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Ep.247 器を亡くせし古の魔は

  それは、突然の事だった。


「……っ!あれ?この泉って……」


  一歩踏み出せば、ひんやりした感触が素足の裏を撫でて、そこから波紋が広がっていく。

  “泉の水面に立っている”、その不思議な感覚に、確かに覚えがあった。が、辺りを見渡して、ここが自分の知るその場所とは少し違うことに気づく。


「ユニコーンの泉……?に、似てるけど違うや。なんだろ、ここ……」


  美しく澄んだ水と、神聖ささえ感じさせる静寂のお陰だろうか?焦りや不安は感じなかった。メイドの扮装が解けていつも通りになっている己の姿が水面に写し出される姿を眺めながら、落ち着いた気持ちでここに来る前の記憶を思い返してみた。


  自分は確か、せっかくライト達に届けた差し入れを、ブランに『絶対食べてくれない』なんて言われて口喧嘩になって、ふて寝の為ベッドに潜り込んだ。深夜だったからだろうか、布団を被ったと思うが早いか、急激な眠気に襲われ、数分も待たずに意識を手放したのだ。そこまでは覚えている。

  その事から推察すると、ここはすなわち……


「また夢の中ね、きっと」


  そして、もしこの予想が当たっているのなら、自分をここに呼んだのは、世界一人騒がせなあの王様しか居ない。


「左様、火急の用があったのでな。我々が呼んだのだ」


「ーっ!」


  答えを導き出すと同時に、穏やかで温かみのある声音で話しかけられ、振り返った。

  自分と同じく水面に立ったまま、聖霊王とその妻が微笑んでいる。


  驚きはしない、予想通りだ。だから、自分も彼等と同じ様に微笑えんで膝を折った。


「ご機嫌麗しく存じます、オーヴェロン様、タイターニア様」


「うむ、久しいな。いきなりで悪いかと思ったが、巫女の善行のお陰でまた件の鏡に力が溜まったのでな。今回は人目につかぬよう、意識のみを呼び出せて貰った」


「ーっ!」


  その言葉に、フローラの瞳が輝く。


  聖霊王と通信が出来るあの鏡の力の源は、フローラが指輪の力を用いて誰かを癒した時に多く溜まる。そして今日、フローラが指輪の力を利用したのはたった一度。ライト達への差し入れの菓子に、食べると身体が回復するよう魔力を込めた時だけ。そう、ブランが『絶対食べてくれない』と断言したあれである。しかし今日、鏡の力がこうして充填に至ったと言うことは、彼等がフローラの差し入れをちゃんと食べてくれたと言うことだ。


(食べてくれたなら良かった。そばに居られなくても、体力の回復とかでなら力になれるもんね)


  ブランには浅はかだと呆れられたけど、彼はいつだって、全力で頑張っている人だから。何でもいいの、本当は……守られるだけじゃなくて、力になりたい。


「差し入れ作戦、継続しようかな……」


「差し入れ?」


「ーっ!ごめんなさい、なんでもないです」


  頭を数回振って、思考を切り替える。いきなりで心構えが出来ていなかっただけで、報告すべきことはたくさんあるのだ。


「以前見せて頂いた騎士様が初代魔族を封印した土地ですが、どうやら学院のあるあの孤島が封印の地だったみたいです。ご存知でしたか?」


「いいや、知らなかった。というのも、魔族が自由にそちらに行けないよう出入口ゲートを閉じた影響で、現在こちらからは人間界の様子がほぼ見えないんでな。我々がそちらの様子を伺えるのは、その指輪と鏡の力を通じて巫女とその周辺の様子が少しわかる程度だ」


  ゲームの方でも、聖霊の森側から人間界を見ることは出来ないと記述があった。確認の為に一応聞いてみたが、やはりそこは変わらないらしい。もちろん、出入口を封鎖している聖霊王自身がこちらに来るなどもっての他だ。つまり、人間界に来ている魔族を抑止出来るのは結局、フローラしか居ない。


「夕べの話になりますが、私とブランは偶然封印の結界に入りました」


「指輪の気配が一時的に感知出来なくなったのはそれだな。剣は引き抜かれて居たのだろう」


「……!」


「……やはりな。しかし妙な話だ、聖騎士と巫女の力で造られた結界に魔族は入れぬ。一体誰が引き抜いたと言うのか……」


  どう報告すべきか一番迷っていた部分をそう指摘され、驚いた。

  聖霊王は心底不思議そうに犯人が誰なのか考え込んでいるが、フローラには心当たりがある。

  しかし、まだ証拠はなにもない。だから、容疑者に関しては伏せたままに、気を取り直して報告を続ける。


「オーヴェロン様が仰る通り、封印の剣はすでに持ち去られた後でした。私達が入った後、辛うじて残っていた結界も完全に崩れてしまったのですが、この場合、封印はやはり解かれてしまった形になるのでしょうか?」


  うんざりした様子の聖霊王が、『残念だがそうなるな』と深いため息をつく。フローラもため息をつきたい気分だが、今はそんな場合ではない。


「封印自体は解けたが、長らく封じられていたせいであやつは実体を失った。今は、仮の身体として扱いやすい人間を探している筈だ。封印地の周辺にはまだ力が残っていて、魔族の仲間を呼べないから尚更だろう」


「そんな事はさせません。私、本当は封印の剣を見つけられたらその封印を指輪の力で強化するつもりだったんです。でも、結果的には間に合わなかった……。ならばせめて、持ち去られた件の剣を取り返そうと思います。あの剣には、悪いものを打ち払い、倒す力があるんですよね?」


  再封印とまではいかずとも、剣があれば少なくとも狙われた人々を助けることくらいは出来るだろう。そう思って張り切っているフローラに、女王であるタイターニアが苦笑した。


「剣を探すこと自体は賛成だけれど、貴女がそれを扱うことは難しいと思うわ」


「えっ!あ、剣術が使えないからですか!?なら、皆に習って……」


  あたふたするフローラの頭を優しく撫でて、女王が『そうじゃないのよ』と首を振る。理由の説明は、夫である聖霊王が引き継いだ。


「持ち去った者がどう使う気かはわからんが、そもそもあの剣は元からやいばが無いのだ。柄しかないつるぎなど、使い物にならなかろう」


「えーっ!?で、でも、騎士様が使ってたときにはちゃんとがあったのに……」


  封印の日は、嵐のせいで暗い日だった。けれど、暗雲の中でも力強く輝いたその剣の刃を、フローラはハッキリと記憶していた。確かにあの時、白く光り輝く刃が魔族の身体を貫いた筈だ。


「当時、簡単な魔術にすらほとんど馴染みのなかった人間界に、我々の力を付加した武器を渡すのは非常に危険な行いだった。正しき者が扱うなら良いが、悪用されてはたまらん。故に、万が一にもあの剣の力が人を傷つけることがないよう、柄のみの状態にした」


  混乱するフローラに、他ならぬ剣の作り手である聖霊王が説明してくれる。

  確かにそれなら納得だとうなずきかけたところで、呆れた様子の女王がため息をこぼした。


「よく言うわ……、柄の装飾に凝りすぎて時間が無くなった結果だったくせに」


「あっ!こら、折角王らしい最もな言い訳が出来たのに!」


「え?あ、言い訳?じゃあ結局刃は……?」


「刃は使い手の、“誰かを護る”と言う強い意思と魔力に応じて形成される。まぁ産み出された刃は、人の“闇”という概念しか切れぬので武器にはならんがな。巫女は護るより護られる側だろう、そもそもフローラ姫のような可愛い子ちゃんは、剣士には向かん」


  きっぱり言われて、自力で戦えるカッコいいヒロインにちょっと憧れがあったフローラはショックで少しだけ涙目になった。


  片や聖霊王は、だから別に真相を言うことは無かったのでは妻に抗議するも『自業自得よ』と軽くあしらわれシュンとしてう。そんな彼を、結局最後には妻が甘く許す。相変わらず、仲の睦まじい事だ。


(夫婦かぁ……、何かいいなぁ、そう言うの)


  自分もいつか、誰かとそうなる日がくるのだろうか。ふとそう思ったら、心臓の奥が何だかくすぐったいような、不思議な気持ちになった。


(って、そう言う未来の為にも、今は解決しなきゃいけないことが山積みなんだってば!)


  無意識に浮かんだ妄想を払う為、パシンと己の頬を叩く。

  かなりいい音がなったので驚いたのだろう。聖霊王夫妻が、神々しい筈の麗しい相貌を驚愕で間抜け面にしてしまっている。


  まだヒリヒリしている頬から手を離し、しゃんと胸を張った。


「とにかく、あの剣は悪い人には刃が出せないから武器としては使えないって事ですよね!なら尚更、私が取り返してみます!私には扱えないとしても、敵側に渡したままにしておくよりはマシでしょう?」


「確かにそれはそうだが……、当てはあるのか?」


  今現在、剣術大会の真っ最中なのだ。剣の使い道などひとつしかない。


「はい、任せてください!」


  胸を張るフローラに、聖霊王夫妻が若干不安そうな眼差しになる。心配げなその瞳が、前世の母と重なった。 

  二人はしばらく黙りこんで居たが、やがてフローラの純粋な眼差しに負けたのか、『ならば任せよう』と決断を下した。


「元々、騎士と巫女が逢瀬を重ねた事で図らずもあの剣に指輪との共鳴反応が見られるようにはなっている。本気で探すならば巫女以上の適任は居まい。騎士の剣……、聖剣エクレールの捜索は、巫女に任せる」


「ありがとうございます!」


  良かった。まずは明日から、一番魔族につけ込まれそうな会長の様子を探りにいこう。そう計画を立てる自分に、聖霊王が重たい声音で言った。


「ただし、気を付けよ。剣探しにおいて一番気を付けるべき相手は、他ならぬ人間だと思え」


  その警告にきょとんとするフローラに、聖霊王が静かに念を押す。


「魔族は人の闇を利用する。それが欲だけならばまだマシな方だが、元から悪感情に支配されやすい者以上に、危険な暴走を見せる場合がある。……寧ろ、元の心が純粋であるほど危険かもしれん」


「ぼ、暴走……?」


  不安に駆られて聞き返したが、そろそろ目が覚めてしまうようだ。

  辺りの景色が白く透け始め、聖霊王の声が遠くなっていく。鏡の力も、弱まってきているのかも知れない。声も、見る間に遠ざかっていくのがわかって、夢の中だと言うのに、寧ろ眠りに落ちるような感覚だと思いながら、重たくなっていくまぶたが降りていく。


「激しい嫉妬に駆られた者ほど、操られやすいことはない。……己では、決して浄化出来ぬ感情だからな」


  聖なる王の不穏な忠告に、ふと誰かの顔が頭に浮かんだ気がしたけれど。

  それが誰かを確かめられないままに、再び意識を手放した。


   ~Ep.247 うつわくせしいにしえの魔は~


     『心の毒を、静かに狙う』




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