表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
309/399

Ep.282 嫌いじゃないよ《濡れ衣阻止編》

  貴族の学校とはいえ、学祭の会場はほぼ外だ。だから、準備は日が沈んだらおしまいである。しかし、もうすっかり太陽は眠り、月が元気になる時間、フローラは動きやすい簡素なワンピースに着替え、こっそり自室を抜け出そうとしていた。

  相変わらず無茶をする主人の姿を見ながら、ブランが『ホントにイベントなんて起きるの?』と聞いてきた。


「前降りイベントは一応起こったし、見回りの時に確認したら会場の状況もゲームの時と大体同じだったわ。本来のヒロインであるマリンちゃんは居ないから確実とは言えないけれど、起こる可能性の方が高いと思うの」


「そっか……。でも、フローラが言ってるそのイベントって、ようは攻略相手と恋をするためのステップなんだよね」


「ん?そうよ、元はそう言うゲームだもの。エドガー君や他の人たちをキャラクター扱いする気はないけれど、手っ取り早く仲良くなれるきっかけになるなら今は使える知識はフルで使わないと!」


「それはいいんだけど、その……大丈夫なの?」


「大丈夫、すごい危険を伴うようなイベントじゃないし、場合によっては回避するつもりだから。まぁ、回避しなかった場合は私今夜帰ってこれないと思うけど、心配しないでね」


  そう言って微笑みながらリボンを結び直すブランの主人は、使い魔の贔屓目でなく、やっぱり可愛い。だから心配しているのに、どこまでも鈍い彼女には、遠回しな言い方ではブランの真意が伝わらない。仕方なく、直接的に言ってみた。


「そうじゃなくて!万が一好きになられちゃったらどうするのさ!」


「へ?」


  思わず叫んでしまったブランに、フローラがきょとんとパッチリしたその瞳を瞬かせる。そして、腹を抱えて笑いだした。


「あははははっ!無いよ、無い無い、大丈夫!あんなに嫌われてるのにそんな心配して、ブランったら心配性ね」


「そんなこと言って、いっちばん最初の頃はライトやフライだって冷たかったじゃん……」


「そうだっけ?でも大丈夫よ。じゃあ行ってきまーす」


「だからそう言い切れる根拠は何!!!」


  苛立ちで長い尻尾をブンブン振り回すブランに引き留められたフローラは、ちらと時計を見てから嘆息した。かれこれ三回目の足止めだ、そろそろ時間が無い。ブランの小さい体を腕から引き剥がし、毛布でくるんでベッドに戻す。そして、苦笑混じりに言った。


「だって私、好かれる選択肢のセリフとか一切覚えて無いもの」


「え……」


  ブランがぽかんとなったその隙に、フローラはさっさと部屋から飛び出す。取り残されたブランは、思わず静かな部屋で呟くのだった。


「選択肢わかんないって、それはそれでホントに大丈夫なの……?」











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  夜とは言え、防犯の意味もあって学院内は最低限動けるくらいの灯りはついている。柔らかく揺らめくオレンジ色の光を頼りに目指すは、昼間ライトがソフトクリームをぶつけられた場所。すなわち、エドガー達の1年Aクラスと、あの令嬢軍団の1年Bクラスの出店エリアだ。ゲームになぞらえた事件が起きるとしたら、そこしかない。

  足音は立てないよう気を付けながら目的地に近づくと、そこにはすでに人影があった。


「マデリン様~、本当にやるのですか?学院内での、しかも生徒会主催の行事の為に準備している屋台や機材を破壊するなんて、バレたら我々も無事では済みません」


「いいからさっさとなさい!わたくしより格下の癖に婚約してあげた恩をお忘れになって?Aクラスの機材さえ無くなってしまえば、合同出店などと言う馬鹿げた話も流れる筈よ!!」


  咄嗟に積み上げられた木材の影に隠れた。

  人影は二つ。月明かりで浮かぶシルエットと聞こえてきた声から、男女の二人組だとわかった。女の方の声には聞き覚えがある。昼間エドガーと揉めていた令嬢軍団の、副リーダー的なポジションにいた少女だ。


(イベント通り、エドガー君達のクラスの屋台を壊しに来たんだわ)


  高飛車に指示を出す令嬢の前に立つ男の手には、小さめではあるが斧が握られていた。あれで屋台やソフトクリームの機械を破壊するつもりなのだろう。そしてゲーム通りならば、昼間の揉め事から夜中にこう言った妨害活動が起きることを懸念したエドガーが、自分達のクラスの出し物を守る為に単独で調査に乗り出している筈である。

  そう思い暗がりに目を凝らした先、丁度現場となるAクラスのテントを挟んだ反対側に潜んでいるオレンジ色の髪が見えた。


(居た!うわぁ、今にも飛び出して行っちゃいそう……!)


  看板の影から現場を監視しているエドガーの瞳には、ハッキリと怒りが燃えている。しかし、このままエドガーが飛び出した場合の結果は漏れなく濡れ衣ルートだ。出来れば止めたいが、この暗さで更に距離まで遠くてはどうしようもない。


「さぁ、修理も不可能なほど徹底的にやるのよ!」


「わ、わかりましたよぉ……」


  令嬢にせっつかれ、男がとうとう斧を振り上げる。すかさず立ち上がったエドガーが二人を止めに入るのは、もう避けられないだろう。だからフローラは、そっとその場を離れて現場から少し進んだ先の、お化け屋敷の方へ移動した。途中、綺麗に整頓されている木材や機材なんかを、わざと人がぶつかったかのように散らばしながら。

  野外故ほとんどが屋台で出店している中、このお化け屋敷だけは立派な家として建築されている。その中に入り、わざとひび割れたデザインになった飾り扉を少しだけ開いて耳を澄ます。

  生温い夜風に乗って、騒ぎの状況はきちんと聞き取ることが出来た。


「お前達、何してるんだ!うちのクラスの店を破壊する気だな!?」


「ーっ!だったらなんですの?もとはと言えば貴方のせいではありませんの!丁度良いですわ、責任を取って頂きます!ブルーノ、斧を捨てなさい!」


「はっ、はい!」


「おいっ、お前何を……うわっ!!」


  斧が投げ捨てられた拍子に響いたなにかが崩れ落ちる音と、多分エドガーが突き飛ばされて転んだであろう音が静かな夜を遮る。それに乗じて、令嬢がわざとらしく悲鳴をあげた。

  このあとのことを思うと胸が痛むが、ぐっと堪える。フローラは息を潜めて、先の展開を待った。


「きゃーっ!どなたかいらっしゃって!暴漢ですわーっっ!!」


「どうなさいました、異常ですか!?」


「えぇ、あそこに居る男子生徒が、わたくし達のクラスと隣のAクラスのテントを斧で……!助けて下さいませ、わたくし恐ろしくて近づけませんわ!!」


「なんと……!学院長も正式に認めた行事の施設を破壊するとは不届きな!」


「……っ、くそっ!」


「こらそこの生徒、待ちなさい!!」


  悲鳴を聞き付けてやって来た見回りの兵にしがみつき、令嬢が無いこと無いことを吹き込む。悔しげに舌打ちしたエドガーは、結局破壊されてしまった機材に背を向け逃げ出した。この場で捕まってエドガーが身の潔白を訴えても、証言者は令嬢と婚約者の二人。2対1では部が悪すぎる。


「おいっ、居たか!?」


「左に曲がったぞ、逃がすなよ!不届きなガキめ、生徒会に突き出してくれる!!」


「何でだよ、俺はなにもしてないのに……っ!ーっ!!」


  ふたりがかりで追ってくる大人の兵士から、齢14の普通の子供が逃げ切れる訳がない。悔しさのあまり視界が涙で滲んだ時、エドガーは足をもつれさせ、転んだ。兵士達の足音はもう、曲がり角のすぐ手前にまで迫っている。

  もう駄目だとエドガーが目を強く閉じた、その時だった。


「こっちよ、早く!!」


「なっ……!あんた、なんでここに……っ!!?」


  不意に開いた扉から飛び出したフローラが、エドガーの身体を素早くお化け屋敷に引きずり込む。

  フローラは驚きで声をあげようとしたエドガーを扉に追い込んで、小さな両手で彼の口を塞いだ。


「あれっ、居ないぞ!どこへ行ったんだ!?」


「ーっ!あちらの機材が不自然に散らかってます。きっとあちらへ逃げたんですよ!」


「そうだな、よし、追いかけろ!」


  フローラが仕掛けた罠に導かれ、バタバタと兵士達の足音が遠ざかっていく。フローラは『手を離すけど静かにするのよ』とエドガーに念を押し、彼が頷いたことを確かめてからようやく手を離す。なぜだか顔を赤くしたエドガーは、フローラの肩を掴んで自分から引き剥がしながら、いつもよりは控えた声量で声をあげた。


「……っ!な、何でミストラルの箱入り姫様がこんな夜中に外に居るんだよ」


「ん?偶然よ偶然。強いて言うなら、お月見散歩?」


「……今日新月だけど。あんたにはあの空に月が見えんの?」


「……ううん、見えない」


「だろうな。見えるって返ってきたら本気でライト先輩達との婚約を破棄させてやろうかと思ったけど」


  適当に誤魔化そうとして失敗したフローラは、『えへへ』と照れ笑いを浮かべつつ扉から一歩離れる。ほんの少しだけ隙間をあけたままの扉の外から入り込んできた夜風に、フローラの背中を睨み付けているエドガーが一瞬震えた。


「まぁ、なんでもいいや。それより、この扉なんでこんな半端に開け……」


「あぁ、そうだわ。エドガー君、その扉完全には閉めないでね?」


「え?」


「お化け屋敷らしく、ゴールまで進まなきゃ出られない演出の為にオートロックになってるから……って、遅かったみたいね」


  そうフローラが説明したのと、背を向けているフローラの背後でエドガーが扉をしっかりと閉じたのは、ほぼ同時であった。

  ガチャンと言う確かな施錠音を合図に、フローラとエドガーは夜のお化け屋敷にふたりして閉じ込められてしまったのである。



   ~Ep.282 嫌いじゃないよ《濡れ衣阻止編》~


   『だから、あんたは嫌いなんだ……!!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ