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Ep.302 貴方の腕で受け止めて

  夜の病院を橙に染めながら、異常な速度で燃え広がる炎の中。微笑んだマリンがエドガーに向かい広げた片手を伸ばす。そこに何を乗せろと言われているのか理解したエドガーは、抱き締めた剣と指輪を強く握り直した。


「あら、なあに?おかしな顔して。貴方はそれを、私に言われてあいつ等から奪ってきたんじゃないの?」


  炎の中、薄ら笑いを浮かべているマリンの姿が悪魔のように見えた。


「……奪ったんじゃない、借りたんだ」


「借りた?酷いわ、それは元々私が手にいれる筈だったものなのに、その言い方じゃあの女の方が持ち主みたいじゃない。いいから指輪を渡して、グズグズしてると手遅れになるわよ」


「……っ!」


  今こうしている間にも炎は広がっていくばかりで、時間がないのはエドガーだってわかっている。なのにどうして、待ち合わせには来なかった癖に、今更。


「……嫌だ」


「何ですって?あら……」


  一応は笑顔を取り繕っていたマリンの顔が、無表情に変わる。それと同時に崩れた天井の一部がエドガーの肩に落下し、激しい痛みにエドガーの手から剣と指輪が放り出された。


  それを、怪我をして床に倒れ込むエドガーには見向きもしないままにマリンが拾い上げる。


「……ふん、たかが攻略キャラの分際でヒロインに逆らうからよ。まぁいいわ、これは貰うわね。これがあの女とライト皇子の手にあるままだと、後々厄介なの」


「待てっ、渡すなんて、言ってない……!」


「はぁ……。邪魔よ、離せ役立たず!!」


「ぐっ……!」


  動かすだけで焼き切れるように熱い腕を必死に伸ばして、エドガーがマリンの足首を掴む。が、無情にもマリンはそのエドガーを階段から蹴り落とす。

  転がるように落下して手摺にぶつけた頭を片手で押さえるも、エドガーはよろけながら立ち上がった。切れた額から、炎に負けぬ赤色の鮮血が滴る。


「恩があるのも、確かだし……今日までずっと悩んでた。でも、わかったよ……」


「はぁ?何がよ。どうでもいいけど、サイズ合わないわねこの指。前はぴったりだったのに」


「それの持ち主は……っ、あんたじゃない。それはあの人に……っ、フローラさんに返すんだ……!!」


  力を振り絞って指輪に手を伸ばしたエドガーに向かい、マリンが構えたのは。


  先程ライトに吸わせた毒霧を液体にして発射出来るようにした拳銃であった。その銃口がエドガーの左胸に定められ、マリンが引き金を引く。それより先に。辺りを金色の光が包んだ。


「な、なによこの光!こら、待ちなさい!!」


  光源は、マリンがエドガーから取り上げた指輪。指輪はマリンの手からひとりでに宙へと舞い上がり、そこから溢れた光が大きな蕾となり、静かに花開く。マリンはそれに向かい、毒入の銃を乱射した。

  しかし、見る者全てを圧巻させる大輪の花から現れたフローラは、それらを一瞬で浄化して見せた。その指にぴったりと納まり煌めくは、全てを浄化する聖霊女王の指輪。

  歯噛みしたマリンが、親の仇を見るような顔でその名を呼んだ。


「フローラ・ミストラル……!」


「ごきげんよう、マリンさん。貴方一体何をして……くしゅん!!」


  強い眼差しでマリンを見据え、踵を鳴らしたフローラだったが……啖呵の途中でくしゃみが飛び出しては台無しである。


(わーっ!カッコ悪い!ドレス濡れたまんまだったからかな、そう言えば前にもこんなことあったような……!)


  フローラが現れたことに唖然とするエドガーはもちろん、マリンにまでポカンとされたフローラは、赤くなった顔で小さく咳払いをしてから改めてマリンに対峙した。


「と、とにかく、私がここに呼ばれた時点で貴女が彼に何をしたかはわかってるわ。諦めて剣を返しなさい!」


「嫌よ!これはあんたを始末する為に必要なんだから!!それより、指輪返しなさいよ!」


「それは出来ない相談ね。エドガー君、大丈夫?」


「あ、あぁ……。ーっ!?」

  

  金の髪を靡かせながらマリンと対峙しているフローラが、ちらとエドガーの方を見て片手を額の傷に翳す。その手が離れた頃にはもう、そこには傷跡ひとつなかった。


「……これが、聖霊の巫女の力……?じゃあやっぱり、指輪ははじめからあんたのだったんだ」


  『なのに俺は』と、後悔にうつむくエドガー。その頭を片手で叩き、フローラは前を見据えたまま言う。


「確かに貴方は、彼女に渡す気で私やライトから指輪と剣を借りたんでしょう。でも、自分の意思でそれを止めたんだよね?ここに私が居るんだから」


「え、何、どう言うこと?そう言えば、あんた一体どこから……」


「~っそうよ!病院は火の海だし侵入経路なんかないわ、出入り口もみーんな予め塞がせといたのに!!」


「ーっ!……私がここに来れたのは、エドガー君のお陰よ。指輪を外して貰った時に、オーヴェロン様に術をかけて貰っていたの」


「一体何の話よ!!」


  フローラのすぐ隣に散々こき使ってきたエドガーが居るにも関わらず、錯乱したマリンが火の玉を投げまくる。火事の炎がひときわ大きく上がった。


  それを水の魔力で制しながら、フローラはエドガーに優しく笑う。


「簡単な失くしもの防止術よ、指輪を貸した相手が心からそれを持ち主に“返すんだ”と口にした時、持ち主が指輪の元に召喚されるようにしていたの」


「なんですって……!?」


「そして、ついさっきようやく病院の前についたばかりの私が今、ここに居る。この意味、わかるわね?エドガー君は、貴方の駒なんかじゃないのよ!」


  それはつまり、エドガーが本心からマリンではなくフローラを信じたと言う事実と、指輪が彼女を持ち主に認めていないと言う証明だった。


  信じられないと言わんばかりに、 マリンがエドガーを見る。小さく舌を鳴らして彼女が舌打ちをすると、その隣に黒猫が現れた。

  それを見て、エドガーは首を捻った。妹が”夢で仲良しになった猫さん!“とこっそり描いていた絵に瓜二つな黒猫が、マリンの肩に乗り杖で円形の模様を描く。瞬間移動用の魔方陣だ。


「ふんっ、まぁいいわ。そんな役立たず、くれてやるわよ。ライト皇子の代わりにね!」


「ーっ!ライトに何かしたの!?」


「ふふ、可哀想な王子様ね。あんたみたいな悪女に騙されなければ、毒なんかで死なずに済んだのに。エドも妹を助けに行きたきゃもう勝手にすれば?でも、必ず後悔するわよ」


「毒……っ!?ちょっと待って!!」


  青ざめるフローラに勝ち誇った笑みを向け、最後にフローラの耳元で『仮に生きてたとしても、他所の世界から来た“偽物”だってバラしたからあんたももう嫌われてるわよ』と意地悪くささやいて、闇に包まれマリンが消えた。エドガーから奪った剣は持ったまま。

  真っ青になったフローラの指先が、震える

。その手をエドガーが掴まれ、引っ張っられる。彼の妹の病室の方へじゃなく、出口となる下へと。


「もし今のがハッタリじゃないなら、ライト先輩を助けるにはあんたが必要だろ。行きなよ、俺達は大丈夫だから」


「……っ!」


  初めてエドガーから向けられた、安心させようとする優しい笑みにフローラが驚き、そして気合いを入れ直すように自らの両手で自分の頬をパンと挟んだ。


(助けに勝手に飛び込んできたくせに、私が不安になっててどうするの!)


「ちょっと、早くしないと火が完全に回るぞ!」


「えぇそうね、早く外に行きましょう」


「ーっ!」


  先にフローラがライトを探しに外に出るだろうと離れそうになったエドガーの手を握り返し、フローラは上を向いた。エミリーの病室を目刺し、水魔法を駆使して道を作る。


「三人で一緒に、ね!」


  ライトならきっと、大丈夫。本当は、今すぐにでも探しにいきたい気持ちを抑えてそう信じるしかないフローラは、彼から貰ったクローバーのネックレスを片手で握りしめて愛しい人の無事を祈りながら、反対の手でエドガーの手を引いて迷うことなく駆け出した。




  フローラが水の使い手で良かった。通常のスプリンクラーでは消えない魔力の炎を消しつつ、どうにかエミリーの部屋にたどり着いた二人。

  エドガーの手がフローラから離れ、妹のベッドへと駆け寄り、眠っているエミリーの体を抱えた。


「大丈夫?煙とか吸っちゃってない?」


「あぁ、呑気に寝息立ててるよ。良かった……」


「そっか、良かった……!早く逃げましょ!(でもおかしい、火事の広がり方から、火の手が出たのはここじゃなくて隣の空き病室だわ。間違えたの?……抜け目がない野心家と言われるシュヴァルツ公爵が、そんなミスをするかな)」


「フローラさん、早く!」


  辺りはあれだけ燃え盛っているのに、エミリーの病室は何故か、無事だった。その事に違和を感じて足を止めていたフローラを、エドガーが呼ぶ。


  慌てて駆け寄った彼の腕の中で、カチューシャの猫耳を揺らしたエミリーは本当に寝言とこぼしていた。


「私も、ね……に、……っちゃう……!」


  先程フローラが指輪によって導かれた階段辺りまで来た時、再び事件が起きた。階段自体が崩れ落ちて、道が失くなっていたのだ。


「そんな……っ!」


(建物も直せなくは無いけど、常に燃え続けてる中から直したっていたちごっこだ。なら……)


「エドガー君、こっち!」


「えっ!?」


  腹を括ったフローラは、何故だか来た道を戻りエミリーの病室へと二人を連れていく。そして窓を開き、身を乗り出しながらエドガーともう一度、手を繋いだ。


「え、ちょ、あんた、ここ……っ」


「しっかり掴まっててね!」


  オロオロするエドガーを無視して、意識を集中する。飛ぶ魔法は結構集中力が要るのだ。そして、ぴょんと窓から飛び降りる。エミリーを抱いたエドガーを連れたまま。


「何階だと思ってんだよぉぉぉぉっ!!」


  エドガーの叫びが響く中、三人の身体は地面を目指して静かに落下して行った。しかし、途中で更なる不運が三人を襲う。

  途中で崩れ落ちてきた瓦礫にドレスが引っ掛かり、フローラが降りられなくなったのだ。


  反射的に水のクッションでエドガーとエミリーだけは無事に下ろしたが、今度は二階ほどの高さに宙吊りになったままフローラが動けなくなってしまう。


(……っ!無理だわ、この体勢からじゃ集中して魔力が練れない)


  挟まったドレスは、すぐにでも破けてしまいそうだ。そうなれば落下は免れないと崩れかけているベランダの手摺に掴まっては居るが、これだっていつまで持つか。

  恐怖と焼けるように熱い手摺を掴んでいる手のひらの痛みに、じわりとフローラの瞳が潤む。下でエドガーがなにやら叫んでいるが、火事の騒音で内容までは聞こえない。あぁ、助けに来たはずが心配させてしまったのだと、情けなさが込み上げる。

  やがて、ガクンと衝撃が来てゆっくりと世界が滑り出す。フローラが巻き込まれている瓦礫が落下を始めたのだ。

  もう駄目だろうかと頭が真っ白になったフローラの耳にその時、聞きなれた声が辺りに響いた。


「フローラ、こっちだ!瓦礫を蹴って飛び降りろ!」


「ーっ!」


  今すぐにでも聞きたかった人の声だ。

 だから、自然と身体が動いて。力強い声に導かれるように、彼の腕の中へと飛び込む。

  いつも抱き締めてくれる温かな腕に抱き止められ、涙がこぼれる。その顔を見て、抱き止めてくれた相手の指先が優しくフローラの涙を拭った。


「何泣いてるんだよ、俺がお前を受け止め損ねるわけ無いだろ?」


「うん……!」


  助かったと、温かく力強い腕に抱き締められる安心感と。彼が無事だった安堵で涙が止まらない。

  そんなフローラを胸に抱き寄せて、ライトが優しく囁いた。


    ~Ep.302 貴方の腕で受け止めて~



     『言っただろ、俺が必ずお前を護ると』



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