Ep.248 潜入は計画的に
大抵どんな漫画やアニメ、ゲームの世界でも、“主人公”として生を受けた人はその“身体”に何かしら特別な力を宿しているものだ。そしてそれは、魂が入れ替わろうとも消えはしない。この仮説を正しいとするならば、自然と剣を持ち去った犯人も見えてくる。
「『毒を持って毒を制す』と言う言葉があるように、光に属する聖霊の力で造られた結界を破って中に入ることが出来るのは、同じ光の力を持つ者だけ……」
自分の記憶を元にまとめたゲームとアニメでの設定と、現実の魔力の法則性を徹夜で照らし合わせた。寝不足の目に朝陽が痛いが、久しぶりに扮装も解いてテラスでお茶を飲むのはいい気分だ。
あれから、ライトもフライもクォーツも、三人はこれでもかと言うくらいの快進撃を進めて、1日休みを挟んだ明日はいよいよ準決勝である。だから、聖霊王からの『メイド服着るなら眼鏡は必須』だとアドバイスを頂き眼鏡をかけるようになったメイドごっこは明日でおしまいだ。
「刃がない剣なんて、普通に考えたら不良品……。引き抜いたのがあの子なら、きっと彼に剣を渡した筈」
あの夜、フローラはあの空間に“受け入れられた”。結界破りの対価である火傷等の傷を一切負わなかったことが何よりの証拠だ。フローラの身に宿る力は、他ならぬ聖霊王夫妻と同じ波長のもの。結界を産み出した騎士の力も源は同じである為、引かれ合ったのも当然と言えば当然だろう。
しかし、この世界にはもう一人、本来なら指輪の適合者になれていた筈の少女がいる。ゲームの知識があるからこそ、フローラはその少女が犯人ではないかと思っているが……、元から姑息な手を得意とするあの子には、人間の記憶を操ることの出来るノアールがついている。十中八九、自らに触る証拠は残っていないし、これから先も残さないだろう。
(だったら、あの子以外の関係者に尻尾を出してもらえばいい話だけど)
剣を盗む為に、恋人への切ない哀愁が籠ったあの空間を土足で踏みにじったのも勿論だが、ライトに攻撃を向けてきたのが何より許せない。
(もしあの記事にもあの子が関わってるなら、絶対、絶対、ぜーっったい二度とライトに近づけさせないんだから!!……ハイネの淹れてくれたミルクティー美味しい)
膨れっ面で一気にすすってしまったが、久しぶりに飲むミルクティーは変わらず美味しかった。
「フローラ様!お待たせ致しました!!……って、随分立派なグラスですねぇ」
「あ、あははっ、喉渇いちゃって!わざわざ来てくれてありがとうミリアちゃん、今飲み物出すね」
実に一年ぶりに間近でフローラと顔を合わせるミリアは恐縮していたが、フローラの花のような笑顔に絆され、向かいの席についた。
テーブルにミリアが持参した鞄を置くと、ドスンと重たい振動が響く。
「申し訳ございません。頼まれていた資料ですが、ことのほか多くなってしまって……」
「いえいえ、いきなり頼んじゃってごめんね。でも、大会の武器を用意してる業者にキール君の伝手があって良かった」
フローラがミリアに頼んだもの、それは明日の準決勝用に業者が用意した武器の帳簿である。
早速目を通そうとして、ハッと動きを止めた。
「あっ、帳簿借りる時キール君に私のこと話した!?」
今の彼は最早フライの忠臣……最早右腕に近いポジションだ。そんな彼に潜入のことがバレたら、絶対フライにも報告がいってしまう。と、不安になるフローラに、ミルクティーを一口飲んだミリアが愛らしく微笑んだ。
「話しましたけど大丈夫ですよ。きちんと口止めしましたから」
「口止め?なんて??」
「『フローラ様のお邪魔になるような行いをしたらその場で婚約解消』だと言ってきました」
『真っ青になってましたわ』とクスクス笑うミリアに、かつての男に尽くすだけだった弱々しさは感じない。両思いで自信がついたからだろうか、頼もしくなったものだとフローラも笑った。なんにせよ、二人が幸せそうなのは自分も嬉しい。
二人でほのぼの笑いあってから、帳簿を片手に立ち上がった。
「それで、ハイネさんやご友人の皆様にに泣きついて口止めまでして寮に忍び込んで、武器の帳簿をどうするのですか?」
「うん、ちょっとね。探し物に必要なの!」
四冊に分かれた帳簿には、名匠が造り上げたとされる質の良い剣や刀が、準決勝進出者達の戦い方に合わせて記載されている。その内の一冊を持って意味深に微笑むフローラに、ミリアが首を傾げる。あえてそれ以上は何も言わずに、『明日は朝が早いからもう寝るね』と、不思議そうに帰っていくミリアに手を振った。
シードとして、準決勝と言うなの処刑場まで導かれた会長だって、連日の彼等の戦いぶりを見てとっくにわかっている筈だ。誰が自分の相手になろうが、己が決して勝てないことを。ならば、どうするか。
「ちょっとー……まーた君はこんな時間からどこに……ふぁぁ」
「寝てていいよ、お忍びだから今日は一人のが良いしね」
「だって、何しでかすかわからないから心配で……」
眠そうに目を擦っているブランの頭を撫でてから、フローラがいう。
「私、前世の時同じクラスの子に、テスト前にシャーペンの芯だけ全部抜かれてて、テスト受けれなかったことがあるんだよね」
いじめが始まってすぐの頃の話だ。本体はきちんとそこにあったので、使い物にならないとは夢にも思ってなかった。
『きっと今回、会長は似た手を使うと思うんだ』。それは言葉にしないまま、部屋を一人で飛び出して。
まだ日も上らないこの時間に、準決勝進出者の控え室へと踏み込んだ。
「武器の納品はもう終わってる筈……。あれを紛れ込ませるなら、まずは自分の準決勝の相手の武器にするよね」
部屋の奥では、僅かに水音がしていた。シャワーでも浴びているらしい、好都合だと、気配を殺してそっと目当ての物を探すが、どの剣にもしっかりと鞘がついていて、端から見るとどれもきちんと刃のある刀のように思えて困った。
「これ、一つずつ抜いて確かめるしかないのかなぁ……。とりあえず柄のデザインが似てる奴から……、あ、あれ??抜けない……」
苦戦しつつ、部屋の奥にも耳を傾ける。まだシャワーの音は止まない、焦らなくて大丈夫そうだと息をついた、その時だった。
「ーー……戦いに連日身を投じて昂っている男の部屋に忍び込んで、一体何をしている?」
「ーっっ!?」
不意に聞こえた低い声に震え上がり、振り返らないまま走り出す。が、すぐに世界が反転した。
毛足の長い絨毯が、頭の上で床に押さえつけられた両手をくすぐる。どうやら下手を打ったらしいと、妙に冷めた頭の奥が手遅れな警鐘を鳴らした。
~Ep.248 潜入は計画的に~




