Ep.277 朝寒を照らす陽だまり
「やぁおはよう、早いねぇ二人とも。こんな時間から二人っきりで、一体何をしていたのかな?」
にこやかに、美しく。圧倒的な美貌で相手を圧巻して有無を言わせない、その威圧的な微笑みは、さながらRPGに出てくる魔王のようだ。しかも女子に人気が出て、二次創作作品とか出るタイプ。
そう現実逃避しつつ、フローラは慌ててライトから離れた。乱入者のお陰で一気に冷静になり、先ほどまでの自らの行動を振り返ったフローラの心に逆に羞恥心が沸き上がる。真っ赤になった顔を見られないように、すぐ近くに居るライトに背を向けた。
(わーっ!本当になにしてるの私!自分から抱きついたりなんかして……!)
フローラの頬が赤いことに気がついたフライが、足音荒く中に入ってくる。
そんな不機嫌丸出しなフライの背から、クォーツもひょっこり顔を出した。
「おはよー、僕も今日は花壇の世話がないからこっち来ちゃった。ーー……って、どうしたの?そんな近くに居るのに二人してそっぽ向いちゃって」
きょとんと目を瞬かせたクォーツを誤魔化し笑いでかわしつつ、ちらりとライトの顔を見てみる。
挨拶を返しながらも、ライトの顔は全力でフライとクォーツから逸らされていた。
(なんか、怯えてるみたいな…………あ)
そして、ふと思い出す。昨日自分がおとなしく寝ていなかったばっかりに誤解を招く発言をしたライトが、二人に連行されて行ったことを。
「ねぇ二人とも、昨日ライトに何したの……?」
何を話しかけてもフライとクォーツの顔を見ないあまりのライトの頑なさに、思わずフローラが訊ねる。顔を見合わせたフライとクォーツが、口元に人差し指を当てて小さく笑った。
「「んー……、内緒」」
含みのある言い方だ。漫画なら語尾にハートマークでもついていそうな、怪しさ漂う口調に、それ以上は聞いてはいけないとフローラは判断する。
「何が『内緒』だ、お前らのせいで、プリンを三個食べて尚まだ口の中苦いんだけど?一体なんだったんだ、あの葉っぱは」
二重の意味で苦々しく呟いたライトに、含み笑いを浮かべながらクォーツが説明する。
「ん?あぁ、あれはセンブリだよ。“千回”お茶を“振り出し”てもまだ苦いからその名前がついたんだって」
「止めろそんな説明聞きたくない、余計に苦くなる!」
口元を片手で押さえながら叫ぶライトに、さぞ苦かったのだろうとフローラが苦笑する。
そんなフローラの髪を指先ですくいながら、フライが首を傾げた。
「さて、それで君はお気に入りのリボンもつけ忘れるくらいに早くから登校して、一体何がしたいんだい?」
「えっ!嘘っ、なんか頭が軽いなと思ったら!」
窓に写る自分の姿を見てみれば、確かに最近ハーフアップにした髪を束ねた位置につけている大きめのリボンが無かった。寝不足のまま支度をして出てきたせいでつけ忘れたらしい。全然気にしてなかったのに、いつもはそこにある筈のそれが無いことに気がつくと、途端に落ち着かなくなるから不思議だ。
窓ガラスを鏡代わりに、何も付いていない自分の後頭部を撫でながら唸るフローラを見て、苦笑したライトが自らのネクタイをほどいた。
「リボン無いと落ち着かないんだろ。とりあえず今日はこれでいいか?色は似てるだろ」
「えっ?でもそれライトのネクタイだし……」
「今日は学祭の準備だけで授業もないし、1日くらい着けてなくても大丈夫だって」
「そ、そっか……。じゃあ、お言葉に甘えてお借りします!」
ライトが差し出したネクタイは、白地に落ち着いた光沢の金のラインが入った品の良い柄だ。いつものフローラのリボンは白かそれに近い色が多いので、そのネクタイをリボン代わりに髪を結べば、すっかりいつも通りの自分が出来上がる。
最後にキュッと気合いを入れながらリボンをしっかり締めて、三人の方に向き直った。色々ありすぎて後回しになってしまったが、今日のフローラの目的はここで仕事をする事じゃないのだ。
「ねぇ、この間学園祭準備の見回り中の腕章作ったじゃない。あれ、今日は私が借りていって良いかな?」
フローラに言われて、ライトが壁のフックに引っ掻けていた即席の腕章を手に取る。
「これか?構わないけど、見回り中に揉め事に巻き込まれたりするなよ。病み上がりなんだから」
「……ぜ、善処します」
ライトの指摘に、フローラが目を逸らす。今日はこれから、学祭準備期間中に起きるエドガーのイベントが実際に起きるのかを確かめに行くつもりなのだ。そして恋愛ゲームにおいてのイベントとは、必ずトラブルと背中合わせなのである。
目を逸らしたまま返事をするフローラに、勘の良いライトが眉をひそめる。
「おい、今の間は何だ?……って、こら!」
「そろそろ皆登校してくる時間だし、私行くね!ライト、ネクタイありがとう!放課後には返すから!」
しかし、フローラの方が一枚上手だったらしい。
ライトのネクタイで結んだリボンを揺らして飛び出していったお転婆姫に、残された三人は示し合わせた訳でも無いのに、自然と顔を見合わせて。
ライトは向かい合った親友二人が、互いに同じような、苦笑混じりの笑みを浮かべているのを見て、つい小さく吹き出してしまう。
それに釣られるようにして、クォーツもフライも控えめだが声を上げて笑い出す。
秋も深まり肌寒い朝の生徒会室を、ライトは不思議ともう寒いとは感じなかった。
~Ep.277 朝寒を照らす陽だまり~
『その少女はいつだって、春の陽射しのように誰かの心を照らすだろう』




