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Ep.304 その刃は誰が為に

 咄嗟に目を閉じて身構えたフローラだったが、待てど暮らせど衝撃は来ない。恐る恐る目を開けると、二本の剣が振り下ろされた魔物の爪を食い止めていた。


「ライト!フライ!大丈夫!?」


「あぁ、いいから君は下がって!ーっ!」


「おっと!やっぱり授業用の剣じゃ強度が足りないか……。二人とも、怪我はないな?」


「うん、大丈夫!」


  エドガーを庇うようにしていたフローラの前に飛び込んだフライとライトが二人掛かりで魔物の前足を弾き返した。代わりに折れてしまった剣を投げ捨て、フライがフローラの肩を揺さぶった。


「『大丈夫!』じゃないよ!またそんな無茶して!こっちがどれだけ心配してると思ってるんだ!!」


「ご、ごめんなさい。でもほら、ちょっと位の怪我なら治せるし、死ななきゃ大丈夫かなって……」


「馬鹿っ!」


  フライが張り上げた声に、苦し紛れの言い訳が止まる。泣きそうな顔で、抱き締められた。


「本当に、勝手に居なくならないで……!」


「うん、ごめんね。心配かけて……」


  抱き締められたまま、フライの背中をポンポンと叩く。その肩が、震えていた。若干漂う甘い空気に、ライトのこめかみにシワが出来る。

  しかし、その雰囲気を地響きを起こす程の巨大な叫びがぶち壊した。まだ辛うじて残っていたシュヴァルツ公爵の兵士たちが攻撃を仕掛けたせいで刺激された魔物が、再び暴れだしたのだ。


  先程までの闇雲に暴れていたのとは様子が違う。明らかに、ターゲットがフローラ一人に絞られた動きだった。それをフローラを咄嗟に抱き上げたフライがかわし、エドガーを背に庇ったライトが近場に転がっていた兵士達の剣を使ってどうにか食い止める。

  フライがフローラを自らの背にかばうように下がらせ、舌を鳴らした。


「ちっ……、何なのこの化け猫。武器が効かないなら魔力で……」


「……っ、待って!」


  風をまとい始めたフライに抱きついて、フローラが攻撃を止めた。驚愕したフライとライトだったが、そこで虚ろな眼差しのまま化け猫を見上げているエドガーの口が動いた。『エミリー』と。

  今度こそ驚きのあまり目を見開いたライトが叫ぶ。


「まさか、妹か!!?一体なにがあった!」


「私にもわかんない。でも殺しちゃ駄目だよ、どうにか助けなきゃ!!」


「……っ、だからって攻撃しない訳にはいかないでしょ!?あの魔物の狙いは君だ!!」


「で、でも、やっぱり殺せない!あれはエミリーちゃんなのよ!!?」


  フローラが負けじと声を張り上げる。そうだ、あれはエミリーなのだ。

  お兄ちゃんが大好きで、ちょっと食いしん坊でお菓子が好きだとフローラの差し入れを喜んでくれた、普通の優しい女の子。それを、殺すだなんて。


  フローラの言葉に、ライトはちらとエドガーを見た。その口が『助けて』と、そう動いたのを彼は見逃さない。


  しかし、フライは抱きついているフローラの手を自分から剥がし、下がらせた。鋭い眼差しで、魔物と化したエミリーを見上げる。


「……気の毒だとは思う。だけどあれが君を害するつもりなら、僕は戦わない訳にはいかない」


「フライ、待って!!」


  フローラの制止は聞かず、フライは風の魔力で作り上げた刃で魔物をまだ燃えている病院の方へと追いこんで行く。

  武器は効かずとも魔力なら効果があるのか、少しずつ鎌鼬に切り裂かれていく魔物の体が傾いだ。


「お願いフライ、やめて!……っ、ライト!!」


  留目を刺そうと魔力で飛び上がったフライが、最大級の魔力の刃を作り上げ、魔物へ、エミリーへ向かい振り下ろす。

  叫ぶフローラより早く折れた剣を全て投げ捨て、ライトも魔物の方へと駆け出した。戦う力を持たない自分が、情けなくて。思わず両手で顔を覆う。


  ザンっと肉が断ち切られたような鈍い音が響き、鉄の臭いが鼻をつく。指の隙間から様子を伺えば、火事で赤く揺れる大地に紅い血が飛び散り土へと染みていった。


「一時の感情に任せて、やり方間違えてんじゃねーよ」


  その場に居る全員が息を呑む中、フライの刃をその身で受け止めたライトが静かに、そう言った。同時に腹に一撃を入れ、魔物の動きは一時的に止まる。『ごめんな』と、困った顔で魔物に謝ってからライトはフライに向き直った。

  怯んだように一歩後ずさったフライが、自らの攻撃で利き腕を肩から手首まで裂かれたライトに怒鳴る。


「何を考えてるんだ!こんな化け猫相手なんて、魔力が十分な状態の時じゃないととても倒せないだろ!?人の攻撃邪魔して、あまつさえ怪我して、一体何の真似だ!」


  フライが怒りながら色々言っているが、会話はフライが風向きを操り聞こえないようにしているのか、フローラの耳には届かない。


  片や腕の痛みも気にせず立ち上がったライトはフライと化け猫の間に立ったまま、動かない。力強い眼差しで、フライを見据えるだけだ。


「お前こそ何のつもりだ?うちの国民をその手で殺すつもりなのか」


「……っ!国民と言っても、もうその子は人ならざる者だ。それに情けをかけて一番大切な人を亡くすなんて御免だね!それなら自分の手を汚してでも彼女を……!」


  無情ではあるが、正論でもある。そんなフライの言葉を、ライトの声が遮った。『それは、お前の本心では無い』と。

  フライが目を見開き、そして俯いた。


「強がんな。お前が平気で命を奪えるやつじゃない事くらい、こっちだってわかってる。」


「~~っ!本当、君のそう言う所が嫌いだよ……!でもじゃあどうする、聖剣だって無いし助ける手だてなんて無いでしょう。彼女が傷つくのだけは、絶対に嫌だよ、僕」


「探してみなきゃわからないだろ?それに関しては俺も同感だがな…………おっと」


  二人の会話が途切れた。意識を取り戻した魔物が起き上がり、ライトに向かって襲いかかったからだ。

  ライトは腕を怪我しているし、武器ももう無い。

  青ざめたフローラとフライが『危ない』と叫ぶが、ライトは避けなかった。太刀のように巨大な爪が、まっしぐらにライトに振り下ろされる。しかし、その爪は、彼の身体には届かない。


  まばゆい閃光と共に、空だったライトの手のひらに光が集い、それが剣の形へと変わっていく。

  そして、キィンッと鋭い金属音がした瞬間、爆発的に霧散した光の中から、ライトの掌に現れたのは。


「聖霊王の剣……!どうして!?マリンちゃんが持ってっちゃったのに……」


  唖然と呟くフローラに片目を閉じて笑ってから、ライトがエドガーに目配せをした。『偽物だったんだよな』と。


「で、本物は身体の中に取り込んでたわけ?本当……質悪い。というか人間技じゃない」


  安堵と同時に、フライの口からも悪態が漏れる。それに笑って、ライトは魔物の爪を弾き飛ばした。もう剣は折れたりしない。当然だ、それは世界で唯一“魔”を切り裂く、光の剣なのだから。


  それを受け継ぎし者が、フローラの方を見て勝ち気に微笑む。


「お前が戦えないのなら、俺がお前の剣になろう。お前は、護りたい者を護ればいい」


  そしてフローラの手をすくい、指輪がはまったそこへと優しく、口づけた。


「お前が護りたいその総てごと、俺がお前を護って見せよう」


  まるで誓いの言葉のように、ライトの囁きが静かに響いて。フローラは顔を赤くし、フライはどこか悔しそうに2人から視線を逸らした。その瞬間、共鳴するように指輪と剣が強く瞬く。光に触れたライトの腕から、見る間に傷も消えていったことにフローラは安堵する。


  しかし、その直後だった。魔物とフローラ達が立つ大地が、何の前触れもなくボコンと凹んだのは。


「え、えぇぇぇぇぇっ!?」


「ーっ!フローラ、掴まれ!!」


「ちょっと、次は何?もう……!」


  叫び声をあげたフローラを、ライトとフライの腕が支える。

  何が何だかわからぬまま、四人と一体は謎の地下へと落ちて行った。


    ~Ep.304 その刃は誰が為に~


 『この時代に甦ったのか。理由を知る者は、まだ居ない』





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