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Ep.258 返済は御早めに

「本当に、貴方って人はーっっっ!!!お三方が助けに入って下さらなかったらどうなってたと思うんですか!?」


「ごっ、ごめんなさい!!!もうしないから許して!!」


「……って、毎回言う割にはまたすぐ無茶するんだよなぁ」


  悪者もやっつけて、仲間は皆無事で、久しぶりに仲間たちとの時間が過ごせるとご機嫌なフローラだったが、小さめの中庭に着くなりランチの支度をしていたハイネに叱り飛ばされてしまった。ポツリと付け足されたライトの一言が耳に痛い。

  まだまだお説教の止まらないハイネや駆け付けてくれた皆に、改めてそれだけ心配をかけたのだと、さっきまでニコニコと先頭を歩いていたフローラがシュンと肩を落とした所で、フライが庇うようにハイネとフローラの間に立った。

  そして、激昂しているハイネを穏やかになだめる。


「まあまあ、一番恐い思いをしたのは他ならぬ彼女自身なんだから。お腹も空かせているようだし、今日はもうこれくらいで良いでしょう?」


「ーっ!」


  天の助けとは正にこの事と、フライの背に隠されたフローラの瞳が輝く。

  あくまでも穏やかなフライと、『心配かけてごめんなさい……』と小さくなっているフローラを見比べて、腰に手を当てたハイネが息をつく。


「仕方がありませんね……。幸いこうして無傷だった訳ですし、今回はフライ様のお顔に免じて見逃しますが、次はありませんよ!せめて、無茶をするときは必ず事前に相談をすること!!良いですね?」


「ーっ!うん、約束する!!」


  呆れ半分でも、“絶対にするな”とは言わないのがハイネの優秀な所だ。頭ごなしに全否定しないのは、その無茶にもきちんと理由があっての行動だとわかってくれているから。それが嬉しくて、『本当に心配で眠れなかったんですから』と隈の目立つ目を押さえたハイネに抱きついてフローラがたくさんの感謝の言葉を述べる。日常の仕事の大変さに関する礼が多かったのは、侍女の仕事の大変さを身をもって知ったあとだからだろうか。


「さてと、お許しも出たことだし、座ろうか?」


「うん、フライもありがとう!」


  安心したのかもうすっかりご機嫌だ。そんな子供のような彼女の素直さに、少しだけフローラの方へ視線を動かしたフライが微笑んだ。そして、追い抜き様にテーブルの方へ向かっていたフローラの耳元にそっと囁く。


「まぁ、これも貸しにしておくから。早めの返済をよろしくね?」


「ーーっ!!!」


  その天使のような優しい声音の悪魔の囁きに、そう言えば初等科の時に助けて貰った借りも返して居ないじゃないかとフローラが青ざめる。


(り、利率はどれくらいなんだろう……!)


  せっかくの美味しいご飯の筈が味もわからず悶々とするフローラを、頬杖をついて眺めながらフライが小さく笑う。その姿を横目で見たクォーツが、小声で嗜めた。


「もう、またそうやってフローラに意地悪言ってどうするんだよ。あんなに考え込んじゃって、可哀想に」


  『大体、見返りなんか求めてないでしょう?』と見透かしたことを言われても動じずに、足を組み換えたフライは食事を黙々と口に運びながら考え込んでいるフローラだけを見ている。そして、フッと笑いながらこう言った。


「いいんだよ、精々悩めばいい。……ほんの一瞬でも、僕の事で頭がいっぱいになるようにね」


  眉を寄せたクォーツが、椅子ごと一歩フライから距離を取る。 


「……悪趣味だね」


「本当にな、お前は一体フローラに何を求めてるんだ」


  クォーツの向こうで同じように顔をしかめたライトにまで口を挟まれたが、やはりあまり動じないフライは優雅に紅茶を飲み干し、カップをソーサーに戻しながら、自嘲気味な笑みを浮かべる。自分が一番求めて止まない人の心を浚っていった男に、そんなことは言われたくないと。


「さぁ、なんだろうね」


  だけど、まだ敗けを認めた訳じゃない。わだかまりは紅茶で流し込んで、満面の笑みでフライはライトに言ってやる。


「そんなことより、優勝おめでとう。今日からはまた君が会長だね」


「……不戦勝を面と向かって相手に称えられると嫌味にしか感じない」


「大丈夫、僕も嫌味しか込めてない」


「それ何も大丈夫じゃないだろ!」


「まっ、まあまあ、僕らの準決勝が無効試合になっちゃったのは、僕が“試合に託つけて会場を壊しちゃおう”なんて提案したせいなんだから!ライトが悪い訳じゃないでしょ?」


  ガタンと立ち上がって抗議するライトをなだめながら苦笑するクォーツの言う通り、結果として波乱の剣術大会は彼等の最初の目的通りライトの優勝で終わった。試合の激しさで会場の破壊、及び観客として来ていたフローラに邪な気持ちのある一年生男子をフライがどさくさに紛れて空中散歩にご招待したことがバレてしまい、2人とも失格となってしまったのである。

  その上で、フローラが中継したライトとケヴィンの戦いがあの結果だ。その時の、聖なる剣を構えたライトの姿は正しく物語の英雄のようだったと観客達は歓喜して、一試合にして不穏な噂のあった疑惑の皇子は、支持率99%の新生徒会長へと変わったのだった。


「まぁ良かったんじゃない、不戦勝で。流れ的に君に優勝してもらうのが一番理想的な結末だったけど、君、僕に勝ったこと無いでしょう」


「うわっ、事実だけど腹立つ……!見てろ、いつか絶対に倒す!!」


「はいはい、楽しみにしているよ」


「その物言いはいかにもな敗戦の予兆ですね、ライト殿下」


「やかましっ……、いや待て、何故居る?」


「あれ?キール君いらっしゃい」


「やぁ、情報はあつまったかい?」


「勿論です。なのでご歓談中に失礼かとは思いましたがこうして馳せ参じました。お邪魔しております、フローラ皇女殿下」


  ライトを驚かせ、フライに書類を渡し、フローラに歓迎されたのは、いつの間にかクォーツとフライの間に紛れ込んでいたキールで。


  まさかの人物の登場に、唯一フライとキールの和解を知らなかったライトが首を傾げる。


「退学は免れたと聞いたが、随分と仲良くなったんだな?」


「えぇ、臣下ですから」


「その割には、今回君は一番大事な点を主君である僕に報告しなかったようだけど?」


  フライが指摘したのは、言わずもがなフローラが寮に潜入していたことだ。ハイネに出された紅茶を味わってから、キールがフローラの方を見る。


「まぁ、色々ありまして話すとミリアに捨てられかねない事態だったもので。その節はご迷惑をお掛けしました」


  謝ってはいるが、あまり悪びれた様子はない。しかし、フライもそれ以上は叱らなかった。惚れた女性に弱いのは自分も同じなので、あまり責められないのだろう。

  しかし、やれやれと肩を竦めたフライが受け取った資料は一体なんなのか。よこからひょこんと顔を出して覗き込んだフローラが、そこに並ぶ見覚えのある名前達に目を見張った。


「大会期間中、ライト殿下の出生についての醜聞を流した新聞社から押収した情報提供者の名簿です。残念ながら、最も怪しい人物の名前は載って居ませんでしたが」


  パラパラとページを捲るが、そこにあるのは男の名前ばかりだ。中には、中等科の教員の名前もあることに、ライトがため息をつく。


「これは、一度人材を見極め直す必要がありそうだな」


「そうですね、それがよろしいでしょう。幸いライト殿下の支持が回復したことでこの件自体うやむやになりつつはありますが、一時期は何故かフライ殿下の仕業だと言う噂が立っておりましたし」


「ーっ!?」


  キールがさらりと落とした爆弾に、クォーツとルビー、レインが瞠目した。勿論疑っているわけじゃないが、思わぬ矛先になんと言えばいいかわからないのだろう。三人とも、ただ困ったように顔を見合わせている。

  フライはと言えば、否定も肯定もせずに無言を貫く。ライトへの嫉妬が抑えきれない今、下手な事を言うのは下策だと思ったのだ。


  明るい中庭に、嫌な空気が流れる。それを、パンッとフローラが閉じたファイルの音が遮った。


「それを言い出した人は馬鹿ね、フライがそんなことするわけないわ」


「……っ!」


  迷いもなく、固くもない、いつも通りの声だった。だからそれが、庇うための台詞でなく、間違いなくフローラの本心からの言葉だとわかる。


  その信頼が嬉しくて。眩しいくらいのその素直さが愛しくて、故に、切ない。


「……どうかな、もしかしたら、君が思うより僕は悪い人かもよ」


  気がつくと、そんな意地の悪いことを言っていた。それに対し、きょとんと瞬いた後フローラが笑う。


「そんなことないよ。フライが自分のことそんな風に言ったって、私はフライがどんな人か知ってるもんね」


  『だから信じるよ、いつでもね』と笑ったフローラから、フライはそっと目を反らした。


  いつだったか、フライは確かに、彼女に『信じてほしい』と言った。フローラはその言葉を忘れずに、真っ直ぐに自分を信じてくれる。他の男に、惚れている今でも。


「でも!ライトの悪口を書いた人達は許せません!だからキール君、これ貸して!」


  勢いよく語るフローラの肩を、気まずそうに目を伏せたライトがそっと掴んだ。隠し事をしている気まずさと、心配そうな様子のにじみ出たそのライトの表情は、もう保護者と言うには甘すぎる。彼が自覚しているのかは、結局今一つ、わからないけれど。


「お前、まだ何かする気か?そんな噂放っておけば良いんだ。頼むから本当に危ない真似するなよ……。ましてや真相を隠してるのは、俺自身なんだし」


「真相なら、いつかライトが話しても良いって思えた時に話してくれればいいよ。出生がどんなだろうが、私は……っ、私達は、今一緒にいるライトが好きなんだもん!だから野放しは駄目!許せないもの」


  ほら、今だって結局、あの子を突き動かすのは彼への思いなのだ。顔を赤くしながら誤魔化すように“私達は”に言い直した、意地らしい態度。あんな姿、自分は向けられた事がない。


  暴走したフローラに若干気圧されつつも、キールがやんわりと彼女の要求を断っているのが随分遠くに聞こえた。


「あの、フローラ様?それはフライ殿下に提出した物ですから、許可はそちらに……」


「フライ、お願い!」


「ーっ!」


  そう物思いに耽っていたら、フローラの顔がこちらに向いた。間近に来た顔と漂う甘い香りに、くらりと目眩がする。あまりにも無防備で、捕まえて食べてしまおうかと。

  そんな人の気も知らないで、不安げな眼差しでフローラが『駄目?』と小首を傾げる。


「ーー……っ!」


  ズキュンと、胸の奥が撃ち抜かれたように痛む。可愛い、ものすごく可愛い。だけどこの可愛さが、彼の為のものだと思うと、気に入らない。


  だから、名簿は控えがあるので渡すのは全然構わないのに、少しだけ嘘をついた。


「渡すのは良いけど、大切な証拠品だからね。これも貸しになるけどいいの?あまり借りすぎると、大変な事になるよ?」


「うっ……!は、早めに返すから!!早くしないと

、また逃げ切られちゃうの!」


  一瞬押し黙るも、フローラは退かずにそう言った。だから、今は笑顔でそれを渡す。

  積み重ねたその借りが、少しでも彼女を繋ぎ止めてくれれば良い。そう、思った。


「でも、名簿に名前のあった人物はすでに事情聴取の名目で捕まえてるから会いには行けないよ?」


「だってさ。約束、破るなよ?危険だと思ったら、直ぐに助けを呼べ」


「そうだね、少なくとも男性に無闇に一人で会いに行くのは止めた方がいいかな」


  とは言え、自分だって彼女が危険な目に合うのは御免だ。だからそう念を圧したし、ライトとクォーツもそれに便乗した。


「わぁ、信用ないね私。でも大丈夫、今回会いに行くのは女の子だから」


  縛り付けるだけでは、きっと彼女は捕まえられない。だから、にこやかに名簿を見ているフローラに、自分も笑顔で囁いた。


「もし約束を破ったら、その時点で利率は100倍だから。覚悟しておいて?」


  瞬間、ピシッと音を立てて彼女の動きが止まるのが可笑しくて、思い切り声をあげて笑う。


  そんな自分を『やっぱり悪趣味』だと呟くライトの足を、腹いせも込めてテーブルの下で思い切り踏んでやったのは、愛しい彼女には内緒の話だ。



    ~Ep.258 返済は御早めに~


   『本当に僕の欲しいものは、君にしか払えないからね』







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