Ep.301 三者三様・恋模様
ガンっと、苛立ちに任せて彼女が消えた位置の地面を蹴る。
すぐに痺れるような痛みが来て悶えたが、それでも憤りを抑えられなかった。
(手を離すんじゃなかった……!)
目的地に着いた途端、フローラはフライの目の前から消えてしまったのだ。金色の光に包まれ、天使が天へと帰るようにふっと。
まだ彼女を抱き上げていた感触が残る手を痛いほどに握りしめた。
自分は馬鹿だ。彼女が油断すれば、すぐに消えてしまうとよく知っていながら、離れていく彼女の手を掴むのを躊躇った。本当に、情けない。
「……っ、中に居る、のか……?」
霧が晴れ、彼女を失った代わりに目の前に現れたのは、業火に呑まれる小さな病院。既に大半の患者は避難しているらしく、辺りには幼い患者のすすり泣く声と、治療の為に走り回る医師達の声が響いていた。彼女がどこへ消えたか検討もつかないが、可能性として一番高いのはここだ。
「こら君っ、どこへ行くんだ!正気か!?」
『彼女に無事でいてほしい』。その感情に突き動かされ足早に火事場へ飛び込もうとしたフライを、入り口を封鎖していた医師が止める。
「離せ……っ!」
「ーっ!だ、駄目だ!もう火の手は止められないほどに広がっている、入ったら死んでしまうよ!!」
自分でも驚くくらいの、ドスが聞いた低い声が出た。それに医師は一瞬怯んだが、真っ向から正論をぶつけられ歯噛みするしかない。
実際、医師の言う通りだ。フローラが例の術の影響でエドガーの元へ飛んだにせよ、その正確な場所がわからなくては助けに行く前に自分まで焼け死んでしまう。
そして、窓から中が見えないほどに黒い煙が充満した建物で、そんなに正確に彼女の居場所を突き止める術を持つのは、自分ではない。
「見つけた!フライ一人!?フローラは!!?」
「クォーツ……。ごめん、見失った」
小脇に妙に繊細な銀細工がついた手帳を片手に現れたクォーツが、一瞬だけ非難するような眼差しになった気がした。多分、彼が感じている以上の憤りをフライは自身に感じている。
何故、どうして、肝心なときに自分は、いつも。彼女の無事を祈ることしか出来ないのか。
気を落ち着かせる為に深呼吸するけれど。胸は益々どす黒い感情に支配されていくばかりで。
「おいっ、フライお前、フローラはどうした!?」
離れていた癖に『ここまで一緒に来たんだろう』と確信を持って現れるライトの姿に、これで彼女は助かるだろうと安堵した、自分が誰より許せなかった。思わず、ずっと塞き止めていた苛立ちを撒き散らす。
「……っ、だから見失ったって言ってるだろ!大体遅いよ、何やってたんだよ!!ライトなら彼女の居場所わかるんでしょう!?フローラもフローラだ、いつもいつも他人ばっか優先して自分は大事にしない。彼女の存在がどれだけ掛け替えがないかわかってないんだ、お人好しにも程がある!いい加減我慢の限界だよ、イライラする。もういい加減にっ……」
一息にまくし立てていたフライの口が止まる。
ゴンと辺りに鈍い音が響いた。ライトの拳が、フライの頭を一発殴ったからだ。
そして、静かな声音で同意を示す。
「そうだな、俺もそう思うよ。でも、そんな優しすぎる奴だから、……好きになったんだろう」
「……!」
ライトが口にしたその“好き”が、誰から誰への感情なのか悟ったフライが瞠目し、クォーツは少しだけ切なそうに、でも満足げに微笑んだ。
自分が押し黙った隙に、ライトは『あいつは他の患者の安否も気にするぞ、絶対』と言い切り、パニックの現場を持ち前の統率力であっという間に治めてしまう。
『何故、自分じゃ駄目なのか』。その答えを、まざまざと見せつけられたような気がした。
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体が軽い。つい先程死にそうになっていたのが嘘のようだ
道にすらなっていない林を近道で突っ切り、目印も無いままライトは進む。
否、目印ならあるのだ。自らの内に秘めた聖なる剣が、フローラが……自分達の光が居る場所へとライトを導く。
ドクン、ドクンと心臓の奥から響く拍動は、彼女の居場所を知らせる合図だ。でも、熱くはない。不思議と、危険にさらされている訳ではないのはわかった。でも、胸のざわめきは治まりそうにない。
(あの馬鹿っ、どうしてこう昔から人の心引っ掻き回すんだよ……!)
いつもこうだ。気づけば危険な目にあっている彼女を、守りたくて。理由もなく走り出すような自分になったのはいつからだっただろう。理由なんて、本当はずっとわかってたんだ。
思えば初めて出会った頃、険悪だったあの日からですらずっと、フローラは当たり前のように自分の心に、住み着いて。
初めは、自分や親友達と同じ“王族”にも関わらず穢れを知らない、その強さが眩しすぎて、受け入れられなくて。子供じみた反発心で、彼女の光を拒んだ。
でも、実際関わってみれば閉まってしまった塀を乗り越えようと学院の門を上るわ、しかも落ちるわで、たんなるじゃじゃ馬じゃないかと呆れた。かと思えば気位ばかり高く思いやりのない令嬢たちに強いたげられている者を、姫らしい強さで庇ってみたり。本当に、長い付き合いだが、“お父さん”なんて言われてしまうほど彼女を気にしている自分ですら、未だに彼女のことはよくわからない。
ドジで危なっかしくて、目を離せばすぐトラブルを連れてきて。こっちは彼女のことが大切で、心配で、ハラハラしてばっかりなのに。お人好し過ぎる彼女に苛立ったことは自分だってあるけれど。
『他所の世界から来た』と言う話、あながち嘘ではないかもしれないとも思う。けれど……その点を悪い面の様に苛立ちを撒き散らすフライには、どうしても同意出来なかった。
『そんな優しすぎる奴だから、……好きになったんだろう』
だから、この騒ぎが終わったらきちんと話そうと思っていたのに、つい、そう言ってしまった。
なにも考えずにこぼれ出たそれが、自分の本心だ。一度気づいてしまったら、もう後には退けない。
自分はフローラが好きだ。好き過ぎて認めて、失った時を考えるのが嫌で、まるで何かに強制されているかのように目を逸らして来たけれど。もう、抑えようがない。
自覚すれば我慢が出来なくなる。自分だって同じ気持ちを抱いているのに、全てわかっていて自覚をするきっかけをくれたクォーツが、項垂れるフライの一歩後ろでライトに向かい、儚く笑った。それに苦笑を返して、心の中で懺悔する。
(あの日、あいつの名前を二人への手紙に書かなきゃ良かったなんて)
そんな卑怯な考えが胸を掠めてしまう自分の、我が儘を。振り切るように、被害者の保護の為立ち上がる。
「あいつは他の患者の安否も気にするぞ、絶対」
なんて、告白の結果がわからない胸の靄を晴らす為にフライに言った意地悪くらいは、許して欲しいと思った。
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自分は根っから損な性格だ。
睨み合った二人の姿を蚊帳の外から眺めて、心底……そう思った。
(まぁ、ライトが自覚をしようが、フライが告白しようが、僕が出来ることは限られてるけど……)
小さい頃からずっと自分達に光を注いでくれた彼女は今、世界さえ照らせる大きな力を与えられて、重責に右往左往している。きっと、フローラがこれから先も平穏に生きるためには、絶対的な保護が必要になるだろう。
だけど、絶対的な強さで彼女を護れるライトや、人並み外れた知識と行動力で気持ちを示せるフライには到底敵わない。
それでも彼女の側に居る為にクォーツが選んだ立ち位置は、“現状維持”だった。
(僕は彼女を、護れる程の力はない。なら……せめて)
一度閉じた瞳を、すっと開いた。ライトが探り当てた彼女が居る方の部屋に続く道が、崩れた瓦礫に塞がれている。
たじろいだ二人の後ろから、大地に手をつき魔力を送る。
途端に二人の足場が動き、土がまるで橋のようにアーチとなり、ライトとフライを瓦礫の向こうへ送り届けた。
驚愕を隠さない二人の顔を見て、不謹慎にも笑ってしまう。
「クォーツ!?」
「僕は回って行くから早く行ってあげて!」
「……わかった、ありがとう!」
ライトが声を張り上げて、それから走り去っていく。フライに至っては、ライトと自分がやり取りをしてる間に居なくなってしまっていたけれど。
あの二人が行くなら、きっと、必ず、彼女は助かる。だから、張り裂けそうなこの痛みには気づかないふりをして。
(僕は君を護れない。だから、君を護ってくれる彼等を支えるよ、いつかの時、君が言ってくれた言葉通りにね)
『クォーツには、人と人とを繋ぎ、支えてくれる力がある。彼は私達の大地なんだから』
かつて自分の心を支えてくれたその言葉が、ふわりと耳に甦り、静かに消えた。
~Ep.301 三者三様・恋模様~
『時に吹き荒れる嵐のように、または燃え盛る炎が如く、大地を揺さぶる地震のように、その恋に心は暴れ行く。行き着く先も見えぬまま』
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