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Ep.283 嫌いじゃないよ《朔時のお化け屋敷編》

「……なんで俺を助けた?」


  開かなくなってしまったお化け屋敷の扉を背にして寄りかかりながら、エドガーがフローラにそう訪ねた。

  閉じ込められてしまった事に焦って散々暴れたエドガーと違い、至って落ち着いたままのフローラが何でもない事のように答える。


「何でって、貴方が犯人じゃないことを知ってるからよ」


「だからって、あんたが俺を助けて何の得があるんだよ。しかも、結局こんな場所に閉じ込められちまって……」


「大丈夫よ、朝になれば必ずこのクラスの担当の子達が来るし、そうでなくても一国の皇女である私が行方不明となれば、流石に誰かしら探しに来てくれるわ」


「そう言う話じゃない!今まで散々ぶつかってきたんだ、あんただって俺のことなんか嫌いだろ!?それなら助けてくれなくていい、同情なんかもう真っ平だ!!!」


  バンっと扉に両手をつく形でフローラを追い込んだエドガーが張り上げた声は、とても苦しそうだった。しかし、そんな空気は意に返さず、フローラが指先で間近にあるエドガーのほっぺたをつねる。ぽかんとしているエドガーの瞳の中で、フローラはいつも通りに笑って見せた。


「嫌いじゃないよ」


  閑静なお化け屋敷の中に響いたフローラのその一言には、同情も、哀れみも、騙すような上っ面だけの優しさもない。そのひと言は、ただ事実を述べた時のように軽く響いて、霧散して消えた。だから、エドガーは思わず聞き返す。


「は……?今、何て?」


「だから、嫌いじゃないよって言ったの」


  今度こそ、エドガーの耳はフローラの言葉をハッキリ、聞き取った。数秒間を置いた後、エドガーが両手でフローラの肩を掴んで激しく揺さぶる。


「何でだよ!俺散々あんたに嫌な態度取って来たじゃん!嫌いだろ、嫌いじゃないわけないだろ、嫌いであってくれよ!!」


「私わりと長いこと生きてるけど、嫌うことを人から懇願されたのは初めてだわ」


  揺さぶられても動じもせずに、フローラは静かにクスクスと笑う。疲れたエドガーはフローラから離れ、まだ準備途中で工具が散らばる床に腰を落とした。額に手を当てて、ため息をつきながら。


「本気で訳わかんねぇ……。俺のことだけじゃない。あんた、今年の五月にあった夜会で、クォーツ先輩に横恋慕してた女子のこと庇ったろ」


  アイナのことだ。あの時姿を見た覚えは無いが、どうやらどこかから見ていたらしい。呆れのような、どこか冷めた声音のまま、エドガーは続ける。


「今でこそ仲良しこよししてるみたいだが、知ってるぞ。あの女、最初あんたに暴言吐いてたろ。それなのに、どうして助けようと思えんの?俺だったら……」


  『絶対助けない』。苦さを噛み潰したようなその言葉が途中で消えた。すわっているエドガーの頭を、フローラが優しく撫で始めたからだ。

  意外とさわり心地の良い橙色の髪を鋤くように撫でながら、フローラが微笑む。


「だって私、まだ嫌いになれるほど貴方のこと知らないんだもの」


「……っ!」


  エドガーが目を見開いたが、フローラは気にせずに頭を撫で続ける。


「好きになるにせよ嫌いになるにせよ、まずは相手のことを知らないと。だからもっと、たくさんお話しよ?何が好きで、何が嫌いかとか、家族のこととか……そんな、何でもないようなことを」


  ゲームなら、ひとつひとつの会話にも意味が与えられ、無駄な接触は有り得ない。だけど、ここは紛れもない現実で。フローラはずっとそうして、たくさんの人と絆を結んできた。


「ーー……あんた馬鹿だろ。仮にそれでお望み通り色々話したとして、それでも嫌いだったら?」


「その時は、あぁ、この人とは合わなかったんだなーでいいじゃない。相手にだって、自分の気持ちがあるのだから。無理にどうこうはしないよ。でも私、貴方は正直嫌いになれない気がするなぁ」


「はぁ!?何でだよ」


  ふふっと微笑んだフローラが、エドガーの隣に腰かけた。エドガーは肩をピクリと跳ねさせたが、離れては行かない。そんな些細なことが、嬉しかった。


「だってエドガー君、よく私のこと助けてくれるでしょう」


「……何の話だ、助けるわけないだろ。俺、あんたのこと大嫌いなんだけど?」


  悪態をつきつつ、エドガーがそわそわと目を逸らし出した。子供っぽいわかりやすさが可愛くて、つい吹き出してしまう。


「だって、この間生徒会にスカウトした日も、一緒に木から落ちかけた私を安全な校舎の方に突き飛ばしてくれたし、仕事中も重たいものとかパッと取り上げて運んでくれるし、それに初等科の時」


「初等科の時?俺なんかしたっけ……」


  『覚えてねぇ』と呟くエドガーに、指折り数えていたその手を向けて笑う。


「私が図書室に届ける途中で落とした本、こっそり届けて片付けてくれたでしょう」


「ーっ!いや、あれは命令であんたの動向見張ってたらたまたまだし、そもそも今の今まで忘れてたくらいで、感謝されるようなことじゃ……。荷物だって、“非力なお姫様より俺の方が役に立つ”って、勝手にライバル心燃やしただけで助けた訳じゃねーし」


「いいの、私が嬉しかったんだから」


  それにね、と、フローラはエドガーの頬に片手で触れる。


「私を助けたのも、今回自分のクラスを守るために動いたのも、エミリーちゃんの為ならどんなことでも我慢できるのだって、全部あなたの優しさだわ」


  あまりに傷つきすぎて、少しだけ歪んでしまっただけで。きっと、誰かが目の前で困っていたら、反射的に助けてしまう。そっちがこの子の本質だ。


「“優しさ”……。ーー……あんた本当に、あの人と真逆のこと言うんだな」


  いつのまにかトゲがなくなった視線。しかし、その夕焼け色の瞳が切なげな色を浮かべた。マリンのことを、思っているのだろうか。


(……これ以上、あの子の好きにさせてたまるもんですか!)


  エドガーの彼女への感情が、恋であるのかフローラにはわからない。けれど、これだけはハッキリとわかる。今マリンと引き離さなければ、エドガーはきっと、駄目になる。だってマリンの話をする時のエドガーは、全然、笑ってないから。


「わかったら、辛気くさい顔しないの!」


「ーっ!?痛い痛い痛い痛いっ!!」


  だからその頬を左右からつまんで、思いっきり引っ張った。笑いなれてない少年の頬は、筋肉がなくてよく伸びた。



    ~Ep.283 嫌いじゃないよ《朔時のお化け屋敷編》~



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