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Ep.249 その怒りは誰が為に

  “押し倒されている”、そう理解したのは、背中への衝撃に身構えて閉じた瞳を恐る恐る開いた後だった。


  見慣れている筈の少し濃い目の金色の髪が、シャワーの水気で更に色濃くなった状態で窓からの光を反射する。


  どこか気だるそうな深紅の瞳を細め、フローラを床に拘束した男が感情を圧し殺した声でもう一度『ここで何をしている?』と呟いた。


(み、見つかった……!いや、でも専属じゃない使用人が勝手に部屋に入ったら普通に誰でも怒るし!まだバレたとは限らない筈!!)


「ご、ご無礼をお許し下さいライト殿下!私は試合前に不審な武具が試合用の剣の中に紛れ込ませられていないか確認に来たしがない侍女です!お怒りはごもっともですが、皇太子戸もあろうお方が使用人とは言え女性にこのような不埒な……っ」


「相手が自分の婚約者なら問題はないだろう?当然フライとクォーツにも、急ぎ報告が必要なようだ。なぁ、王女様?」


  無理矢理わずかな希望を見出だし身を捩るが、そう囁いたライトの手が無慈悲に変装用のメガネに延びる。

  倒れる瞬間に大きな手で頭は守られていたので痛みこそなかったが、衝撃ですでにウィッグは外れ、彼の目にもフローラの美しい金糸の髪が晒されている。この上メガネまで外されては本気で言い訳が出来なくなると、水気で少しだけシャツが張り付いたライトの腕を掴んで抵抗した。


「生粋の王女様が侍女としてまともに働くなど、出来るわけがありません!人違いですわ!!」


「……チッ、往生際の悪い。俺達がお前を間違う訳があるか!後ろ姿からもうわかってたんだよ!」


「ですよね、そんな気はしてた!!!」


  どんなに嫌いな相手(特にマリンとか)に対してでも紳士的に振る舞い乱暴な手は使わないライトが、あんなにも力付くで押し倒してきた時点で本当はわかっていた。


  とっくにバレているとわかっているが往生際悪く暴れるフローラに痺れを切らしたのか、ライトが少々乱暴な手つきでフローラの顔からメガネを取り上げる。言い訳の余地無く初めからバレていたと知らされ、頭上で押さえつけられたままの手から力が抜けた。

  それに応じて拘束する力を少しだけ緩めたライトだが、その眼差しが暗い。怒っているだろうか、嫌われてしまうだろうかと思うといつもとまるで違うその眼差しが恐くて、慌てて言い訳を紡ぐ。


「勝手なことしてごめんなさい。でも、会長の婚約者さんからあの人が敵に薬を盛ったり金と権力でねじ伏せたり、そう言う『戦う前に』卑怯な真似を仕掛けてくるタイプの性格だって聞いたから不安で!」


  メリッサからそれを聞いて、フローラは三人の皇子達に出される食事に妙なものが混ぜられたりしていないかを毎回調べていた。実際に指輪が反応し、睡眠薬や媚薬が盛られていたのをこっそり捨てて似た料理を作り直したこともある。そのお陰で無駄に料理のスキルが上がった。万が一王女じゃなくなったときは、やはり料理系の仕事がいいなと言う願望はさておき。

  それは、ライト達がこの大会の為にきちんと信頼出来る者を集めたと言っても、魔族のルール外の力で操られた人間が彼等に牙を向く可能性があることを、ゲームの知識から危惧していた為でもある。武器の管理についても、同じことが言えるだろう。管理者を操り人形にしてしまえば、使い物になら無い“やいばのないつるぎ”を、ライトが準決勝で使う武器の中に紛れ込ませるなど朝飯前の筈だ。だからフローラは、朝飯よりずっと早いこの時刻に起きて、ここまでやって来た。


(結果的に仇になっちゃったけどね!)


  久しぶりに顔が見れて嬉しい筈なのに、沈黙が痛い。目を伏せたライトの左手は、未だに自分の手を床に押し付けたままだった。


「……で?結局お前はハイネもレインもルビーも、メリッサ先輩まで味方につけて、メイドごっこに興じていた訳だ。俺達には、何の相談も無しに」


「そ、それは……っ」


  淡々と言われたせいで、いつものように頭から怒られることしか想定していなかったフローラは言葉に詰まった。が、元々フローラの意見をはね除け、話を聞いてくれなかったのはライトだ。自分だって本当は、一緒に戦いたかったのに。

  らしくもなく生まれた反発心に背中を押され、押さえつけられたままの手と床に倒れたままの身体を捩りながら、声を張り上げる。


「だって!私も何かしたいって言ったのにあの時ライト怒ったじゃない!!」


  思った以上に大きな声が出た、自覚していたよりずっとたくさん、不満がたまっていたようだ。

  抵抗に怯んだのか、また少しライトの手の力が緩む。もう一押しだと、足をバタつかせ思いの丈をぶつける自分の声は、更に大きくなった気がした。


「最初は潜入してみて、異常が無いようなら撤退するつもりだったよ!でも、初代の巫女様が処刑された場所が実は学院があるこの島じゃないかって、アイナちゃんのお父様から色々とお話を聞いた日から私思ってたんだよ、確証ないから言わなかったけど。それでいざ大会が始まってみれば、一番最初の魔族の封印が半端に解かれたせいでマリンちゃんの使い魔に操られてる人達の障気が濃くなってきてたし、封印の剣も行方不明だからその捜索だって必要で!」


  色々と彼にはまだ初耳であろう情報も勢いで捲し立ててしまったが、瞠目したライトはこれでも何も言わない。だから、勝手に言葉を紡ぐ軽率な口を止めてくれる者は、居なかった。本当は、こんなことを言いたかった訳じゃないのに。


「初代の巫女様を死に追いやったのが魔族達なのだとしたら、当然次狙われるのは私でしょ?だから……っ」


「だから!!それがわかってる癖にどうして来たんだよ!!!」


  『私自身も隠れてるんじゃなくて何かしなきゃって』、そう続ける前に、不自然に言葉が途切れた。フローラを拘束しているのと反対の手で、ライトが力一杯床を殴り付けたからだ。


  叫ぶような声と、ドンなんて簡単な二文字では言い表せない衝撃に思わず身を竦めたのと同時に、手首を押さえつけるライトの力が強くなる。


「痛っ……!ーー……?」


  ギリッと嫌な音をたてる手首の痛みに顔を歪めたフローラだったが、ポツリと頬に落ちてきた水滴に、痛みも何もわからなくなるほどの衝撃を受けて。


「心配してるって言ってるだろ、どうしてそれがわからないんだ……!」


「……っ!!」


  先程とは一転した弱々しい声と共に力無く覆い被さってきたその顔は、近すぎて逆に表情が見えない。だから、頬に降ってきたその雫が濡れたままのその髪から流れたただの水滴たなのか、焔のようなその瞳から零れた涙なのか、フローラにはわからなかった。


  ただ、胸をつくライトの悲しげな声に、申し訳無さは込み上げてくる。……それでもやはり、どうしても、フローラは自分だけが何もしなくていいだなんて、そんな無責任なことは言えなかった。


  だけど、その思いを口にする前に、準決勝開始一時間前の鐘が鳴る。

  小さく舌を鳴らしたライトが、素早く立ち上がって背を向けた。フローラが辺りに散らばした剣の内の一本を拾いつつ、冷たい声が告げる。


「……とにかく、出ていけ」


「……っ、でも剣が!」


「いいから出ていけ!!!」


「ーー……っ!」


  振り向きもしないまま告げられた拒絶の言葉に、視界がぼやける。


  もうほとんど解けて変装が意味を成していないことも忘れて、一人で部屋から飛び出した。



    ~Ep.249 その怒りは誰が為に~




 何かライトの人気が下がりそうな話になってしまいました(;・ω・)が、次回はライト視点なのでどうしてこんなに怒ったのかご理解頂ける……と良いのですが(´・ω・`)


たまのすれ違いは盛り上がり前の醍醐味だと言うことでご容赦ください

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