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Ep.250 何より大切なもの

  性根が腐っているとは言え、それなりに力を認められている現生徒会長。当然一般生徒には負ける筈が無く、危なげない強さで勝ち進み準決勝までやって来た。まぁ、自分達の手で引導を渡す前に下手な不正で自滅されても困る為、トーナメント自体も確実に向こうが勝ち進んで来るよう組ませたので計画通りと言えばそうなのだが。



(しかし、いずれ各国の王家直属の騎士団に入る予定がある者達さえあの様か……。国家の護衛大丈夫か?これから先)


  いくら初日に一度痛い目を見せてやったとは言え、流石にマリン一派以外の一般生徒のほとんどが自分やフライ、クォーツと当たると大慌てで棄権を選ぶその情けなさと言ったら無かった。きちんと試合を行った者達も、結局一番長く持った現ミストラルの騎士団長子息である三年生が唯一1分程打ち合いが出来た程度。いくら太平の時代とは言え、あまりに由々しき事態だ。


  由々しき事態だけども、と、寝台で身を起こしたまま己の手を握ったり開いたりしてみる。


(参加者達だって決して弱くはない筈だ、実際授業や自国での戦闘訓練では優秀な者も多いと聞いた)


  それなのに、そんな彼等は自分達と戦った後、こう言うのだ。あの強さは“化け物”だと。初めは揶揄で言われているのかと思ったが、いざ耳にして見れば漏れ聞こえてくるその言葉に非難の色は無く、本心から真実を語っているようなニュアンスだった。

  幼い頃から、戦う相手と言ったらあの二人しか居なかったので、今まで気にも止めなかったがつまり、自分達の強さは……


(人外染みてる、ってことか?)


  布団に投げ出した空の手のひらは、いつも通りの自分の手だ。別に何もおかしくないと、頭を振ってその考えを振り払った。


  その話はさておき、準決勝当日である今朝も、ライトは例に漏れず悪夢に犯され早朝に目を覚ました。


  日増しに鮮明さを増している、と親友達に相談した通り、最近では声、音、匂いは愚か、ライトと意識が繋がっている夢の中の“誰か”の思いや記憶、感覚すら我が身のように感じるようになって、正直かなりの精神的負担を余儀なくされている。フライとクォーツが悪夢を捕まえて同じ夢を二度と見ないようにさせるという“ドリームキャッチャー”なる装飾品をくれたが、残念ながら効果がないようだ。気持ちは非常に嬉しかったが。


  寝る間首から下げていたドリームキャッチャーを外し、さてどうしたものかと壁掛け時計を見た。

  まだ時間は早い。が、きっとこのまま二度寝をしても寝付けないだろうし、寝付けたとしても悪夢の続きを見るだけな予感がした。あぁ、憂鬱だ。ただでさえ、触れてほしくない部分をわざわざ狙ってくる愚か者達のせいで気が立っていると言うのに。


  結局、寝覚めのシャワーだけ浴びて後の時間は仕事に当てることにした訳だが、その結果がこれだ。


「何でここに居るんだよ……!」


「殿下、お気を確かに」


  音消しの為にあえて流しっぱなしにしたシャワーの水音にその呟きはかき消されたが、部屋の中央でピョコピョコと動いているメイド……もとい、メイドに扮したあいつの姿は消えない。端から見ると魅惑的らしい(寮の後輩たちがそう話していたが、無性に不愉快だったのでそいつ等はしばいた)金色の髪はウィッグで隠している様だし、いつもどこかしらに身に付けているリボンも見当たらなかったが、すぐにフローラだとわかった。


「つまり初日の声も聞き間違いなんかじゃなかった訳だ……、耳いいなフライの奴」


  ため息混じりに呟いて、気配を消したまま近づいて。逃げられないよう押さえつけたまま問いただしたその言い分に、力が抜ける。


  “狙われるのが自分”なら、どうしてわざわざ危険の中へ飛び込んで来るのかと。幼なじみ一人に押し倒されたこの状況にすら、ろくに危機など感じていないくせに。


  いつものように叱り飛ばしてやろうかと口を開きかけて、頭を過るいつもの悪夢。

  それとフローラの言い訳の中に出てきた『初代巫女の処刑』と言う単語で、ようやく合点がいった。あの悪夢は、実際にあった過去の出来事で、そして今後、現実に起こり得るかもしれないことなのだと。


  片手でこんなにも簡単に押さえられてしまうフローラの顔を、間近で見据える。もし、彼女がそんな目に合うようなことがあったら……


(そうならない為に、遠ざけてたのに)


  突き刺す様な胸の痛みに耐えかねて、腕の力が抜けた自分が彼女にすがり付くような体勢になって。


「心配してるって言ってるだろ、どうしてそれがわからないんだ……!」


  情けないことに、自らの口からこぼれ落ちたのはそんな非難めいた言葉だけだった。

  穏やかな湖畔の様なその瞳に写る己が居たたまれなくて、丁度良く鳴り響いた鐘の音を合図に立ち上がった。


  何を探していたのかは知らないが、フローラが床に散らばした大小様々な剣。その内で一番始めに目についた一本を拾いあげ、光沢のある鞘に写る自分の顔を見てようやくフローラが瞠目した理由に気づく。

  タオルもハンカチも無いし、咄嗟に片手で自分の目元を拭った。


(何泣いてんだよ俺は……!)


  フローラは今こうして生きてる。だから別に何も悲しくない、悲しむようなことは起こさせない。そう気を張って胸をつく痛みを振り払い、フローラに出ていくよう伝える。


  考えてみれば、向こうにも色々と言い分があるようだし、無下にしたのは自分も悪かった。が、準決勝前で会長も正直気が立っているだろう。今、フローラがここに居るのは『どうぞ狙ってください』と言っているようなものだ。

  もう時間も無いし、話はこの建物を出てからだと、少々厳しい言い方にはなったがもう一度出ていくように言って、『外までは送るから』と振り向けば、そこはもぬけの殻だった。

  余程勢い良く開いたのだろうか。開け放たれた扉が、反動でまだ揺れている。


「あの馬鹿、一人で出ていきやがったな……!?」


  準決勝進出者4人は、会長が逃げられないよう控え室の配置が近くなるようにしていた。そろつまり、危険人物がすぐそこに居ると言うことだ。


  背筋が冷たく感じるのは、単なる湯冷めでは無い。


「ハンネス!俺は彼女を追いかける、フライとクォーツ、それからフローラの専属侍女であるハイネに連絡を頼むぞ!!」


「かしこまりました。しかし試合の方は……」


  初老の執事のその言葉に、一瞬足が止まる。ここで会長と戦わなければ、ここまでやった数ヵ月はすべて水の泡だ。……それでも、と、脳裏を過るのは飛び出していく前に見た寂しそうなあいつの顔で。


「……っ、時間までに戻らないようなら、棄権だと審判に伝えろ」


「宜しいのですか?」


「仕方ないだろ、あいつの方が大事だ!」


  咄嗟に飛び出したその言葉が、待ち構えていたように胸の隙間に落ちた。そうか、自分は、彼女が大切なのだ。多分、何よりも一番。


  途端に早鐘を打ち出した鼓動を誤魔化す様に首を振り、万が一の為に先程手に取った剣だけ持って走り出す。


「じゃあ、俺行くから!」


「御待ちください殿下!」


「……っ、何だよ、時間がないんだ!」


  焦りを隠せていない自分の腕を掴み引き留めたハンネスが、執事服によく映えるモノクルを指で押し上げながら言った。


「お言葉ながら申し上げますが、その服装で外へお出掛けになるのは如何なものかと。女性を追い掛けるなら尚更、シャツのボタンくらいは止められては如何です?」


「…………っ!」


  その指摘に、自分の姿を姿見で見る。頭に血が昇るような熱に、扉を閉めて思い切り叫んだ。


「さ、先に言えーっ!!!」


  熱くなった身体はきっと羞恥のせいだ、なんて、誤魔化すのもそろそろ限界のような気がした。



    ~Ep.250 何より大切なもの~


   『その存在は、この世界の何よりも尊い』



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