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Ep.289 おまじないに必要なもの

「おまじない……ですか?」


  きょとんと愛らしく首を傾げたエミリーに、屈んで視線を合わせたフローラが頷く。


「そう、エミリーちゃんの病気が治るように、このプリンには私から魔法がかけてあります」


「ーっ!!」


  エミリーが小さく息を呑んだ。その小さな掌に、中が見えないように色つきのフィルムをかけリボンで閉じられたプリンの瓶を乗せる。

  一週間、聖霊王との通信も怪我の治療も控え、念入りに高めた癒しの力を込めた逸品だ。エミリーの病は悪性腫瘍、謂わばガンである。外側から治療をするより、彼女の体内に腫瘍に対抗する力を取り込ませた方が治りも早いし、お互い負担が少ない筈だ。

  何より、プリンは病で鬼籍に入ったエミリーとエドガーの実母が、唯一我が子に食べさせたことがある手料理である。……と、攻略本の説明にちらっとあった、気がするので。そのエピソードに合わせ、今日持ってきたプリンにだけはカラメルソースを入れていないのだが、まあそこはさして重要ではないだろう。

  ただ、母にまつわる思い出のスイーツが、病に侵された身体だけでなく、幼い少女の心を救うのを助けてくれることを期待した。


(ただ、思い出だけでは人は生きていけない。だから……)


「わ、私、治るの?元気になる……!?先生も皆も、治らない病気だって……」


「絶対治る。だって、貴方を誰よりも、救いたいと思って頑張ってる人が居るでしょう?」


  敬語も忘れてすがるように聞いてきたエミリーの震える手を、もう一度握りしめた。フローラの言葉に目を見開いたエミリーが、パッと振り返りベッド脇に置かれた写真立てを見る。それはエドガーの部屋にあったのと同じ、幼い兄妹が仲睦まじく写る素敵な一枚だ。


「お兄様……」


  小さく呟いたエミリーの頭をそっと撫でる。そして、後ろから優しく抱き締めた。その身体は、やはり冷たい。


「そうよ、誰よりも貴方の味方でしょう?」


「……はい。私、元気になりたいです!一緒に大人になって、お兄様に守られるだけじゃなく、お兄様の助けになれる人になりたい!まだ死にたくない、恐いです……!!でも、こんな話したらお兄様悲しい顔しちゃう……」


  声を圧し殺して泣くその姿が、前世の自身と重なった。頼れる人はちゃんと居たのに、ただ心配をかけたくなくて言えなくて。その結果フローラは、もっともっと大きな悲しみを……大切な家族に刻んでしまった。この子にそんな道を、歩ませるわけには行かない。そのために、自分に出来ることは。


「大丈夫、エミリーちゃんのその願いを叶える為のおまじないよ?」


「フローラ様……っ」


「ふふ、可愛いお顔が台無しね」


  小さく笑って、何でもないような仕草でその涙をハンカチで拭う。そして母の子守唄のように、語りかけた。


「でもおまじないを完成させるには、エミリーちゃんの頑張りが必要なの」


「頑張り……私の?」


「そう。正確には、貴方とお兄ちゃんの、かな」


  実際には多分、プリンを食べて浄化の力さえ取り込めばエミリーは治る。フローラの癒しの力は何故か、ゲームのヒロインとして本来マリンが得るはずだった力の倍以上の強さがあるらしいから。でもそれだけじゃ、本当の意味ではまだ二人は救われない。


「エミリーちゃん、お兄ちゃんに話したことないでしょう?さっきの自分の気持ち」


「……っ!」


「それをね、このプリンを一緒に食べる時に、素直にお兄ちゃんにぶつけてみて。それが、一番大切なことよ」

  

「でも、弱音なんか吐いたらお兄ちゃんが……」


「確かに、悲しむかもしれない。でもね、話すことはその気持ちを、貴方とお兄ちゃんが半分こにして、一緒に乗り越えられる魔法だから。それに、貴方のお兄ちゃんは、どんな時でも守ってくれる一番のヒーローでしょ?ヒーローは強いんだから」


  『だから、大丈夫よ』。その囁きに、エミリーがようやく笑った。


「フローラ様には、お兄様いっぱいいっぱい酷いこと言ってたのに、優しいですね」


「あら、優しくないよ?私、彼が自分から『助けて』ってちゃんと口にしてくれなきゃ、彼には何にもしないつもりだし。今回のゴタゴタがぜーんぶ解決したら、一回はやり返すつもりだもの」


「えっ!ち、ちなみにどうやって……?」


「ん~、内緒」


  ライトがセンブリを食べさせられた事件の詳細を聞かれてごまかした時のフライ達の笑顔を真似して笑ってみる。エミリーは一回ポカンとしてから、まぁ仕方ありませんねと笑ってくれた。


「やられっぱなしじゃ辛いですもんね。でも、お手柔らかにお願いします。私には、優しい自慢のお兄様ですから」


「そうね。妹のためにオリジナルで花火の魔法産み出しちゃう位だものね」


「そうなんです!すっごい綺麗なんですよ!!」


  自慢げなエミリーが花火魔法の誕生秘話を語ろうとしたそこで、扉がいきなり勢いよく開いた。飛び込んできたエドガーは、顔色がない。病人のエミリーより、具合が悪そうに見える程に。


「エミリー!!」


  その蒼白のエドガーが、妹の肩を掴んだ。ただ事ではない雰囲気を感じ、フローラはそっと二人から離れる。


「いいか、今日からは父上や兄上から何が送られてこようが、絶対に自分では開けるな。必ず俺に渡すんだ、約束できるな!!!」


「はっ、はい。でもいきなりなんで……」


「なんででもだ!」


  いいな、と鬼気迫る表情の兄に言われ、エミリーは素直に頷いた。それを見届けてから、エドガーが顔を上げ壁際に立つフローラに視線を移す。


「フローラ様、話がある……いや、あります」


「ーっ!いいわ、外に行きましょう」


  初めて名前を呼ばれた。やっぱり、何かあったのだろう。頷き歩きだした瞬間、弱々しい声が耳に届く。


「……っ!フローラ様、帰っちゃうんですか?」


  兄に『お願いだから寝てくれ、早く治さないと……!』と無理やりベッドに戻されたエミリーが、不安げな面持ちでフローラを見上げる。その額に小さく口づけを落として、笑って見せた。


「大丈夫、また会えるわ。おまじない、頑張ってね」


「まじない……?そんなものっ……」


「はいはい、話ならお外でしましょうねー」


  罵倒が飛んできそうなその口を塞いで、彼を引きずる形で病室を後にする『また来るね』とは言わなかった、エミリーが退院出来ると信じてるから。


  病院を出て、バッジを使い噴水の錯覚魔法を戻した直後。鬱蒼とした森の中で、エドガーがいきなり膝を折る。


「エドガー君っ、どうしたの!?」


「もう、もう俺は自分も家も嫌だ!なんで、なんで俺達の父があんなっー……。あぁ、嘆いてる時間はない、学祭までに治らなきゃエミリーの心臓がっ」


「落ち着きなさい!ちゃんと話してくれなきゃわからないでしょ!?」


  初めて声を張り上げたフローラに一瞬怯んだのか、錯乱して止まらなかった支離滅裂な説明が止まる。

  少しだけ落ち着きを取り戻したエドガーが語りだしたのは、あまりに酷すぎる彼の実父の言い分であった。


      ~Ep.289 おまじないに必要なもの~


『呪文も、陣も、杖だって要らない。必要なのは素直な心』






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