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Ep.284 嫌いじゃないよ《花火編》

  みょーんっと伸びるエドガーの頬の感触を堪能した後、フローラがパッと手を離す。ようやく解放されると、エドガーは涙目で頬をさすりながらフローラを睨み付けた。


「いきなり何すんだ!」


「ごめんごめん、だってエドガー君、ずーっと悲しい顔してるんだもの。大好きなお兄ちゃんが辛気くさい顔してたら、エミリーちゃん心配するんじゃない」


「……っ、偉そうなこと言いやがって」


「だって偉いもん」


   目を逸らしたエドガーにそう言って、フローラがいたずらっぽく笑う。普段は権力なんか、ひけらかす気もないくせに。エドガーはそう思い、小さく舌を鳴らす。


「よく言うぜ、正直全っ然姫らしくないくせに。どっから見ても気立ていい町娘がいいとこだ」


「ーっ!!」


  まぁ、魂の元が庶民産なのであながち間違ってない。間違ってないが……やっぱりショックだ。両手を思わず床について項垂れかけた時、不運にもなにか鋭い物がフローラの腕を掠める。


「痛っ!」


「ーっ!な、何だよ、どうした?」


「あ……釘か何かに引っ掻けて、腕切っちゃったみたい。どうしよう、他所のクラスの大切な出し物なのに汚しちゃうわ」


  意外とざっくり切ったらしく、血が滴る傷口を押さえて床や他の小道具を汚さないよう気を付けながらフローラが言う。エドガーが呆れたように息をついてから、『心配するのはそっちかよ!』と叫んだ。

  それに苦笑しつつ、フローラは外からの明かりをわずかながら屋敷内に取り込んでいる天窓を見上げた。あの明かりのお陰で、屋敷のなかはぼんやりとだが、互いの姿が黙視出来るくらいには視界がある。この状況でエドガーの目を盗んで、癒しの力を使うのは不可能だろう。第一、フローラは普段から、出来る限り自分の治療には巫女の力を使わないことにしている。

  だから、手当てに使えるものはないかと辺りを見回したのだが。


「うーん、薄暗くて何があるかまでは見えないね。せめて明かりでもあれば良いんだけど……。そろそろ手だけで押さえるのも限界になってきたし」


「そりゃそれだけ血が出てりゃそうだろ!ったく、仕方ねーな……!」


  突然エドガーがパンっと両手を合わせた。音に驚いてそちらを見たフローラの前でエドガーがその両手をそっと開くと、中からパチパチと小さく火花を散らす、夜咲きの花が現れる。パアッとフローラの顔が明るくなった。心情的にも、物理的にも。


「花火だぁ!すごいね、炎属性の魔法ってこんなことも出来るの!?」


「まぁ、こんなことも出来るって言うか俺はこれしか出来ないって言うか……。って、あんた花火追いかけてねーで手当てしろよ!!あんたそのでかいボックスの中になんか使えるもん入ってねーの!?」


「ないよ、中身プリンと保冷剤だけだもん」


「なんで!!?まぁいい、腕貸して!」 


  エドガーの手から放たれ飛ぶ小さな花火を追いかけフラフラするフローラ。その腕を掴んで近場の台に座らせたエドガーが、手慣れた動きで応急処置をしてくれる。

  綺麗な布を使い即席で作った包帯で丁寧に巻かれた自分の腕を見た。痛くもなく、緩すぎない。的確な力加減だ。


「上手ね、ありがとう。楽になったわ」


「……あぁ、エミリーもわりとよく怪我してたし、手当ては慣れてるんだ」


「エミリーちゃんが?」


「昔から体がちょっと弱くて、貧血起こして転んだりしてた。その度にあるもので手当てして、おぶって連れて帰ったりして。ずっと俺が守って行くんだって、そう思ってたのに」


  会話が止まった。辺りを照らしてくれていた花火もパチパチと散らす火花を段々減らしていき、やがて、ふっと消える。何と言ったらいいかわからなくて、再び暗くなった天井を見上げた。寂しそうに、フローラがポツリと呟く。


「あー、消えちゃった……」


「そりゃ消えるだろ、花火だもん」


  そうだよね、と頷いてから、フローラがエドガーとの距離を不意に詰めた。驚いて身を引いたエドガーに、キラキラした瞳で語りかける。


「ねえねえ、今は一個だけだったけど、もっといっぱい咲かせられないの?」


  『ドーンっと空いっぱいに!』と、両手を広げて円を作るフローラに呆れたように嘆息して、エドガーが頬杖をつく。


「出来なくねーけど、それ魔力の消費量が半端ねーんだよ。第一、ここでやったら花火だけじゃなく多分屋根までドーンとなっちゃうけど?」


「あっ……そうか、室内だったわ」


  指先で天井を指したエドガーに言われ、肩を落とした。残念だ。アースランド以外はヨーロッパ風の国になっているこの世界では、花火なんて見る機会そうそう無いのに。それにしても変わった魔法だ。同じ炎属性でも、ライトは花火は出せない筈。


(魔法にもちゃんと個性が出るのね)


「まぁいいや、いつかは見せてね!あと、エミリーちゃんの病室にも一回つれていって欲しいな、なんて」


「……気が向いたらな」


  断られるのはわかった上でねだってみたら、まさかの返答に驚いた。目を瞬かせるフローラから気まずそうに視線を逸らし、エドガーがそれにしてもと話を続ける。


「うちの妹も花火好きだけど、こんな攻撃にも防御にもならねー魔法でそんなはしゃいで、子供だな」


「なっ……!自分だって子供じゃん!わ、私こう見えて貴方よりずっとお姉さんなのよ!!」


「ひとつしか違わないのに?」


「そっ、れは、そうだけど……、でも納得行かない!確かに色気はないけども!!」


「まな板だもんな」


「ーっ!!」


  ちらとワンピース姿のフローラを見て、エドガーが言った。ガーンとたらいで殴られたような衝撃に、フローラが涙目でポケットの中に潜ませていたビニール袋からなにかを取り出す。そして、一息にエドガーの口に突っ込んだ。


  口にねじ込まれた青臭いそれをひと噛みして、両手で口を押さえたエドガーが卒倒する。


「に、苦っ、マジ苦っ、死ぬ……っ!!」


「クォーツに貰ったセンブリの葉を圧縮して作った苦さ10倍のセンブリボールよ!どうだ、苦かろう!!甘いものでも死ぬほど食べなきゃ治らないんだから!」


  苦さに悶絶しながら、『じゃあそのプリンくれればいいだろ!』と手を伸ばすエドガーの前から、フローラがクーラーボックスを取り上げる。


「だーめ!!私へのまな板発言の撤回と、学祭当日までに一度エミリーちゃんの病室に案内する約束をしてくれないなら、これはお預けです!」


  エドガーがガックリと床に落ちた。フローラをエミリーに会わせていいのかという不安と、舌を襲う苦味との葛藤に耐えているのかもしれない。ちょっと可哀想な気はするが、これは交渉だ。もともと、エミリーには会わせないとエドガーがごねた場合はこうする気でプリンを作り、クォーツにセンブリをもらっておいたのだから。プリンがエドガーにとって、ちょっとした思い入れがあるものだという理由もあるけれど。


(断じて、まな板呼ばわりされた腹いせじゃないのよ?)


  心の中でポツリと言い訳し、持ち上げていたボックスをおろした。意外と重かった。


「あれ……?」


  重たいものをいきなり持ち上げたせいでプルプルしている腕を揉んでいて、気づいた。聖霊女王タイターニアの指輪の石が、ほんの少しだけ、端っこに当たる位置が、ちょこんと黒ずんでいることに。

  魔族の気配を感知した反応だ。だが、フローラ自身の目には魔族特有の黒い靄は見えないし、嫌な気配も感じない。黒ずみ自体数秒ですっと消えてしまった。第一、今人間界でフローラ達を狙う魔族はマリンの配下だ。マリンが学院に居ない今、近くに居る筈は無いのである。

  でも最近、この一瞬だけの魔族反応がやたらと多い気がする。


「誤作動、なのかなぁ……」


  そう首を傾げるフローラ達が閉じ込められた屋敷の外、月色の瞳で中を透視した男が懐中時計を閉じ、足音もなく立ち去っていたことに気がつく者は居なかった。



    ~Ep.284 嫌いじゃないよ《花火編》~




  

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