Ep.270 報酬の出所
「どう?学院入学前の貴重なフライとクォーツの写真だよ!今生徒会に入るならそれぞれ10枚ひとセットでどうだ!」
「やります!!!」
自慢げに写真を差し出した自分の手をしっかりと掴んだエドガーが頷く。これにて取引成立だと満足げに頷いたが、その瞬間二人分の声と共にエドガーから力付くで引き剥がされた。
「「ちょっと待った!!!」」
「わっ!急にどうしたの?2人とも」
『せっかくまとまる所だったのにー』とむくれっ面を作ってみたが、羞恥で頭がいっぱいの二人は誤魔化されなかった。
動揺を隠す素振りもないフライが素早い手つきでまだヒラヒラ飛んでいた写真を回収し、片やクォーツがフローラの肩を揺さぶりながら問う。
「待って!初等科入学より前って僕達まだ出会ってないよね!?どうやって入手したの!」
「あ、お兄様の分は私が焼き増しして差し上げました。フローラお姉様が欲しいと仰られたので。最高に可愛らしいお写真を厳選致しましたわ!!」
「まさかの妹の裏切り……!!」
顔を両手で覆って踞ったクォーツには、『これもアピールですわ!』と言うルビーの声は届かない。そんなアースランド兄妹のやり取りを見ながら、自分の手元に来た写真だけは魔力で切り刻んで証拠隠滅したフライがため息を溢す。
「クォーツのをルビーが渡したのなら、僕の写真の入手先は兄さんだね……。全く、何をしてくれてるんだあの人は」
フライのその呟きと同時刻、高等科の学会にてプレゼンテーションをしていたフェザーがなんの前触れもなく盛大なくしゃみをした……事はさておき、貰った報酬を確認していたエドガーが『ライト殿下の写真が無いだと……!』とよろける様子を見て、他ならぬライトが苦笑を溢した。
「成る程な。今朝からやたらフリードを探してたのは写真の入手の為だったわけか。……痛っ!」
「まぁ、渡してしまったものは仕方ないね。でも、こんな昔のもの引っ張り出す位なら……」
「きゃっ!」
自分の写真は無いことに安堵していたライトの足をわざと踏みつけながら歩み寄ってきたフライが、突然フローラを抱き寄せる。
驚きで固まるフローラの頬に手を当てて微笑むその顔は、齢14とは思えないほど妖艶だ。色仕掛けなら、自分よりフライの方がよっぽど向いているんじゃないか、と正直思ってしまう。
「写真の中の子供より、今の僕のことを見てくれる方が良いんだけどな」
「ううん、結構です」
片手をあげてきっぱりと言い放つと、何故だか場の空気が凍りついた。
フローラ自身としては、“だって毎日会ってるし”と言う意味だったんだが、沈黙を破るようにまずライトが口元を覆って吹き出す。ライトの笑い声が響く中、どことなく唖然とした様子のフライの背中をクォーツが支えた。
「……っ!!」
「ーー……、ふ、フライ、大丈夫?」
「お兄様、敵に塩を贈ってはなりません!た、確かに少々気の毒ではありますが……」
「フローラったら、いくらなんでもそれは無いでしょう。可哀想だわ」
「え、えぇ?私なにかした!?」
「ーー……構わないよ、手強いのはとっくにわかってるからね」
口々に責められフローラが狼狽えている間に、気を取り直したフライが苦笑混じりに肩を竦める。フローラとしてはこんなにもぼけらんな自分の何が手強いのかと聞きたかったが、今度は色香漂う大人の笑みじゃない、優しい微笑みと共に片手を取られて、聞くタイミングを逃してしまった。
「でもさ、こうして僕らの写真を勝手に見たのなら、君の昔の写真も見せてくれないと不公平なんじゃない?」
きょとん、と一瞬目をパチパチさせたが、確かに言われてみると不公平な気がしてくる。そう思っていきなり走り出したフローラをライトが手を伸ばして引き留めた。
「待て待て待て待て!どこに行く気だ!?」
「ハイネに言って写真貰ってくる!!」
「いや待てって!言ったのがフライだからまともそうに聞こえただけでさっきの言い分は理屈としてはおかしな所ばかりだからな!?第一エドガー、お前も俺達の写真から何かしら学びを得たくて観察してたんだよな!?じゃあこんな一人じゃ立ち上がれもしないような幼児の写真なんか必要ないだろ!」
「必要なく無いですよ!可愛いじゃないですか!!」
「中学生男子が幼児の可愛さから一体何を学べると言うんだ!……っ、だからお前も待てったら!いきなり飛び出したら危な……っ!!」
「ぶっ!あいたたた……!ご、ごめんなさい!」
引き留めるライトがエドガーの方に気を取られた隙に扉から廊下に飛び出そうとしたフローラだが、ライトの忠告と同時に中に入ってきた誰かと激突して転んでしまった。『ほら言わんこっちゃない……!』とため息をついているライトの声がするが、聞こえなかったことにした。
とりあえず謝らなければと、床に転んだまま激突した相手を見上げれば、相手は美しい所作で正面に膝をつき、申し訳なさそうに頭を下げる。
「大変失礼致しました、フローラ様。お怪我はございませんか?」
優しい面持ちでそう声をかけてくれたのは、ライトが帰りを待ちわびていた専属執事のフリードだった。
体格差もあるのでフリードは全然大丈夫そうではあるが、かなりの勢いでぶつかったことをフローラが詫びる。
「私は大丈夫です!こちらこそごめんなさい、ぶつかっちゃって」
「滅相もございません。報告の為と急いで中に入ろうとした私にも非はありますから」
『立てそうですか?』と手を貸してくれようとしたフリードが、ふと目に入った何かに動きを止める。その視線が自分の手に輝く指輪に向いているように感じて、首を傾げた。
「あの、フリードさん……?」
「ーっ!失礼致しました、長旅で少々疲れが残っているようで」
「おかえり、フリード。旅の目的が目的だったし、気疲れしたんだろ。今日はゆっくり休むと良い。フローラ、立てるか?」
「うん、ありがとう」
控え目に名を呼ばれてハッとしたように顔を上げたフリードに、フローラに手を貸しながらライトが労いの言葉をかけた。フリードも、穏やかな笑みで『ただいま帰りました』とライトに微笑み返している。
主人と従者と言うよりは、兄弟のような気さくなやり取りだ。微笑ましくて、無意識に笑顔が浮かぶ。
(本当、仲良しだよね……。フリードさんが居ると、ライトがいつもよりちょっと幼く見えるな)
フリードに見せるいつもより幼いそのライトの笑顔は可愛い。これはやはり、エドガーへの報酬云々は抜きにしてもライトの幼児時代の写真は是非とも手にいれなければと、決意新たに顔を上げた際、ふと妙な視線を感じて、振り返る。
振り返ったフローラの丁度真後ろ、円卓のオレンジ色の椅子。そこには、抜け出すタイミングを逃したエドガーがまだ所在なさげに腰かけている。その夕焼け色の眼差しは、彼が敬愛するライトではなく、従者であるフリードの方へと向いていた。
~Ep.270 報酬の出所~




