Ep.263 想いはガラスに透かされて
三年間あるゲームの期間の舞台を全てひとつに詰め込んでいるだけあって、学院のあるこの島はなかなかに大きい。初等科から大学院までの校舎や、警備の騎士団の宿舎などの建物があるのはもちろんのことだが、学校絡みの施設ではなく、完全な繁華街が敷地内にある学校と言うのも元が二次元の世界であったお陰ではなかろうか。
洗礼された学院の校舎や寮とは正反対の、流行的なカフェのテラス席に腰かけたフローラは、そんなことを思いながら目の前のパフェの頂点に陣取るハート型のイチゴを口に運んだ。
甘酸っぱいイチゴと甘いホイップクリームに顔をほころばせていると、目の前から小さく吹き出す声がする。
「ははっ、本当にいい笑顔。幸せそうに食べてんなぁ」
「ーっ!だって美味しいんだもん。ライトもちょっと食べる?」
「なっ……!?痛っ!!」
「わっ!だ、大丈夫!?」
向かいに腕を組んで腰かけていたライトにスプーンでひとくち分掬ったパフェを差し出したら、何故か焦って立ち上がろうとしたライトがガンっと膝を机に打ち付けた。お洒落だが安定性が悪いガラステーブルが衝撃で揺れたのを咄嗟に押さえながら、何をそんなに動揺しているのかとフローラが首を傾げる。
そんなフローラの唇に一瞬視線を落としてから視線を逸らしたライトは、痛む膝を片手で擦りながら小さく咳払いをした。
「あのな、俺が食べたら詫びの意味がないだろうが。いいから自分で食べろ、アイスが溶けるぞ」
「はーい!でも、そんなに気にしなくてもよかったのに……」
ライトの方へ向けていたそれを自らの口に運びながら、今朝のことを思い出す。
聖霊の巫女の……、指輪の力は一切使わずに、長年地道に磨いてきた自らの魔力のみで挑んだ実技テストで、フローラはマリンを押し退けて初の学年一位を勝ち取った。それが嬉しくて、昨日担任から貰った順位表を片手に生徒会室に向かったのだ。一番最初の頃、自分に魔力の訓練をつけてくれたライトの元へ報告に行く為に。それは良かったのだが。
あれは三時間ほど前。マリンもケヴィンも島から出ていった今はもうフローラと愉快な仲間たちで貸し切り状態な生徒会室に飛び込んできたフローラが、丁度外に出ようとしていたライトと激突して転んだ。別に怪我は無かったのでそれは良いのだが、その拍子にフローラが握りしめていた順位表が窓から逃げ出してしまったからさぁ大変。
すっかり気落ちして、空になった段ボールの中に閉じ籠ってしまったその姿に焦ったライトが、『この間約束をすっぽかした埋め合わせも兼ねて美味しいもの食べにいこう!』とフローラを無理矢理連れ出して、現在に至る訳である。
フローラ自身は順位表のことはもちろん、約束の日に彼が結局来なかった事についても責める気は更々なかったのだが。
仮病で約束をすっぽかした翌日に謝りに行くなり、優しい笑顔で『元気になったんならよかった!』なんて可愛いことを言われてしまったライトとしては、とてもじゃないが“口で謝ったからはい、おしまい”とは出来る訳がなく。実は今日に至るまでの一週間、毎日何をすればフローラが喜ぶのかをずっとずっと考えていたのだった。
そして現在。フローラは満面の笑みで、ライトがリサーチしていたイチゴがふんだんにあしらわれたパフェを頬張っている。
そんなフローラの姿を正面から眺めながら、不思議と満足感で心が満たされるのを感じていたライトがふっと遠い目になった。
「まさかこんな形で調べた情報が役立つとは思ってなかったがな……」
「ん?どうかした?」
「いいや、何にも。まぁ、面倒事も多少は片付いた訳だし、たまには外でゆっくりするのも悪くないなと思っただけだ」
ライトとしては、こんな行き当たりばったりに誘い出す予定では無かった。と言うか、フライと本当にキスしたの確認出来ていないまま、二人きりで出掛ける気はなかったのである。しかし、今朝のフローラの落ち込みっぷりを見ていたら、自然と口が動いていた。
ただ、笑ってほしいと。その衝動に突き動かされて。
らしくない行動だったが、結果は上々だろうとライトは思っている。『折角頑張ったのに……!』とフローラが閉じ籠ったその段ボールに『張り出されてた方の順位表はちゃんと見たから』と励ましの声をかけていた時に、ひらがなで段ボールに『ぱんどら』と書かれているのに気がついたライトが、声も立てずに大爆笑していたことなどは知りもせず。向かいでパフェを食べているフローラだってご機嫌なのだから。
それもそうだろう。天気の良い昼下がりに、現代日本で言うカフェで好きな人と一緒に居るのだ。経緯はどうあれ、女の子としてはやっぱり嬉しい訳で。
(なんか、ちょっとデートみたい……)
そう思いながらフローラがライトの顔を見たが、またすっと視線を逸らされて少し胸が傷む。
あの約束をしていた日以降、ライトはフローラの顔を見たかと思えば不自然に顔を背ける事が多い。そしてその後、決まってなにかを聞きたそうにしては、結局口を閉ざすのだ。
最初の数回こそ理由を聞いたものの、毎回はぐらかされるのでもう説明は諦めている。だけど、と、最後のひとくちを食べ終えた自分の唇をそっと指先でなぞった。
(目を逸らす前のライトの視線が毎回唇に向いてる気がするのは、気のせい……だよね?)
もう、何度目かわからないその自意識過剰な考えに、パフェのアイスで冷えた筈の体が熱くなる。
ライトは友達で、自分はまだ片思いだと、深呼吸をして己に言い聞かせる。
マリンが休学になるのは、たったの1ヶ月。その間に、……ゲームの本当の舞台となる高等科に進学するその前に。一刻も早く、マリン側から引き離さなければならない人がいるのだ。一人でデート気分になって浮かれている場合じゃないと、真っ直ぐに顔を上げた。
「どうした?急に難しい顔して」
「ーっ!な、何でもないよ。ちょっと考え事!」
怪訝な表情のライトが、笑顔ではぐらかしたフローラと己の手元にあるそれを見比べる。そして、勝手に納得したように笑った。
「パフェがイチゴだったから、こっちのチョコケーキも食べたくなったんだろう。同じの頼むか?」
「……っ!!」
優しい目だ。メニューを差し出してくる手も、口調も、皆優しい。優しいが……と、テーブルに突っ伏して握りしめた手を震わせる。
(完っっ全に!子供扱いされている!!!)
自分の初恋は、まだまだ前途多難なようだ。
その鬱憤を晴らすべく、ライトの皿に乗るケーキを半分奪って口に運ぶフローラと。食べかけのケーキを取られた事に、怒りではなく妙な気恥ずかしさで赤くなるライトは。
フォークと皿がぶつかる音にかき消されて、小さなシャッター音が数回響いたことには気がつかなかったのだった。
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「ーー……ふうん、急に強気になったのはそう言う訳」
そんなやり取りの少し前。ノアールが鏡に写し出したのは、薔薇色に頬を染めている天敵の姿。実家の部屋に療養と言う名で軟禁されたマリンが忌々しそうに吐き捨て?
鏡を思い切り蹴飛ばせば、恋する乙女を写したそれが盛大な音をたてて砕け散った。
「いい子ちゃんぶってる癖に、結局はライバルキャラって訳ね。よりによってメインヒーロー狙い?何様のつもりかしら」
フローラの視線の先には、ライトが居た。それを知った自称主人公が、自分にその事実を見せた黒猫に宣言する。失敗などあり得ない、そう言わんばかりの横柄な態度で。
「ノア!決めたわ、私。他の二人は後回しよ!学院に戻ったら、最初にあのメインヒーローから攻略するわ!!」
ゲームの開始は、一年後。どんなに話が逸れようが、世界はまだ、ゲームに囚われたままなのだ。
~Ep.263 想いはガラスに透かされて~
『馬鹿な女。王子様が苦しんでるのは、悪役が原因だって主人公が教えてあげるわ』




