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Ep.271 お姫様は英語が苦手

「おや、そちらにいらっしゃるのはシュヴァルツ公爵家三男であらせられる、エドガー・シュヴァルツ様とお見受けいたしますが……どうして生徒会室に?」


  しばらく談笑した後、エドガーの視線に気づいたフリードがそう切り出したので、フローラがシュヴァルツ公爵家の人間とライトが今親しくすることの有用性を端的に彼に説明した。


「と、言うことでエドガー君への報酬として、彼が敬愛しているライトの学院に入るより前の写真が欲しいの!」


「……はい?し、写真ですか?」


「お前っ、まだ諦めてなかったのか!?」


「いいじゃない、写真入手元フリードも帰ってきたことだし」


「そうだよ!ライトが一番エドガーに慕われてるのに、君だけ被害無しなんて許さないよ!!


  そこまでは静かに同意しながら聞いていてくれたフリードであったが、報酬が写真だと言うフローラの発言を聞くなり目を点にした。ライトも思わず頭を抱えるが、そんなライトにはフライとクォーツから容赦ない追撃が降り注ぐ。

  フローラもそんな周りの様子に構わず、フリードにひたすらちびライトの写真をねだり出した。その姿を見ていたエドガーが、『この人、自分への報酬の為じゃなく、単に自分が写真を見たいだけなのでは?』と思ったのは内緒だ。


「……ふふっ、流石はフローラ様。面白い着眼点ですね。畏まりました、ご希望とあらばお持ちしましょう」

 

  数十分して、先に折れたのはフリードだった。

  苦笑混じりに承諾したフリードに、フローラは瞳を輝かせ、ライトが焦りながら立ち上がる。 


「ーっ!本当!?」


「いや、まて、畏まらなくていい。第一お前俺の初等科入学前の写真なんか持ってるのか!?」


「えぇ、ございますよ。何しろ生まれたばかりの頃の殿下はそれはもう天使の様に愛らしくて愛らしくて……。その頃のアルバムは、私の癒しとして使用人寮の自室に持ってきております。そちらから焼き増し致しましょう!」


「~~っ、お前は俺の親か!!」


「うわーい、やったぁ!約束ね!!」


    流石はライトが生まれる前から従者になることが決まっていた人間だ。それこそ赤ん坊の頃から撮っていた写真があるのだと自慢げに語るフリードに、悶絶したライトが叫び、フローラは喜びの声を上げた。

  ライトが机を両手で叩いた衝撃と、フローラがぴょんぴょん跳び跳ねた振動で、壁に掛けられている剣がぐらりと揺れ、エドガーの席の方へと少しだけ傾いた。しかし、話に夢中なせいか、誰一人それには気づかない。


「では、私はフローラ様のご要望にお答えして、写真を用意して参りますが……、その前に、こちらを」


  にこやかに立ち上がったフリードが、立ち去る前に懐から一枚の封筒をライトに差し出す。受け取った瞬間のライトの嫌そうな表情がに周りもその封筒を覗き込んで、差出人の名がつい先日まで自分達を苦しめていたケヴィンであったことで納得の声をこぼした。


「一応謝罪のお手紙だそうなので、お預かりして参りました」


「謝罪……ねぇ、どうみても反省したようには見えんが」


「えっ、どうして?」


  まだ手紙を開いても居ないライトがそう言ったことできょとんと首を傾げたフローラに、ライトが封筒を渡し宛先の記された欄を指差した。そこには、少し大きめの字で書かれた“Dear. Right”と言う宛名があった。


「だって見てみろよここ。出だしの“L”が“R”になってる。これじゃ俺の名前、光じゃなくて“右”になっちゃうんだけど。また地味な嫌がらせしやがるよ、本当に」


「えっ!?ライトの頭文字ってRじゃないの!?」


  苦笑しながら手紙を開こうとしていたライトの手が止まった。しんと皆が静まり返ったことで不味いと察したのか後ずさるフローラの肩を、万年筆片手にライトが掴まえる。そして、ひきつった笑みと共にフローラにペンを握らせた。


「ねぇフローラちゃん、怒らないからちょっと俺の名前綴りで書いてごらん?ほら」


「嘘だ!だってもう既に怒ってるじゃん!!」


  長い付き合いで初めてライトからされる“ちゃん付け”が怖い、本気で怖い。

  黒い笑顔はフライの専売特許だと内心でワケのわからない主張をしながら逃げようとするも、あえなく失敗した。


「お前、これだけ付き合い長いのに俺の名前の綴りをずっと間違えて覚えてたのか!俺は悲しい!!」


  嘆くライトの怒りは最もだ。最もだが、フローラとしては言い訳させてもらえば、この世界の主要言語がアースランド語……つまり、元の世界で言う日本語で統一されているのが悪いのだ。普段の手紙でも皆の名前だってカタカナでしか書かないから綴りを知らなかっただけだ!と、声高に主張したいが、怖くて出来ない。


(大体、私、前世むかしから英語だけは大の苦手なんだよーっ!それでも高校生までは頑張ってたけど、死んでこっちに生まれ変わってからは英語っていう概念自体存在してないからなぁ……。あ、でも……)


  パッと顔を上げたフローラが見たのは、ライトではなくフライだ。

  ライトに捕まえられた状態のまま、自慢げに声を張る。


「でも、フライなら書けるよ!あとレインも!!」


「おや、それは嬉しいね」


  その発言にフライは顔を綻ばせ、逆にライトが更に嘆く。


「~っ!綴りの短い奴等ばっかじゃねーか、ふざけんな!!」


「きゃーっ!ごめんなさい!!で、でも、スペルなんか普段使わないじゃない。皆は書けるの……?」


  怒りで怒鳴っていると言うよりは拗ねたようなライトの声音に頭を抱えながら仲間達を見れば、クォーツとルビーがサッと視線をそらした。きっとあの二人も書けないのだろう。仲間が居たことに安堵したフローラだが、思わぬ所から『普通に書けるよ』と言うまさかの実弾こえが飛んできて項垂れた。


「エドガー君、嘘でしょ!?」


「嘘なわけあるか失礼な!ライト殿下、フライ様、クォーツ様はもちろんだが、不本意ながらあんたの名前も正式な綴りで書けるから、俺」


「何ですと……!?わーんっ、エドガー君の裏切り者!!」


「裏切り者もなにも、初めからあんたの仲間になった覚えはない!!」


  確かに失礼だが、正直勉強が苦手だといっていたエドガーは絶対お仲間だと思っていた。生徒会にも入ってくれたし、ちょっとは和解に向いているかと思いきやバッサリと仲間じゃないと言われてしまい、ダメージのダブルパンチである。

  でも、そちらは仕方がない。時間はまだあるし、仲良くなれそうなイベントが近々ある。本当に歩み寄るのはこれからだ。

  そんな中、ポンポンと手を鳴らして皆をなだめてから、フリードが言う。


「はいはい、何でも構いませんが、殿下は拗ねてフローラ様達にご迷惑をかけないで下さいね。では、失礼致します」


  『拗ねてなんかいない!』と言い返すライトを華麗にスルーして一礼したフリードが出ていき、扉を閉めた瞬間だった。ちょっとした悲劇が起こったのは。

  先程のライトとフローラの動き回った衝撃で既にバランスを崩していた剣が、扉の開閉の衝撃で落下。丁度剣の前に当たる席に座っていたエドガーの頭に直撃したのである。


「ぐぇっ!痛っ~~……!!」


「わーっ!エドガー君、大丈夫!?」


「あーあ、ライトが壁になんかかけるから……。可哀想に、脳天直撃だったんじゃない?」


「わっ、悪い!まさか落ちるとは……!」


  痛みに身悶えて椅子から滑り落ちたエドガーを、ライトとフライが支える。

  そんな二人に『大丈夫ですから』と遠慮していたエドガーの目が、自分を攻撃したその剣のデザインに目を止める。


  西日に照らされ純白に輝く、美しい剣。それは……


「これ、ライト殿下が剣術大会の時ケヴィン会長との戦いで使っていた剣ですよね。綺麗ですが、珍しいデザインだからよく覚えてます。壊れてたらどうしよう……、っ!!」


   剣を見つめながらそう話していたエドガーが不意に口を閉ざしたので、皆が不思議そうに首を傾げる。

  エドガーを支えているライトとフライに代わり、手ぶらかつ落下した剣の一番近くに居たフローラが、屈んでそれを拾い上げる。そして、一瞠目した。


  剣の柄に彫られた不死鳥の飾りの瞳に埋め込まれた深紅の宝石が、ほんの一瞬じわりと黒く滲んだ。

  新たな聖霊の巫女は、魔族を感知するそのシグナルを今、確かにその目で見たのである。


(誰の身体にも黒い靄は絡み付いてないし、魔族の気配はマリンちゃんの休学後から学院の敷地には居なくなったってオーヴェロン様が言ってたのに、一体誰に反応したの……?)


    ~Ep.271 お姫様は英語が苦手~




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