Ep.280 嫌いじゃないよ 《プリンソフト編》
目当ての場所は、誰かに案内して貰わずともすぐにわかった。足が一本だけ外れて傾いたテントの側に、錯乱したガラス片や砕けたクッキーのようなものが散らばっている、いかにもな揉め事現場。そこに仁王立ちになっている、オレンジ髪の少年が見えたからだ。
その向かいに立って殺気だっている令嬢軍団の先頭で、優雅に扇で口元を隠したつり目の少女がエドガーに向かい文句を言っている。
「こんな貧相なモノ、わたくし達のお隣で売らないでくださらないかしら。こちらまでその品の無さが移ってしまいそうで不愉快ですわ。ねぇ、皆さん」
リーダーらしきその令嬢の後ろで、他の令嬢たちもクスクスと忍び笑いを漏らす。それが頭に来たのだろう。握りしめた拳を震わせながら、地面に散らばった道具を反対の手で示してエドガーが叫んだ。
「出店内容は、生徒会長であるライト殿下や他の役員の先輩方にも許可を頂いてる!それなのに、”自分達のクラスの隣で出店してほしくない“なんて理由でこちらの作業道具を机から叩き落として妨害するなんて横暴だ!!」
「あら、横暴だなんて心外ですわ。わたくし、貴方の為にも苦言を呈しているのですよ、エドガー・シュヴァルツ。公爵家の人間が在籍するクラスの出し物が、たかだかソフトクリーム一択だなんて、なんてみっともないこと……。お可哀想に、継母の忘れ形見で卑しい血の流れる三男では、そんな事もわかりませんのね」
「なんだと!?」
(……なるほど、あの物音は、エドガー君達のクラスの道具が彼女達に破壊された音だったのね)
なんとなくだが、事態が読めてきた。概ね、ゲーム通りの前降りイベントが起きているようだ。
ゲームの高等科での学祭準備期間、割りと商人から金で爵位を得て貴族となった商魂たくましい生徒が多いエドガーのクラスは、身分が高い生徒も多いにも関わらず他の出店に比べて少々安価で手を出しやすい商品を選択した。しかし、その商品内容に、矜持の高いBクラスの高位貴族達が反発。小さな小競り合いを繰り返す内に、とうとう頑張って準備していたはずの屋台や商品を破壊されてしまうと言う流れだった。その場では生徒会役員である攻略対象の皇子達と一緒にそこに出くわしたマリンがエドガーを庇い、三人の皇子が揉め事を諌める。そしてその前降りが、夜のイベント本番へと繋がるのだ。
ゲームではホットドッグだったエドガーのクラスの出し物がソフトクリームになっていて、エドガーを小馬鹿にして笑っているBクラスの出し物も一流ケーキでなく何故だがプリンアラモードになっているようだが、これは間違いなくあの前降りイベントだ。しかし、今の流れはよろしくない。ライトは出来る限りたくさんの生徒が楽しめる学祭を目指している。ならば、このままゲーム通りに、揉めるだけ揉めているこの現場に、見回りのライト達が遭遇するなは避けねばならない。
とは言え、フローラがここで注意をして止めさせたとしても、わだかまりを残したまま上辺だけの謝罪をして終わりだ。何かこう、もっと円満な解決方法はないものかと辺りを見回して、ふと目に止まったのはエドガーのクラスが用意したと思われる、ソフトクリームを絞る機械。そしてその向かいの机には、令嬢軍団ご自慢のプリンアラモードに使用するなめらかプリンが。
(私が作ったプリンはまた夜に使えばいいんだし……、よし、貰っちゃえ!)
フローラは小さく意気込んで、徐になめらかプリンを手に取った。そして、その上に丁寧にソフトを絞り上げていく。それに気づいたエドガーが、小さく舌打ちして声をあげた。
「おい、何してんだ、勝手に使うな!」
「おいエドガー、次は誰に怒鳴ってどうし……ふ、フローラ皇女殿下!?」
エドガーを必死に止めていた男子生徒の叫びに、一気に辺りがざわつく。エドガー側のクラスの生徒の不安そうな眼差しと、令嬢軍団率いるBクラスの冷たい視線の中心で、フローラはプリンに絞ったソフトクリーム……、略してプリンソフトを口に含んだ。
口の中で溶けるように消えるそれを満喫して、フローラが花が開くように微笑む。幾人かの男子生徒が、頬を赤くして顔を背けた中、エドガーは苛立ちを隠しもせずにフローラを睨み付ける。
弱気なクラスメイトを庇うように立つエドガーの瞳の中でもう一度微笑んでから、フローラはまず令嬢達の方へと話しかけた。
「あら、ごめんなさい。でもこれ、とっても美味しいわ!プリンはバニラの香りが上品で口当たりも良くて、食べると幸せな気持ちになるわね」
「と、当然ですわ!このわたくしがわざわざ一番美味なものを選び抜いたのですもの!!」
思わぬ権力者の登場に流石に身構えていた令嬢達のリーダーが、商品を誉められたことに気を良くして胸を張る。逆にエドガーは小さく舌を鳴らした。
「ちっ、結局はこの女も権力かよ……っ」
「それからこちらのソフトクリーム!氷のダマも無いし、口金が普通のものと違うのね。口に入れた瞬間溶けていくときのミルクの香りが癖になるわ。どっちもとても素敵よ」
「……っ!」
「ちょっとお待ちになって!まさか、そんな庶民の甘味とわたくし達の自慢の商品を同列に扱うおつもり!?」
「あら、何かいけない?」
「なっ……!」
瞠目する両クラスの生徒達の前で、フローラはゆっくりプリンソフトを完食した。そして、胸の前に片手をおいて、周りの準備中の屋台や、手や服が汚れるのも気にせず頑張って作業していたであろう生徒達の顔を見回す。
「貴女方の用意したプリンも、彼らの用意したソフトクリームも、どちらもお客様に喜んで頂くために用意した美味しいものでしょう?美味しいものと美味しいものを合わせたら、もっと美味しいものになると思うの!」
だから、と、にらみあっているエドガーと、令嬢のリーダーの手をフローラが取る。
「互いに傷つけ合うのではなく、一度手を取り合ってみない?美味しかったですわよ、プリンソフト」
「……ま、まぁ、確かに上に飾るのであれば華やかな飾りはいくらでも足せますし、悪くはないですわね」
「ブリアンヌ様!なりません、正気ですの!?」
朗らかなフローラに毒気を抜かれたのか、リーダー令嬢が小さく息をついて同意を示す。その右隣に控えていた縦巻きの髪の令嬢だけはかな切り声をあげたが、もともとあまり争う気の無い様子だった他の生徒達は皆で安堵の息を漏らした。しかし、それをエドガーが遮る。優しく己の手をとっているフローラの手を振り払い、叫んだ。
「勝手な商品名つけんな……!俺はごめんだ、まさか一緒に出店しろって!?俺は誰の力も借りない!」
「……っ!」
フローラはゲームの主人公の真似はせず、あくまで自分のまま接している上で、“何もかもゲーム通りに”放たれたエドガーの捨て台詞に胸が傷んだ。しかし、それには気づかなかったふりをして、もう一個プリンソフトを絞って走り去ろうとしていたエドガーに差し出す。
「まぁまぁ、そんなこと言わずにひとくち召し上がって!美味しいですわよ」
「いや、そもそもそれ半分はうちの商品だから知ってるし……!ちょっ、口に無理やり突っ込もうとすんな!いらないってば!!」
「ご遠慮はいらないですわ。美味しいものを食べたら怒りも消えますわよ!!」
「あんたちったぁ人の話聞けよ!!」
「あっ!」
スプーンが無いので直にエドガーの口にソフトクリームの先端を食べさせようとしていたのだが、如何せんエドガーの方がフローラより力が強い。思い切り突き放された拍子に、たっぷりソフトクリームが絞られたプリンのカップが宙へと舞い、そして一人の男子生徒の腕へと激突した。
気品さえ感じさせる深紅のブレザーの袖に広がる白と黄色のその染みに、その場に居るフローラ以外の全員の顔が青ざめる。特にエドガーなんかもう、今にも倒れそうな程真っ青だ。そりゃあそうだろう、敬愛してやまないライトの腕に、ソフトクリームをぶちまけたのだから。
誰もが硬直するその場をゆっくりと睥睨し、麗しき生徒会長が口を開く。
「ーー……これから食品を販売しようとする者達が、商品を乱雑に扱いあまつさえ人にかけるとはいい度胸だ」
「あ、いえライト殿下、これはフローラ様が……っ」
口調も表情も気品と威厳が漂う完璧な皇子様の腕から、溶けたソフトクリームの滴が滴り落ちる。シュールだ、ものすごくシュールだ。
その左隣に控えているクォーツは苦笑混じりに染み抜きに効く薬草の話をしているし、右隣でわずかに息を切らしているフライに至っては、うつ向いているせいで顔すら見えない。しかし、その肩が小刻みに震えている。だからフローラにはわかった、フライは今、笑いの波と必死に戦っている。エドガーや他の生徒達には、なぜだか怒りを抑えているように見えるらしく顔色を青から白へと変えていたが。
「理由などなんでもいい。丁度参加人数に対し、出店店舗数が多すぎると会計から苦言が出ていたところだ。一年AクラスとBクラスは出店内容を合併し、ひとつの店として学祭に参加するように!異論は認めない」
これは指示じゃない、命令だ。それを察して、もともとライト達に憧れている令嬢軍団は素直にうなずき、エドガーも諦めたように返事をした。それを受けて溜飲を下げたライトが、『これで良いんだろ?』と視線でフローラに語りかける。フローラの目指した落とし所をきちんと察してくれていたらしい。笑顔で頷くと、ライトはそのまま踵を返した。
「もう昼時だ。各自きちんと昼食を摂った後、“大人しく”作業に戻るように。いいな?」
大人しくを強調したその言葉に、こくこくと一年生達が頷く。素直なよい子達だ、本当は単にライトが怖いのかも知れないけど。
「それから、エドガー」
「はっ、はい!」
「お前はこちらについてこい、話がある」
エドガーがもう、牛乳や画用紙も顔負けの白さで顔色を失くした。『死んだな』と呟き十字を切る友達に、怒る気力もないらしい。力無い足取りで三人についていくエドガーに引き続き、呆然としている一年生達に優雅に一礼して歩きだしたフローラの耳に、小さな小さな呟きが届く。その蚊の鳴くような些細な一言がハッキリ細部まで聞き取れたのはきっと、その台詞を一度、聞いたことがあるからだろうと思った。
~Ep.280 嫌いじゃないよ 《プリンソフト編》~
『冗談じゃありませんわ、共同出店なんて、認めるものですか……!!』




