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Ep.279 嫌いじゃないよ 《見回り編》

  目当ての物を手に入れたものの、なにやらおかしな現場を見てしまった。


(ライトとフライ、一体何してたんだろ……。まさか抱き合ってたわけ無いよね……?)


  全力疾走で逃げ出したフローラは、校舎から一番遠い一年生の出店エリアで一人で見回りをする。そんなフローラを、可愛らしい顔立ちの女子が呼び止めた。


「フローラ様、これ試作品です!“役員の皆様”とどうぞ!」


「まぁありがとう、美味しそうね。頂きますわ」


  見回りを始めてまだ30分にして、実に6回目の差し入れだ。

  可愛らしい手提げに入ったドーナツを一年生の女子から受け取り、外の飲食店エリアを受け持つ一年生達の出店の合間を練り歩くフローラの頭には手作りの花冠が揺れ、右手には色とりどりのマカロンの袋とキャンディーを閉じ込めたフィルムで出来たブレスレット、更には動物型の風船が存在感を放ち、左手はみたらし団子の入った唐草模様の風呂敷と、今しがた貰ったドーナツの袋で埋まっている。我ながら訳がわからない。

  ただ、何をしに来たわけでもなくひょっこりと作業を覗いたフローラに、そうして食べ物を渡してくるのが女子ばかりで、更にはどの生徒も先ほどドーナツをくれた女子のように“役員の皆様に”を強調してくることから、多分自分をダシにしてあわよくば憧れの王子様達に、自分達が作った(と言っても、生徒は皆貴族のご令嬢ばかりで火も刃物も使えないので基本は既製品をラッピングしただけなのだが)を食べて貰いたいのだろう、とフローラは納得した。

  頑張って作ったものと言うのは、誰かに喜んで食べてもらいたくなるものだ。それをフローラ自身、よく知っている。

  リュックタイプのクーラーバッグに入れたプリンの重さを感じながら、まずはアイナのクラスの屋台を目指す。風邪を引くほど長く冷蔵庫に入り浸ってまで作ったプリンは、まだまたまたくさんあるのだ。是非、アイナや彼女のクラスメイト達にも食べて貰いたい。もちろん、エドガーとエミリーの分だけは別にきちんと取り分けてあるが。


「皆さん、ごきげんよう。作業は順調に進んでいるかしら?」


「フローラ様!はい、順調です。皆大分綺麗に焼けるようになったんですよ!」


  フローラが顔を覗かせると、それに気づいたアイナが笑顔で振り返る。差し出された皿に乗っているのは、真ん丸のお月さまのようなパンケーキだった。生地のバニラと、たっぷりかけられたメープルシロップの香りが食欲を誘う。


「まぁ、美味しそうね!当日が楽しみだわ」


「当日と言わず、今召し上がっていってください!焼き立てなんですよ」


「えっ、いいの!?……じゃなかったわ。よろしいんですの?」


  思わず素で聞き返したのを言い直したフローラに笑いながら、アイナが頷く。正直、朝から何も食べていないのに、ライト達宛の差し入れの香りにお腹ばかり刺激されて正直限界だったのだ。ちょっと悩んだが、お言葉に甘えることにした。


「ありがとう、頂くわ。そうだ、私もプリンを作ったので持ってきたの。皆さんで召し上がってね」


「わぁ、ありが……」


「ありがとうございます!俺たちも習った通りに焼いてみたんで、是非食べてください!!さぁ皆喜べ!フローラ様の差し入れだぞーっ!!」


「マジか!中身何!?」


「プリンだって~、紅茶いれましょ!」


「あっ!皆、私の分残しておいてね!?」


  アイナに差し出した筈のプリンが、他のクラスメイト達の手によってかっさらわれて行った。以前アップルパイをあげた一件以降、このクラスの一年生達はすっかりフローラに胃袋を掴まれていて好意的だ。プリンを持っていった男子生徒はもちろん、他の生徒たちも自分が焼いたパンケーキも食べてほしいとフローラの前に大量の皿を並べていった。

  フローラは空になった手を握ったり開いたりしながら、あっという間にプリンに群がりだしたクラスメイトに混ざりに行ったアイナの姿に頬を緩ませる。


(入学してすぐの頃は、馴染めてないみたいだったから心配してたけど……今は楽しそうでよかった)


  引っ込み思案で警戒心が強いせいで、無意識に周りに壁を作ってしまっていたアイナ。だけど、クォーツやフローラの優しさに触れ、父からの深い愛情と、亡き母の思いも知った今、彼女はすっかり明るくなった。なんと、今回の学祭では、クラスの副リーダーを勤めているくらいだ。それが自分の事のように嬉しくて、ニコニコしながらフローラがパンケーキをひとくち分、フォークで口に運ぶ。

  アイナのクラスがパンケーキ店を選んだ際にフローラがコツを教えるために焼き方指導をしたアイナのクラスのパンケーキは、ふわふわで優しい味がした。


「ーー……まだ本番まで三週間あるのに、お一人だけ既に学祭を満喫していらっしゃるようですね。一体朝から何をしているんですか、フローラ皇女殿下」


「ーっ!キール君!」


  三皿目のパンケーキを刺したフォークを口に運ぶ手が、不意に背後から聞こえた呆れ声に止まる。振り向くと、眼鏡のブリッジを押し上げながら苦笑するキールがそこに立っていた。

  一瞬止めた手を動かし、フォークに刺していたパンケーキを咀嚼しながらフローラは言う。


「見回り美味しいです」


「ーー左様でございますか。準備期間の見回りは確かに重要ですね」


  呆れた様子は隠さずに、嘆息しながらキールが呟く。その後ろから、見知った少女も顔を覗かせた。以前フライとキールが揉めた際、彼を許してほしいと愛しい人の為に頑張り、今や相思相愛となったミリアである。


「ミリアさんまで!お二人は二年生でしょう?何故ここにー……あぁ、予算の確認?」


  仲睦まじく並び立つ二人の腕に付いた腕章は赤。金を取り扱うので、誘導色の方が目立つと、ライトが会計委員にあてがった色だ。

  それに気づいたフローラに言われ、キールが頷きながら机に乗せられている帳簿を手に取った。


「えぇ、ケヴィン元会長の代は何かと横領が目立ちましたからね。用心しないと」


「一人で管理すると、いざ何かあったときに役員まで疑われかねないので、帳簿の回収は必ず二人一組で回るようにしているんです」


「なるほど、だから二人で来たのね。手書きで提出させているのは、担当者の筆跡を記録する為?」


  今回の学祭に使用した予算の領収書には、必ず担当した生徒のサインを書いて貰っている。

  『こうすれば、“誰がやったかわかってるぞ”って監視の意味にもなるでしょ?』と、そう提案したのはフライだ。同時に筆跡を集めれば、件の誹謗中傷への牽制にもなる。だから、キールもわざわざ手書きの領収書を回収して歩くと言う効率の悪いやり方に、文句も言わずに協力してくれている。

  そのフライがフローラの側に居ないことに気づいて、キールが『見回りはお一人でされているのですか?』と聞く。

  苦笑して頷くフローラの頭に、フライがライトの首に腕を回していたあのシーンが浮かんで消えた。


「えぇ、なんだか私、彼等の見てはいけない一面を見てしまったようなの」


「見てはいけないとは、一体どのような……っ!!」


  神妙な面持ちでため息をついた瞬間、激しい風が辺りを吹き抜ける。誤解を吹き飛ばしたがっているかのようなその強風はきっと、彼女にだけは敵わない主人の気持ちが荒れているからに違いない。と、思いながらため息をつくキールの胸元に、不意にミリアが手を伸ばす。彼女の白く小さな手が目指した目標物は今の強風で曲がったキールのネクタイであった。


「すごい風ね、服装が乱れてしまうわ」


「こら、恥ずかしいだろう、人前で……」


  口ではそう言いつつも、優しく瞳を細めたキールは抵抗しない。まんざらでもなさそうな恋人に向き合ったミリアがその胸元と首後ろに手を回す仕草に、フローラがポンと手を叩く。


「これか!そう言えばライト、結んだりほどいたりの作業昔から苦手だったわ……!」


  あれは多分、これと同じような光景だったのだ。わかってしまえば何てことは無くて、ほっと胸を撫で下ろしながら立ち上がる。

  もうすぐ11時、イベントの前振りがそろそろ起こる時間だ。


「ではキールさん、ミリアさん、皆さんもごきげんよう。私は次の見回り先へ参りますわ」


「ーっ!お一人でですか?よろしければ目的地までご案内いたしますが」


「いいえ、そんなに遠い場所じゃないから大丈夫よ。二人は見回りを継続して頂戴」


  周りの目もあるので、いかにもな姫様然とした凛とした雰囲気をまとい、フローラが微笑んだその時、300メートル程離れた先で、何かが激しく割れるような音がした。


(始まった……!)


「何だ、今の騒音は、Aクラスの方からだったが……。ーっ、フローラ様!!」


  キールが呼び止めるより早く、フローラが一人で走り去る。

  わずか数分後、息を切らしてそんな彼女を探しに来たフライにキールはその事実を報告し、挨拶もそこそこに足早に追いかける余裕の無い主人の姿に、彼も普通に人間なのだと、恋人と顔を見合わせて笑うのだった。


     ~Ep.279 嫌いじゃないよ 《見回り編》~


『住む世界など皆同じ。それを教えてくれたのは、春風のように吹き抜ける、元気で優しい姫君でした』



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