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Ep.297 “本物”の定義

  はめられた。そう気づいたライトは一言も発しないまま踵を返して唯一の出入り口であるガラス戸に手を伸ばしたが、指先がノブに触れる直前でバチッという衝撃に弾かれてしまった。

  強烈な静電気が走ったような痛みに手を握りしめると、身体の内側で闇を切り裂く光の剣がそれを中和してくれる。

  『特殊な剣ですし、無闇に持ち歩いていては目立ちますから』とフリードの提案で試してみた手法だが、正解だったらしいと安堵しつつ。自分が聖霊王の剣を“持っている”とは気づかれないよう、わざと少しだけ追い詰められた表情で舌を鳴らした。


「出入りを一切封じる魔力せいの電流結界かよ。どこでこんな厄介な物を……」


「あら、仕方ないじゃない。運命の人との逢瀬に、あの悪役王女の邪魔が入ったら困るわ」


「誰が……っ!」


  振り向くと同時にネクタイを引っ張られ、押し倒される体勢でベッドに倒れ込む。幸い大きなクッションが背もたれになって完全には倒れずに済んだが、体勢を立て直すより早くマリンがライトの身体に馬乗りになった。


「いっ……!」


「痛い?でも貴方が悪いのよ、運命の相手を差し置いて浮気なんかするから」


  マリンに掴まれたライトの肩が、ギリと嫌な音で軋む。ライトは振り払おうとしたが、マリンの華奢な体はなぜかびくともしなかった。それどころか、ますます強い力で拘束されるばかりだ。


(マジで痛え……っ、どう考えても普通の人間の腕力じゃないな)


  顔を歪めるライトを見下ろしているマリンは、恍惚とした表情ですり寄ってきた。蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、どんな気違いだろうが相手は少女で、自国の民だ。

  流石に暴力に訴える訳には行くまいと、隙が出来るまでは耐えることにした。


  そんなライトの態度をどう受け止めたのかわからないが、多分また不自然な程自分にだけ都合のいい解釈をしているのだろう。男を押し倒しているにも関わらず恥じらいのひとつもないマリンは、いつにも増して饒舌に語りだす。


「とてもヒロインに向ける目じゃないわね。でも良いわ、特別に許してあげる。だって貴方は、悪い女に騙された可哀想な皇子様なんですもの」


「悪い女とはフローラのことか?思えばお前は、始めて現れた頃からずっとフローラを“悪役”だと呼んでいたが、根拠は何だ」


  これ以上の侮辱など許さない。そう圧を瞳に籠めて睨み付けてやると、自分を押し倒している少女は口角をぐっと上げて笑った。まるで悪魔のように。


「だって、実際そうなんだもの。何にも知らないなんて可哀想だから、教えてあげるわ。あの子、この世界の人間じゃないのよ」


「ーー……何?」


  一瞬、思考が止まった。ライトの戸惑いに気を良くしたのか、マリンの話は止まらない。


「あの子はこの世界のフローラじゃない。中身は他の世界から来た、真っ赤な偽者なのよ!今まで貴方や他の皇子達にあの女が吐いた台詞はみーんな、マニュアルに従っただけのお芝居なんだから。だからライトは当然私を選ぶわよね、私なら、貴方が欲しい言葉を何でもあげるわ!ねぇ、ライト……痛っ!」


「…………あいつを貶すその穢い口で、俺の名前を呼ぶな」


  うっとりとした顔でライトのシャツのボタンを外しながら頬に口付けようとしてきたマリンを、白い閃光が弾き飛ばす。聖なる剣が、ライトの怒りに応じて敵を駆逐しようとした為だ。

  ベッドの上で弾んだマリンが体勢を立て直す前に立ち上がり身なりを整えるライトを見て、ヒロイン気取りの哀れな道化が金切り声を上げる。


「な、何よ!何で抵抗するの!?あいつは偽者で、私が本物の運命の相手なのに!貴方の赤い糸は、私に繋がってるのよ!!」


「そんな運命の糸なら、俺は喜んでこの手で絶ち切るさ。馬鹿馬鹿しい」


「ばっ、馬鹿馬鹿しいって何!?」


「だってそうだろう、今までのあいつの言葉が全部演技だって?」


  怒りを抑える為天を扇ぐと、星がひとつだけ、漆黒の空を走って消えた。それと同時に、いつだったか星降る夜に、フローラから貰った言葉が耳に甦る。

  

『努力は時にその人の風であり、雨であり、寒さであり、肥料なんだよ。だから私は……、頑張れる人の方が素敵だと思うな』


 途端に、胸の奥でずっと燻っていた何かが弾けた。『ライト!』と、名を呼ぶあいつの笑顔が、声が、溢れ出そうな勢いで全身を満たしていく。


(そうだ、本当は……あの時から、ずっと……)


  それだけで、ライトの目元が少しだけ柔らかく綻ぶ。

  気を引き締め直して、ライトは強い意思を称えた眼差しでマリンと対峙した。


「俺はあいつが今までくれた言葉を、過ごした時間を全部覚えてる。フローラは偽者なんかじゃない」


「……っ、な、何よ、そんなにあの女が好きなの!?偽者なのに!!!」

  

  ヒステリックに叫ばれた問いだったがストンと、ようやく答えが胸の穴に納まった気がした。もう、誤魔化しようがない。

  思いの丈を吐き出すように、一息に言い放つ。


「仮にあいつが何者だろうが、何も問題ない。ずっと一緒に過ごしてきたあいつが俺達にとって本物だ、お前にどうこう言われる筋合いは無い。俺は、今のフローラが好きなんだ!」


「ーっ!!」


  大声を出したつもりはなかったが、最後の一言が殊更大きく夜の庭園に響いた。宣言してしまった瞬間から心臓が狂ったように煩いが、それ以上に喧しいのは目の前の女だった。


  『なんで!?』だの『ゲームと違う!!』だのと騒ぎ立てるその姿を冷たく一瞥し、ライトは掌に意識を集める。

  小さな白い光の粒子が、段々鍵のような形を取り出した。マリンが魔族の……ノアールの力を借りて貼った結界をこじ開ける為の鍵だ。


「待ちなさい!逃がさない……。エドの待ち合わせ場所にはあの屑親父を行かせたし、悪役王女はノアが始末する算段立ててんだから。ノアが言ったもの、あんたは私にふさわしいって!!だからあんたの気持ちなんか無くても、ライトは私の物なのよ!!!」


  叫んだマリンが、壁に向かい小さな小瓶を投げつけた。

  砕け散った破片と共に、夜をそのまま溶かしたような深い闇がライトに絡みつく。あまりの邪気に、完成間近だった鍵が霧散して消えた。


「……っ!」


  咄嗟に口を覆ったが、もう遅い。脳から足先まで痺れるような感覚に襲われ、ライトがガラス戸にもたれかかる。

  すぐさま立つことも儘ならなくなり芝生へと沈むその身体に抱きつき、マリンが再びライトに顔を近づける。その唇には、小さなカプセルが挟まれていた。


「ノアが魔族の力で作った神経毒よ、10分以内に解毒しないと、脳が壊死しちゃうんだから!ここで私にキスしてくれたらこの解毒剤あげるけど、さぁどうする?私の皇子様」

  

  そう微笑んだ少女こそ真の悪役だと、気づかぬは当人ばかりなのだ。



    ~Ep.297 “本物”の定義~


  『それを選ぶのはいつだって、人の心に他ならない』




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