Ep.25.5 僕と妹と友達と
『仲良く楽しく過ごせればいいや。』
僕の妹であるルビーが、僕の友人であり水の国“ミストラル”の姫であるフローラへのいじめの犯人だと言う濡れ衣を着せられた件。
何とも悲しく不愉快なその事件は、幼なじみで僕達の一番の理解者であるフェザー兄さんの暗躍によって無事解決し、僕達には平穏が戻ってきた。
それなのに、解決してからここ数日、ルビーは僕に会ってくれない。
最初は今回の件を期に少し兄離れしようとしてるのかと思ったけど、そうじゃないみたいだ。
とは言え、本人に避けられている以上無理して聞き出す訳にもいかないし放っておくしかないかと思っていたそんなある日、服や顔に茶色い汚れをつけて甘い香りを漂わせたルビーが僕の所までやってきた。
「お兄様ーっ!!」
「ルビー!どうしたんだいその格好は!?」
「……何だルビー、その年になって泥遊びでもしてたのか?」
寮の休憩室でたまたま一緒に居たライトがルビーをからかうと、ルビーは『違います!』と可愛らしく頬を膨らませた。
「ほらほら、ケンカしないで。ルビーちゃん、紅茶はいかがかな?」
「あっ、頂きますわ、フェザーお兄様。」
ライトからプイッと顔を背けたルビーに、フェザー兄さんとフライがお茶を用意してくれた。
ここ最近の騒ぎのせいで皆で会うのはちょっと久々だったんだけど、やっぱりこの面子だと居心地が良い。
「それで、その手に持っている包みはなんだい?」
席についたルビーの手元には、可愛らしい柄いりのビニール袋があった。
柄の合間から微妙に中身が見えるけど、これはケーキ……?
「これは、私がお友達と作った……えっと、チョコレートのケーキですわ!お兄様へのお詫びと、皆様へのお礼に心を込めて作りましたの!!」
「へぇ、それは嬉しいな。じゃあ、僕も頂いてもいいのかな?」
「もちろんですわ!」
優しいフェザー兄さんが話を振ると、ルビーはとても嬉しそうにケーキの袋のリボンをほどいて彼に渡した。
って、ルビーの手作り!?
「あっ!フェザー兄さん食べちゃ駄目だ!!」
「……?」
唖然としたせいで止めるのが遅れて、袋から出されたチョコレートケーキはフェザー兄さんの口の中に入ってしまった。
あぁどうしよう、我が可愛い妹の手作りお菓子と言う名の凶器が兄さんの口に……!
今きっと何処かで、“マズさ”と言う名のスナイパーが兄さんを狙っているに違いな……あれ?
「あ、あの、フェザー兄さん……。何とも、ないんですか?」
「ん?あぁ、美味しいよ。ありがとうルビーちゃん。」
「――……。」
なんと、スナイパーは狙撃に失敗したらしい。
ルビーは兄さんに褒められてご機嫌になり、向かいのソファーに座っているライトとフライにもケーキを勧めている。
「あっ、ちょっ、ちょっと待って!僕が先に食べるから!!」
勧められるままにケーキに手を伸ばした二人を止める。
ライトが小さく『そんなに妹が好きか』の何のと呟いてるけど今回は違うよ!
寧ろ今はただ友の身を案じてるよ!!
僕、昔ルビーがくれたバレンタインチョコ食べて気絶して記憶飛んだんだから!!!
「ではお兄様、どうぞ!」
「あ、あぁ、ありがとう……。」
僕がそんなことを考えてるとはいず知らず、ルビーは久しぶりの満面の笑みで僕にケーキを差し出してくれる。
それを受け取ってみると、焼き立てらしくまだ温かかった。
「あ、ちゃんと形になってる……。」
「はい?」
「あっ、ううん、何でもない。いただきます!」
まず、ちゃんと“ケーキ”と呼べる代物になっていたことに驚きながら、恐る恐る三角形のそれを口に運ぶ。
「……っ!」
「どうですか、お兄様!?」
ルビーがキラキラとした瞳で見つめる中、僕は黙って二口目を食べた。
「おいしい……。」
「本当ですか!?」
何故だ、たった一年でこんなに上達したのか妹よ。
とりあえず結論から言うと、ケーキはすごく美味しかった。
一口食べれば、甘過ぎずしっとりとなめらかなチョコレート生地と香ばしいクルミの風味がいっぱいに広がり、また後味もくどくない。
一度に何切れも食べれそうな感じだ。
「おい、もう食べていいのか?」
「え!?あ、うん、ごめんライト。」
「さぁ、ライトお兄様、フライお兄様、召し上がって下さいな。」
僕達のやり取りを一通り見ていたライトが退屈そうにアクビしながら聞いてきたので、改めてルビーがケーキを差し出す。
実は僕に負けず劣らず甘いものが好きなライトは、数口でケーキひと切れを食べきり『なかなかやるじゃないか』とルビーの頭を撫でた。
馴れ馴れしく触るなよライト、ルビーの頭なでなでは僕の特権だ。
どうしても撫でたくば、友(僕)の屍を越えて行け!!
……なんてお馬鹿な考えをしてる場合じゃない。
今は何故ルビーがこんなに上手な物を作れたのかだ。
「これはブラウニーだね。レシピはどうしたの?」
「あぁ、ええと、お友達に習いました。」
フライが僕より先に疑問を口にし、ルビーはちょっと視線を泳がせながらそう答える。
ルビー友達居るんだ、良かった……。
一緒にお菓子作りするくらいだし、相手は女の子だよね……?
男子全員でルビーをじっと見つめたら、ルビーが気まずそうに口を開いて、あの花壇荒らしの日からフローラと自分が仲良くなっていたことを語りだした。
その話を聞いた僕は驚いた。
フローラは今回の件の被害者であり、僕の友達だ。
ルビーは寧ろ、僕の初めての女の子の友人だったフローラに敵意を向けてた筈なのに……。
でも、フローラにケーキ作りを教わった話をするルビーはただただ楽しそうで、僕はそんな妹に疑問を投げ掛けることは出来なかった。
―――――――――
その後、なんだかんだ和やかにティータイムを終わらせたあと、僕とフライとライトは三人で寮の自室に向かった。
僕らは立場が大体一緒で同い年なので、部屋は隣同士なのだ。
「でも、あのクォーツ命なルビーを懐柔するとは。本当に何者なんだ、あの女。」
「ライト、そんな言い方は失礼だよ。」
「何だよ、フライだって変だと思ってるんだろ!?アイツ絶対ただ者じゃないぞ。」
ライトは今から四年前に町のど真ん中でケンカをして以来、何かあるとフローラについてうだうだ言っている。
僕やフライが一年生になってすぐに彼女に接触したのも、ライトが度々あの子の話ばかりするからだったのだけど。
実際にこの四年間関わったフローラは普通に真面目ないい子で今となっては僕の良き友人の一人だ。
だからこそ、今回の件では(いくら真犯人がルビーじゃないとはいえ)会わせる顔がないと思っていたのに……。
「……クォーツ、聞いてるのか!?」
「え?あぁ、ごめん。聞いてなかった。」
「なんだよ、相変わらずぼんやりしてんなぁ。」
君がせっかち過ぎるんだよライト、と思うけど言わない。
それよりも……
「まさかフローラや皆が、そんなに裏で動いていてくれたなんて知らなかったよ。」
「僕は兄様に協力しただけだから大したことはしてないけどね。ライトなんか、ただ服と虫メガネを用意しただけで他何もしてないし。」
フライがいつもの笑顔で吐いた毒に、ライトが『お前が伝えるのが遅かったからだ!』と噛み付いて返り討ちにあっていた。
馬鹿だなぁ、僕らがフライに敵わないのはもうとっくにわかりきってるのに。
そんな事を考えながらふと寮の中庭を見ると、何故かフローラがロープを両手に握って振り回しぴょんぴょんと飛んでいた。
――……その光景にポカンとなりつつ、改めてまだ口喧嘩をしている幼なじみ二人を見る。
“類は友を呼ぶ”と言うけれど、実際僕の周りには愉快な仲間たちが多いなと思った。
~Ep.25.5 僕と妹と友達と~
『仲良く楽しく過ごせればいいや。』