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Ep.273 きょういの格差社会

  水を媒介としたその身体はほんのり透き通っていて、窓からの日差しに反射する。

  そのせいでいつもより更に眩しい聖霊の王の姿に、ライトが驚いて立ち上がり、ルビーがそっとその身体を触ろうとしているのをクォーツとレインが引き留め、フライが素早くカーテンを閉じる。

  カーテンを閉めたのは、表向きに存在を立証されていない聖霊王の姿が部外者に知られるのを避ける為だ。一瞬でこの判断が出来るあたり、やはりフライは勘がいい。正直、鋭すぎて怖いときがあるが……。


(なんにせよ、話が逸れてよかった)


  意外過ぎる人物の登場に興が削がれたのか、フライはそれ以上、学祭のことについてフローラを追及しなかった。


『メイド喫茶、実に良いじゃないか。元々人間界の侍女や執事の制服は給仕に向いた物だと聞くぞ。喫茶店なら実に似合いの場じゃないか!』


「いや、そんなことより聖霊王。何故貴方がここに……?」


  瞳を輝かせて語るその身体が触れることの出来ない幻影な事を確かめながら、フライが訪ねる。

  フローラの持ってきた、聖霊の森と人間界を繋ぐ水鏡。その表面から立体映像のように飛び出し円卓の上に立つ聖霊王の姿に、フローラも当然驚いた。この鏡はあくまで通信に使う物で、互いの世界を行き来出来る力は無い筈だ。実際、剣術大会の辺りまでは直接顔を合わすとなると、フローラの意識を聖霊王が夢の世界に呼ぶ形を取っていた。いや、それよりも。


「オーヴェロン様、そこテーブルですよ。お行儀悪いです、上に立っちゃダメ!」


「フローラお前っ、なんて口聞いてんだ!!」


『構わんよ。これは失敬した、確かに机は上に立つものではないな』


『そうよ、悪いのは主人だわ。いきなりお邪魔してごめんなさいね』


  ビシッと注意したフローラに焦るライトに対し、素直に謝罪した聖霊王の幻影が机から降りる。その隣に、女王であるタイターニアも姿を現した。ただし、その身体はやはり透けている。それを見て、クォーツが指輪をはめた方のフローラの手を取った。


「これって、いわゆる思念体の一種ですよね。指輪を通じてフローラの魔力を借りて作ってるから、媒体が水なんですか?」


「ーっ!」


  その問いかけに、そう言うことかとフローラと他の皆が納得する。土の皇子の言う通りだと、聖霊の王も頷いて笑った。


『フローラ姫自身が努力を怠っていないことは勿論だが、騎士のエクレールが覚醒したことで指輪と再び共鳴を始めている。そして、共鳴により指輪と剣の魔力は増大する。お陰で、かなり飛躍的に巫女の魔力が高まった。我々がこうして人間界に思念を飛ばすことが出来る他にも、フローラ姫自身、色々と使える術が増えたであろう?例えば、短時間なら空を飛ぶことが出来たりとか』


  含み笑いの聖霊王に指摘され、仲間達が驚いた表情でフローラを見る。瞠目したフローラ本人は、ぷっくりとその白い頬を膨らました。


「どうして言っちゃうんですか!その内いきなり飛んで見せて驚かせようと思ってたのにーっ!!」


『はっはっは、そうだったのか。それは悪かったな、じゃあ、今の発言は無しだ。諸君、忘れてやってくれ』


  『いや無理だわ!!』と、口調こそ各々違うもののその場にいる全員から突っ込まれ、聖霊王が肩を竦める。頭を軽く掻きながら、ライトが嘆息した。


「世間話くらいの気楽さ漂う会話なのに、聞き捨てならない情報が溢れてるからそれは無理だわ。この聖霊王の剣が、フローラの指輪と互いに繋がっていることだけはこの間聞いて知ってたけど、まだ色々と知らないことがありそうだし……」


  ライトが指先で、剣についた不死鳥の瞳……、すなわち、目の位置に納まった深紅の珠をなぞる。その石は聖霊女王の指輪と同様、術者の思いで色を変え、邪を感知すれば黒くなる、聖霊の森から採掘された特殊な宝石だ。ただひとつ、指輪と違う点は……


『指輪は闇を癒すもの、剣は闇を打ち払うものだ。故に、魔族の存在自体を感知する力は指輪の方が強い』


「それって、剣の方だと感知出来る魔族と出来ない魔族が居るってこと?」


  聖霊王が、若干驚いたように頷いた。クォーツの問いは正解だったらしい。


『剣の方は本来、“悪意”から巫女や皆を護るために作り出した物。故にそれは魔族を探すと言うよりは、強い敵意を、悪意を持った者だけを見つける。特に指輪の主……聖霊の巫女の身に危険が迫れば、必ず反応を示すだろう』


  そう。だからこの剣の力で古の騎士は愛する人の危機に気づき、豪雨の中カサもささずに教会へ戻って……結果、愛する女性の最期を目の当たりにしたのだ。


「成る程……、これすごい剣なんだねぇ。さっき素晴らしいタイミングでエドガーの脳天直撃してたけど」


「あれは不可抗力だろうが!まあとにかく、そう言う訳で、この剣はフローラになにかが起きたときにすぐ知らせてくれる。だから持ち歩いてるんだ。……この答えでいいか?」


「ーー……あぁ、大変結構だよ」


  ひと通り話し終えて、ライトが先程帯剣の理由を指摘してきたフライに言う。フライも納得して頷いたが、その瞳がふとフローラへ向いた。その眼差しは、何処か儚く、切なさを滲ませている。


「結局は、側に居られないときに彼女の身の危険を察知出来るのはライトだけって訳か……。ーー僕達には、そんな力も武器もないのに」


  ライトが目を見開き、クォーツがほんの少し、唇を引き結んだ。三者三様のこの反応に、聖霊の王とその妻が既視感を覚える。しかし、それを振り払うように頭を振った。似ていても、もうここは彼等の生きた時代ではない。この子達は、別人だ。


『魔族を感知する道具と言うのは、あまりに特殊だ。仮に他にも残っていたとしても、そのままでは使い物になるまい』


「……っ!」


  フライとクォーツが、弾かれるように顔をあげた。フライの切れ長の双眸が、強い意思を秘めて聖霊王を見る。


「それはつまり、似た力を持つ武器が他にもあると言うことですか?」


『……さぁな、それは過去の人間達の行い次第だ。そこについては我々は預り知らぬ』


「ーー……なーんか、すごい力を持つ聖霊の王様だと言うわりに、妙に出来ないことが多いですよねー……」


  上手くはぐらかされて小さく舌を打ったフライが、直後のクォーツの一言に吹き出した。失礼とは重々承知だが、確かにそうだ。考えてみれば、ゲームのオマケで出版されていた小説の……、過去の世界の聖霊王はもっとずっと、全智全能に近かった。それなのに、現在の彼とのこの差異はなんだろうか、とフローラが首を傾げる。


『……いやぁ、流石に俺ももう歳なのかもなぁ』


  しかし、無礼を怒られもせずこうも軽く受け流されては何も言えない。だからフローラも、別の事を聞くことにした。


「あのっ、私が飛べるようになったのって、やっぱり指輪の……聖霊の巫女の力が強まったからなんですよね?」


『あぁ、その通りだ。強まった力でどんな事が出来るようになるかは個人差があるが……これからも鍛練を怠らなければ、出来ることはまだまだ増えるだろう』


「じゃあ、じゃあもっと力が強くなったら、飛ぶときに羽根が生えたりとか……!!」


『いや、それは無いな』


  『聖霊の森に居た妖精さんたちみたいな!』と、キラキラと期待に目を輝かせたフローラに、聖霊王がきっぱりと言った。王とは時に残酷だ。

  ガックリと項垂れたフローラに慌てて、励ます材料を探すその姿はまるでただの保護者だけれど。そんな聖霊王が、フローラが先程取り出していたメイドの服に目を止める。


『そ、それよりも、可愛いじゃないか、このメイドの服は!よく縫えてるぞ、フローラ姫は器用だな!!これなら喫茶店も繁盛しそうだ!』


「ーっ!本当ですか!?」


「ちょっとそこの王様、下手に煽てないでください。素直に受け止めすぎて調子に乗っちゃうから」


  趣味を詰め込み夜なべして仕上げた衣装を褒められて、フローラは再びご機嫌になる。単純ではない、根っから素直なのだ。

  そんなフローラの素直さをよくわかっているライトが、やっぱり喫茶店が良いと最初の話に戻る彼女を宥めている。その様子を微笑ましく見守っていたタイターニアを、聖霊王が徐に見詰める。夫の視線に気づいたタイターニアが、その男の手元に魔力で引き寄せられたメイド服を見て、一歩後ずさる。


  しかし、逃げたがっている妻に容赦はせず、聖霊王が本日一番にカッコいい声で言った。


『妻よ、ちょっとこれを着てみないか?』


『~~~っっ!!今の今まで真剣な話をしていたのに、なんでそう言う話になるの馬鹿!そう言ういかにも貴方の好みな衣装は、若くて可愛い娘に着てもらえば良いじゃないの!!』


  顔を真っ赤にしてそう怒るタイターニアだが、その外見は十二分に若く、美しい。流石に14歳には見えないが。しかし、そんな繊細な女心も、自由がモットーの夫には効果がなかった。


『何を言う。好みの衣装だからこそ一番好きな者に着せるのがいいんじゃないか』


  ズイッと迫ってくる夫に、タイターニアは涙目だ。

  衣装の作り手であるフローラが彼女から助けを求めるような視線を向けられたものの、聖霊王の気合いが本気過ぎて近づけない。フローラはハンカチと万年筆で作った即席の白旗を振った。頑張れ、女王様。


『フローラ姫も異論は無いようだ。さぁ、妻よ!』


『~っ!嫌よ!第一、その服では胸がキツくて着れたものではないわ!!!』


  タイターニアのその叫びに、落雷を受けたようなショックがフローラを襲う。今度こそ再起不能。膝から崩れ落ちた巫女の姿に、じゃれあっていた夫婦が慌てた。

  彼女にそれぞれ想いを寄せる青少年達は(内一名は無自覚だが)、デリケートな話題になんと慰めれば良いかわからないのだろう。それぞれ若干顔を赤くしたり、逆に気まずそうに青ざめたり、涼しい表情を作っていながら椅子の足に引っ掛かって躓いたりしていた。どれが誰とは言わないが。


『ち、違うのよフローラさん。ほら、大人の身体と貴女達の歳では色々と体格差が……ね?』


  おろおろしながらも、タイターニアが項垂れたフローラの目の前にしゃがむ。……立派なメロンを揺らしながら。


「だ、大丈夫です!私もその内育つんだから!あの試練のときの身体位には!!」


  聖霊の森での一件だ。あの時、高校生姿のフローラのお胸は、ちゃんと立派に成っていた。それを励みになんとか立ち上がったのだが。


『……非常に言いづらいんだが、あれはあくまで多く分岐した未来の中のたった一点を見せただけであって、予言の類いでは無いんだぞ、フローラ姫よ』


「……っ!!!」


  今度こそ、もう駄目だ。

  真っ白になったフローラを他所に、聖霊王夫妻の幻影が消えていく。


『すまんがそろそろ時間だ、あとは任せた!』


「おい、この話題のままか!?せめて身体の問題から離れてくれよ!」


「……無駄だよライト、もう向こうには聞こえてない。床まで水浸しにしていって……この鏡叩き割ってやろうか」


「そうですよ!せめて成長にいい食べ物とか教えて頂かないと!!」


「「違うクォーツ、そうじゃない」」


  ライトとフライが声を揃えて突っ込むのと同時に、鏡の表面で“牛乳”の文字が浮かんで消えた。

  

     ~Ep.273 きょういの格差社会~


  翌日、しくしく泣いているフローラの部屋に婚約者達から届いた大量の牛乳は、手作りプリンとなり皆に配られたと言う。


「いや飲めよ、何のために贈ったのかこれじゃわかんねーだろ……!」



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