Ep.285 嫌いじゃないよ《お迎え組編》
ケヴィン元生徒会長が、連行に同伴させたフリードに預けた封筒。その中には、今までの非礼をなぜか妙な文体で詫びる目が滑る手紙と、もう一枚、白紙の紙が入っていた。
広げるとレモンのような爽やかな香りがするそれを机に広げて、ライトは自室で来訪者を待つ。香りにつられて飲みたくなって用意したレモンティーは、もう冷めてしまっていた。
フリードが、ライトが指定した三人を呼びに行ってからもう一時間近い。そろそろ皆来る筈だと、時計を見ながら足を組み換えた時、控えめなノック音が三回響いた。返事をするより早く、あくびを噛み殺したフライとクォーツが入ってくる。
「どうしたんだい、こんな夜中に呼び出して」
「お邪魔しまーす。明日休みだからいいけどさ、話なら昼間すればよかったのに。寝ようとしたら音もなくフリードが現れるから驚いちゃったよ」
「悪いな、内情がハッキリするまではまだ人に聞かれたくない話で。フローラは?まだ来てないか」
「いや、会ってないよ。でも、この面子を揃えたと言うことは、また聖霊絡みの話?」
「ある意味な。まだ本当に関係があるかはわからないから、とりあえず内密にと思ってルビーとレインは呼ばなかった。あの二人は、いざ万が一魔族側に襲われた際に身を守る術を持たないから」
フローラは闇を退ける絶対的な巫女の力があるし、聖霊王の剣を持つライトはもちろん、フライとクォーツは特殊な力は無くとも自分の身くらい余裕で守れるくらいの強さは持っている。だから呼んだ。
二人に向かい、ライトが机から取った白紙の紙をひらりと見せる。漂ってきた柑橘系の香りに、フライが首を傾ぐ。
「この香りは……、あぶり出しのようだね。しかも、一度あぶって読めるようにしても、一定時間たつとまた白紙に戻るように術がかけられてる」
「あぁ。……にしても来ないな、フローラが来る前に一回話しておくか。で、肝心の内容なんだが……」
「……?地図、だね。でも、見たことのない島だな……」
ライトが指先に灯した炎であぶると、浮かび上がったのは四大国のどの所有にもなっていない、見覚えのない島の地図。その地図をヒラヒラと振って、ライトが言う。
「見たことが無いのも無理はない。調べた所、この島……普段はどこの海にも存在しないらしい」
「どう言うこと?」
「位置的にはミストラルとフェニックスの領海の境で目撃証言があるんだが、おかしいんだ。過去の灯台から見た海上の記録に、この島はこう記されてる。『煌々と、水面を明月が照らす時、海底より浮上せし賢者の暮らす島』だってな」
実際、かなりの種類の地図をかき集めても、この島はどこにものって居なかった。クォーツが地図をぐるぐると回しながら読み込んで、ため息をつく。
「巫女、騎士に続いて賢者かぁ、冒険小説みたいだね」
「またクォーツはそんな呑気な……。で?その賢者とやらについての情報は?」
「かつて、海賊に襲われ沈没寸前だった漁船が十六夜にその島にたどり着き、賢者に傷を癒されたそうだ。島自体まぼろしに近いし、助けられたと言う当人たちももう亡くなられてるから、もはや小さな村に口伝で伝わるおとぎ話状態だけどな」
「人間には使えない筈の、癒しの力……ね。そこで巫女……、強いては聖霊に関係あるかもって話に戻るわけ」
「そう言うこと。何故ケヴィンがこんな島の地図をあぶり出しで寄越したのかはわからないがな」
しかも、魔力の炎であぶらないと色がつかず、さらには時間が経つと消えてしまう地図だ。この地図を頼りに島を探そうとしたら、一定の時間置きに必ず炎の魔力の持ち主に地図をあぶり出してもらわねばならない。不便な話だ。
「場合によっては、癒しの魔力が使える人間は巫女だけと言う考え方から改めないといけない」
「……そうだね。一度フローラと、彼女を通じて聖霊王ご夫妻に話をうかがった方が良さそうだ」
「はい、じゃあその為にも、フローラ様を迎えに行って差し上げてくださいね!」
「ーっ!!?」
思わぬところから飛んできた声に、三人揃って振り返った。声の主はフリードだ。窓枠を乗り越えて中に入ってくる執事の姿に、ライトが息をつく。
「お前な……いくら内密に呼び出せと言ったからって主人の部屋に窓から入る奴があるか」
「いや、そもそもここ三階なんだけど、突っ込み所はそこなの……?」
「あぁ、その点はいつもの事だからな」
「いつものことなの!?」
驚きの声をクォーツがあげたが、それを押し退けてフライがフリードとの距離を詰める。
「そんなことより、今フローラを『迎えに行け』って言ったよね。どう言うこと?」
「あぁ、そうだな。どういう意味だフリード、部屋に居なかったのか?」
「えぇ、ご不在でした。そこで留守番を任されていたブラン殿に行き先を訪ねた所、夜の見回りに行かれたと」
「こんな時間にか!?」
「はい。なので探しに向かいました所、同時刻に現在準備中の学祭会場の一年生エリアで屋台の破壊騒ぎがあったそうで。兵士が居なくなってから現場を捜索した際に、辺りにバニラの香りと、こちらが残されているのを発見致しました」
恭しくフリードが取り出したのは、黒いハンカチに乗せられた長い金の毛髪。フローラの髪だとわかり、三人が項垂れた。
「また何か厄介なことに巻き込まれてんのかあいつは……!あいつがかくまったんなら、その容疑者になってる生徒も濡れ衣かもしれないな。とにかく迎えに行くぞ!場所は?」
ライトの言葉にフライとクォーツもうなずく。
ここでフローラが犯人だと誰一人疑わないのが彼等らしいと笑いつつ、きちんとフローラの居場所まで目星をつけてきた優秀な執事は答えた。
「フローラ様は、現場から逃げ出したと言う容疑者らしき男子生徒と合流し、身を隠されたようです。そして、そのエリアで唯一身を隠せそうな建物は……」
「「「建物は?」」」
三者三様の眼差しが、フリードに集まる。
「ご自身も曰く付きのお屋敷に住まわれていらっしゃると言うヴァンピヒール家のご子息がデザインされた“お化け屋敷”です」
沈黙が落ちた。ライトとクォーツが、ゆっくりと二人の間に立つフライを見る。大事なことなので、フリードがもう一度言う。
「お化け屋敷です」
「もういいフリード、追い討ちをかけてやるな」
フライは顔色を白くして、片手で口元を覆ったまま俯いている。その顔を少し屈んで覗きながら、頭をがしがし掻きつつライトが聞いた。
「あー、どうする?やめとくか?」
「いや、行く。フローラが心配だから」
即答だった。その気持ちの強さに一瞬怯んだライトが、気を取り直してじゃあ行くぞと扉を開いて歩きだした。後の二人も、振り返らずに足早に出ていく。だから、気づかなかった。
紅茶に添える為に用意したレモンの汁を使い、フリードの細い指先が、あぶり出しの地図に小さく見えない印をつけたことには。
「それにしても、屋台の破壊なんて物騒だね。犯人もいまひとつハッキリしないし、下手に揉めて中止の火種にならないといいけど……!」
「それは大丈夫だ、証拠ならすぐに見つかるよ」
「……何、対策でもしてたのかい?」
走りながらも話していたライトが、目的地の手前で振り向いた。
「大した事はしてないがな。こんな固い物壊すんだ、素手では普通無理だろ?」
軽く拳でお化け屋敷の隣のテントのポールを叩いてライトがそう言った意味は、フライとクォーツにはいまいちわからない。だが、ライトに勝ち気にそう言われると納得してしまうから不思議だ。
「まぁいい、そこはあとで考えよう。今はフローラを……っ!?」
何かが崩れ落ちるような音と男女の悲鳴が響いたが、辺りに崩れた場所は見当たらない。ならば、音の出所は唯一中の様子を見られないお化け屋敷だ。おどろおどろしくクモの巣ーーーに見せかけたテグスーーーが絡み付いたドアノブを掴み、フライが一瞬固まる。
「フライ、どうしたの?顔色悪いけど」
「……気のせいだよ」
「気のせいか、ごめん。じゃあ早く開けてよ」
クォーツに急かされたフライが、更に顔色を無くした。クォーツだってフライが躊躇う理由を知っているだろうに煽るのは恋敵故なのか、単に待っていられないだけなのか……。多分、後者だろう。昔から心配性で、緊急時に黙って耐えて居られないのだ、クォーツは。
しかし、と、ノブをいまだに回せないフライをライトは見る。
(ーー……恐いんだろうなぁ、無駄に完成度高い外観してるし。それなのに自分から迎えに来るなんて、どれだけあいつのこと好きなんだよ)
嘆息すると同時に、ライトの胸を圧す痛み。それを振り払うようにして、扉の前からフライを退かす。
「馬鹿だな、施錠されてるんだろ。俺が開けるよ、会長として鍵預かってるから」
フライがほんの少しだけ安堵した様子になり、一歩下がる。苦手を押し退けてでも想い人を助けに来るその男気に免じて、『恐いんだろう』なんて不躾な指摘はしなかった。
古く見せる為か重厚そうに見える扉は、意外と軽かった。なのに無駄にきしんで嫌な音をたてる蝶番に片耳を押さえつつ、ライトが一気に扉を開く。そして、固まった。
「わーっ、エドガー君しっかりして!?だから言ったのにーっっ!」
そこに居たのが、フローラに下敷きにされ気を失ったエドガーと、彼を必死に揺さぶる婚約者の姿であったのだから、それも当然のことなのである。
~Ep.285 嫌いじゃないよ《お迎え組編》~




