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Ep.246 Square Relationship

  彼の部屋を出る自分達を見送る時のライトの顔は、ほんの僅かだけれど確かに疲労の色が滲んでいた。”夢見が悪いせい“だと言っていたが、本当にそうなのだろうか?


  モヤモヤした疑問に答えを出したいが、クォーツは何分自分自身の想いすら自覚に数年を要した男だ。人の気持ちなど尚更判断出来るわけがない。だから、話があるからとフライの部屋に招き入れられるがすぐに、先程から燻っていた疑問を投げかけた。


「ねぇフライ、僕やっぱりライトもフローラの事好きだと思うな」


「あぁ、そうだろうね」


  あまりにあっさりと肯定されたせいで、逆に思考が止まった。

  思わずその肩に掴みかかって、矢継ぎ早に捲し立てる。


「え!?フライ知ってたの!?っていうか、ライト自身は無自覚だった……のかな?さっきの口調だと、なんか自覚してそうな気がするけど」


  『護りたいだけ』だと、そのたった一言を呟いた時、ライトの深紅の瞳が珍しく、切なさに揺れていた。あれは確実に、ただの仲間に向ける感情ではないはずだ。

  しかし、クォーツの考察を、フライが鼻で笑い一蹴する。


「自覚したって?冗談じゃない、『抑えきれなくなった』の間違いでしょ」


  苦々しげに呟いて、肩を掴むクォーツの手を振り払ったフライが、八つ当たりのようにコートを脱ぎ捨てる。柔らかな緑色のそれが、ぐしゃりとソファーに落下した。


  あとでシワになりそうだとか、そんな事が少し気になったが、今はそれ以上に気になることがある。

  フライは今、ライトが彼女への気持ちを“抑えきれなくなった”と表現した。と、言うことはつまり、少なくともライトの中にはフローラへの恋心を認めることが出来ない足枷りゆうがあると言うことで。

  その足枷の心当たりを、鍵つきの引き出しから取り出し、広げる。


「ライトが愛情や恋に対してわりと否定的なのって、この話が関係してる?」


「ーー……」


  たった一枚の紙切れが、いやに重く感じる。それは今朝、この部屋や他の生徒達の部屋にばら蒔かれた、ライトの出生を貶する記事だ。


  いかにも新聞記事らしく薄い内容をかさまして色々と書き綴られているが、要約すると『ライト・フェニックスは現フェニックス王妃の実子ではなく、彼を生んだ母親はすでに他界している。いかに完璧であろうとも、その穢れた血は国王に相応しくない』と言うあからさまな中傷であった。


  自分が広げたそれにサッと目を通したフライの表情が歪む。


「今朝の怪文書か……。僕も朝気づいて回収を急がせたんだけど、間に合わなかったようだね」


「今の所、記事の内容には信憑性がないし、ライトの容姿がフェニックスの陛下にはもちろん、王妃様にもよく似ていることが幸いしてほとんどの人は信じていないみたいだけどね。僕も正直、こんなの幼稚な作り話だと、そう思ってた」


  破けないよう丁寧にはがしたそれを大事にしまいこんでいたのも、単に犯人を探す手がかりにしようと思っただけで、この与太話を信じたからじゃない。だけど、もし彼が本当に、“自分が愛から生まれた子じゃない”と言う事実を背負って生きてきたのだとしたら。自身の中に芽生えた想いを押さえ込んでしまうことも納得出来る。


  思えば以前から、フライはライトのフローラへの態度に不満を抱いていた。あれは単に嫉妬の想いからだけでなく、彼の事情も何かしら知っていたからこそ尚更苛立っていたのではないかと、そう思った。


「……色々と間違いはあるけど、まぁ半分は事実だよ。ライトは、王妃様の息子じゃない。ただ……」


  やっぱり、彼は自分が知らないライトの過去を知っているようだ。が、それを話してくれる気はないらしい。そんな秘密主義の友の言葉を引き継いで、耳馴染みのない声が窓際から飛んできた。


「ただ、王妃様と血縁関係がないわけでは無いようですよ」


「キール君!何でフライの部屋に……」


「窓からと言う不躾な入室をお許しください。今朝命じられた例の記事の調査で掴んだ内容をご報告に参りました」


「あぁ、ご苦労様。どうだった?」


  家主であるフライが然も当然の様に招き入れているので、クォーツからはなにも言えなくなった。

  まぁ、いつの間に仲良くなったんだろうとかそんな素朴な疑問はさておき、今はライトの話である。


「王妃様の子じゃないけど、血は繋がってる?なんか妙な話だね」


「その辺りはいつか本人に聞きなよ、いくら友人でも、僕から勝手には話せない」


  フライの言葉に、頷く。恋敵だ何だと競り合っていても、大事な場面では彼は何だかんだと自分やライトの事を思いやってくれる。そんなフライだから、今の言葉は素直に受けとめることが出来た。

  

  それにしても、フローラへの思いは別にして、ライトへのこの無礼に彼も随分憤っているようだった。冷たく漂うオーラを隠すこともなく、キールに報告を促している。


「ライト殿下の出生の詳細はまだ掴めておりませんが、記事の出所はわかりました。学院に外部からの情報を伝える為に出入りしている新聞社の内の一社が、独断で書き上げた物のようです。書き上げたと言う記者に、その期間の記憶が全く無い点が気にかかりますが」


「……なるほど。ちなみに、どの社かな?」


  聞かれたキールがパラパラと手帳を捲り、手を止めた。


「“thousand sin”……、千の罪を報道を持って暴くと豪語している、フェニックス郊外にある新聞社ですね。次はフローラ様が実は殿下方を身体を用いて絆したと醜聞を流す予定だとのことでしたので、担当者には手を回して穏便・・に退職頂きました」


「身体っ……何その馬鹿な記事!阻止してくれて良かった!!でも、よくそこが怪しいってわかったね」


「元々両親がその手の金で動く新聞社を悪用して成り上がった質で、悪名高い社だと知っていたのですよ。どうやら、会社そのものがクロスフィード家と繋がりがあるようですが……泳がせますか?」


「いいや、潰して。今すぐ」


「畏まりました」


  フライの躊躇なき決断に、キールが恭しく頭を垂れる。どんな手でかはわからないけれど、明日にでもその新聞社の名は世間から消えるだろう。確証はないが、そんな気がした。


  こっそりと震え上がる自分を他所に、キールがもう一冊手帳を取り出す。


「それから、夢見の悪さについても調べて参りましたよ。繰り返し見る同じ悪夢と言うものは、何らかの警告である場合が多いそうです」


「ーっ!あぁ、ライトの悪夢か。フライ、何だかんだ言ってやっぱり心配してたん……ごめんなさい、黙ります」


  言い切る前に、髪に結んでいたフローラから以前貰った橙色のリボンを人質(いや、リボン質?)に取られたので口を閉じる。アースランド人は空気を読むのが上手いのだ。


「警告の場合、魔力の多い方は予知夢として見るのが基本らしいですが、人によっては過去夢となって危険を目視される方も居るそうです。ライト殿下の悪夢につきましては、一度専門家に見せた方が良いかも知れませんね」


「あぁ、そうだね。万が一、ライトのその悪夢がフローラへの危険を関知しているなら黙っていられないし。じゃあ、引き続き調査を頼むよ」


「お任せください。……あぁ、忘れる所でした」


「ん?」


「まだ何か報告?」


  そうではありませんが、と振り返ったキールが、主君であるフライに向かって優しく笑った。


「陰ながら応援しております、……御武運を」


  簡潔だが、以前ならば絶対にあり得なかった、キールからフライへ向けた応援だ。そしてその応援、決して剣術大会についての話だけじゃない。

  再び窓から去っていったキールを見送ったフライが、驚いて固まったクォーツへ向き直る。


「ライトが母の件で何か蟠りを抱えていたとしても関係ない。自分の気持ちも認められないようなやつに、……フローラは渡さない」


「フライ……それは」


「この大会、あの会長バカを失脚させるまではライトに華を持たせるけど、終わった後は容赦しないよ」


  『もちろん、君にもね』と、宣言するその眼差しの強さに気圧されて、何一つ言い返せなかった。


  明日からの大会は、一対一のトーナメント形式。計画通りに行けば、敵側を順当に倒した後、自分達3人の内の誰か二人が決勝で争うことになる。


  自分だって彼女が好きだ、叶うなら、ずっと隣に居てほしい。……だけど、それ以上に。

  

(本気で取り合いになんかなったら、フローラ……泣くんじゃないかな)


  そんな自分の心配が、どうか杞憂で終わります様に。そう強く願わざるを得なかった。


   ~Ep.246 Square Relationship~


   『募りすぎた恋心が、今宵牙を向く』



  


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