したとしても魔力が足りない筈……。というか、まず多分そのままじゃ読めませんよ?これ古代文字ですから」
「そ、それはそうだが……っだからってなんでそう言う話になるんだ!!」
「一般的に知られていないことですが、人から人へ魔力を譲渡するには唇同士の接触が一番なのです」
だからさぁ、早く!と言われたところで、はいそうですかと出来る訳がない。そもそも。
(り、理屈はわかったけど、こんな皆が見てて、しかも戦いの場でなんて……っ!いや、フライとクォーツは気絶してるけど……!)
仮にしたとして、初恋の人との初めてのキスがこのシチュエーションってどうなんだと不満が沸くと同時に、思い出してしまった。夜の森でフライに抱き上げられた時に唇に触れた、柔らかな感触を。
「理屈がわかっても納得出来るか!こう言うのは、その、大切な事なんだから当人の意思がだな………、ーっ!」
ライトがそう言いながらフローラの顔を伺った、そのタイミングは最悪で。丁度、今更ながらにフライにファーストキスを奪われたことに気づいたフローラが、上気した頬で口元は手で隠しながら、潤んだ瞳でフライの方を見つめていた所だった。
「……なんて、呑気なこと言ってられないな」
「きゃっ!ら、ライト……?」
舌打ちをしたライトがそんなフローラの目元を片手で塞ぎ、壁際へと追いやった。逃げられないようご丁寧に両腕で退路を塞がれたフローラを見下ろしたライトの瞳に、なにかが揺れているのがわかる。
ゾクリと、なぜか背中が粟立った。こんな大ピンチな時なのに、心臓の鼓動が煩い。間近で見つめられると、“ライトが良いなら”とそんな誘惑に負けそうになってしまう。
「……馬鹿、なに目閉じてんだよ。こんな大事なこと、同意なくするわけ無いだろ。死の間際とかじゃあるまいし」
「あいたっ!」
ぎゅっと目を閉じたフローラの唇に触れる寸前で止まったライトが、ペシンと彼女の額を叩いた。
拍子抜けしてヘナヘナとその場に座り込むフローラの頭をポンポンと叩いて、ライトはフリードに手帳を寄越すよう片手を差し出す。
そんな主君に対し、フリードはボソリと呟いた。
「……ヘタレですねぇ」
「やかましい!大事にしてんだよ!!嫁入り前の女に軽々しく手出せるか!!」
「そんなだから恋人じゃなく保護者ポジションになるんですよ、全く」
容赦のない一言に、ライトのプライドにヒビが入った音がした。眉間にシワを寄せたライトが、怒りを堪えながら命を下す。
「……フリード、勅命だ。それを寄越せ」
「うわっ、困ったらそうやって話を逸らす……。だからフライ様に先越されちゃったんですよ。第一、今の殿下じゃ読めないんですって、フローラ様か殿下か、口づけで魔力を相手に注いで聖霊の魔力を極限まで高めないと……」
「いいから寄・越・せ!……いや、良くない。お前今『先を越された』って言ったか!?」
「ちょっ、ライト先輩後ろ!」
「ーっ!!」
それまで二人の砕けたやり取りに入れずぽかんとしていたエドガーが叫んだ。魔物が三人の後ろに居るフローラを狙い突進してきたのだ。
「しまった、剣が……っ!」
動揺のせいで隙があったのだろう。ライトの手から剣が吹き飛び魔物の背後側の地面へと突き刺さり、そのままライト自身は前足で凪ぎ払われ……壁際まで吹っ飛ばされてしまう。フローラが咄嗟に水球をライトと壁の間に作り衝撃を緩和させたが、それでもぶつかった箇所には大きなヒビが入るほどの衝撃が響いた。
「ライト!!!」
「大丈夫だ、下がってろ……!」
よろけつつもライトが立ち上がる。魔物も大分弱っているので何とか隙をついて剣を取り返すことには成功したが、柄を握ったのと同時に再び背中から攻撃を喰らった。
「……っ!ライト、しっかり!!」
「っ…………!」
頭に攻撃を喰らったせいで、意識が朦朧としているらしい。目の焦点すら怪しいライトだが、どうにか立ち上がろうとしていた。
(このままじゃ、皆傷ついてくばかりだ……!)
フライとクォーツはフリードに保護されたが、ダメージが深すぎて今のフローラじゃ一度には癒し切れない。ライトだって同じだ。このままじゃ、ゲームのラスボス戦のごとく、こっちの攻撃力か回復力が潰えた時点で何もかも終わってしまう。
『お前が護りたいその総てごと、俺がお前を護って見せよう』
耳の奥に優しく響く、その声が、フローラに覚悟を決めさせた。
「ライト、ごめんね……!」
小さく謝ってから、膝枕していたライトの頬に両手を当てる。虚ろな眼差しが動き、迫ってくるフローラの顔をぼんやりと見ていた。
「んっ…………っ!」
唇に当たる甘く柔らかい感触に、ライトの瞳に光が戻る。血みどろの服が洗い立てのように白くなり、傷は昇華するように光を放ちながら塞がり、刃が消滅寸前だった聖霊は剣が完全に復活した頃。フローラはようやくライトの唇から口を離した。
「ライト、大丈夫?」
「あ、あぁ。でも今、何が起きた?」
完全に回復したライトが立ち上がり、不思議そうな顔をする。ダメージのせいか、キスされたことまでは理解できなかったらしい。
フローラは赤くなった自らの頬を見られないよう、ライトの顔に開いた手帳を押し付けた。
「ーっ!ーー読める……」
「でしょうね。今なら行けるかも知れませんよ」
フリードにもそう言われ、ライトが手帳に記された一文を読み上げ始める。なぜか、瞳を閉じたまま。
《永久の悪夢に囚われし者よ、我が刃を受け入れたまえ。我こそは光の先導者の守り人。そして……》
「……!」
手帳から溢れた光が糸となり、剣と指輪を繋いだ。フローラは自然と胸の前で両手を組み、指輪に意識を集中する。自らの魔力が、糸を通じて剣へと流れていくのが感覚でわかった。
ライトがゆっくり、まぶたを上げる。普段は深紅のはずのその双眸は、太陽のような金色に変わっていた。その瞳で魔物を見据えたライトが、剣を天高く構える。
《汝に巣食う暗影のみを、撃滅する者なり》
その一撃は、正に神が大地に落とした雷のようで。
ライトの振り落とした刃は一筋の光となり、魔物の体を真っ二つに切り裂く。血は出ない。代わりに、サナギから蝶が孵化するように、ふわりと魔物の背から光の玉がゆっくり浮かび出る。
その光景を見上げていたエドガーの背中を、ライトとフローラがぽんと叩く。
「エドガー君、行ってあげて」
「……っ!はい!」
頷いたエドガーが、ゆっくりゆっくり降りてくる光の玉に向かって走る。
広げられた少年の両腕に、それがふわりと降りてくる。
「エミリー、よかった……!」
ゆりかごのような光がほどけて消えて、エドガーの腕に残ったのは。幸せそうに寝息を立てるいつも通りの妹だった。
~Ep.306 『守り人』を護る者~
『貴方が私の望むもの、全てを護ってくれるなら、私は代わりに貴方を護りたい』




