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Ep.245 甘くほろ苦い想起

「おっと!いきなりどうした!?」


  初戦となるバトル・ロワイアルは無事終わり、流石に目に余る不正を行った数名の選手を警備兵に引き渡してライトの部屋に帰った直後。部屋の扉が閉まると同時に、フライがいきなり切りかかってきた。

  反射的にかわして宙返りしテーブルに着地した自分を見据え、フライが呆れ顔で剣を鞘に納める。と、同時に、腕に着けていた腕章が時間差で切られ……ハラリと床に落ちた。

  やれやれと言いたげな口調で、フライが続ける。


「やっぱりね……、動きにキレがないなと思っていたんだ。あの程度の人数に一瞬でも追い詰められるなんて。……ライト、夕べちゃんと寝てないでしょう」


  切り捨てられた腕章を拾い上げ掌で弄びながら、苦笑を顔に浮かべる。疲労は表に出さないようにしていたが、どうやら見透かされていたらしい。


「お前、もう少しマシな確かめ方ないのかよ?でも……隠しててごめん、なんか最近夢見が悪くてさ」


「ストレスじゃない?ライト、周りのイメージで勝手に甘いもの嫌いだと思われちゃって最近全然食べれてないもんね。厨房行って何か貰ってこようか?」


  そう言いながらも『とりあえず寝てなよ』とベッドを整えようとして、シーツに蹴躓けつまずいたクォーツが頭から布団に突っ込んだその姿に思わず笑ってしまう。が、意図的に抑えた訳でもないのに、笑い声が出なかった。声も控え目になる程に、今の自分は存外疲れているらしい。


「甘いものなー……いつもならあいつが持ってきてくれるけど、来んなって言ったのは他ならぬ俺だし仕方ないだろ」


「その君の意地のお陰で、僕らまでとばっちりを喰らってもう二週間彼女に会えていないわけだしね。好物が食べられない位我慢させておけばいい」


「……お前はクォーツの優しさを一割でも良いから分けてもらえ、泣くぞ」


「どうぞご自由に」


「も~、止めなってば二人して。まぁ初日は無事終わったんだしお茶でも……あれ?」


「ん?どうした?」


  素っ気なく言い放つフライとそれに反論する自分の間に割って入ったクォーツが、ふと気づいたようにテーブルに乗っていた小さなバスケットを手に取った。

  『これライトの?』と聞かれたが、見覚えがないので首を振る。

  クォーツが慎重に蓋を少しだけ開くと、甘い香りがそこから広がった。


  その香りのせいだろうか。一瞬、居る筈のない彼女の気配がこの部屋に残っているように感じてしまったのは。


「ライトの私物じゃないなら差し入れかぁ、フローラからだったりして」


  軽い口調のクォーツに対し、『そんなまさか』と笑ったものの、不安になって全員で中を覗き込む。

  そして、中身が既製品であることを確認して、揃って安堵の息をついた。


「大丈夫、既製品だ……。そうだよな、流石にこの寮へは入れる訳がない」


「兄さんの昔の制服を貰いに来たって言うから、男装でもして忍び込む気かと思ったけど、参加生徒に怪しい子は居なかったしね」


「あぁ、そう言えば言ってたねそんなこと。そのフローラが貰っていった制服は結局何になったの?」


「あー……彼女の部屋でクッションになってたけど」


「クッション!?……制服なんか使ったら、さわり心地悪そうじゃない?」


「いや、それ以前に色々と問題あるだろうが。ったく、何を考えてるんだあいつは……」


  何だか色々と気が抜けて、行儀の悪さも気にせずソファーに倒れ込んだ。

  バスケットに貼られていた子供のような字で書かれた『あやしくないですよ』と言うカードが逆に怪しくて少々口にするのを躊躇ったが、誘惑にかられて甘い香りを漂わせる菓子を手に取る。中身は、ナッツをふんだんに使用したチョコレートのブラウニーで。

  なんで今よりによってこれなんだと思いつつ、食べやすく切り分けられたそれにかぶりつく。


「ちょっとライト、毒味もまだなのに!」


「大丈夫、変なものならうちの執事達がとっくに捨ててるよ」


  一口目を飲み込み大丈夫な事を身をもって証明してから、不安げな二人にも『食べるか?』とそれを差し出す。

  一瞬目を伏せてから、先にそれを口にしたのはクォーツではなくフライの方だった。


  珍しいこともあると思いつつ様子を見ていると、自分より大分小さな一口であったにも関わらず、『……甘い』と顔をしかめる。


「相変わらず甘いもの好きじゃないのな、お前」


「フローラが作ってくれた物なら、きちんと味を調節してくれているから食べやすいんだけどね……。これは甘過ぎ、一口でいいや」


「おい、じゃあ何でかじった!?」


  『せめてかじったひと切れはちゃんと食べろ』と言う自分から視線を逸らし、どこか遠い眼差しになったフライが呟く。


「別に……。ただ、彼女が初めて焼いて僕らの所に持ってきたお菓子もブラウニーだったなと思っただけ」


「……っ、あぁ、そうだったな。あいつチョコ好きだし」


  その言葉に一瞬押し黙ったのは、忘れていた記憶を指摘されたからじゃない。寧ろ逆だ。


  自分もついさっき、全く同じことを考えていた。だから、切なさを隠しきれていないその声音にどう反応すべきか、咄嗟に浮かばなかったのだ。


「あー、えーと……僕も食べよっかなー。ライト、ひとつ貰うね。それにしても、僕ずっと気になってたんだけど、ライトこの寮へ来てからフローラの名前一回も言わないよね。さっきから、“あいつ”とかそんな呼び方ばっかでさ」


  何でも良いから話題を変えようとしたのだろうか。然り気無く一番突かれたくない一点に触れられ、嘆息する。無邪気なふりして、この人畜無害な親友はたまに痛いところをついてくるのだ。

  が、流れ的に答えないわけにもいかなかった。だから、自分も出来るだけなんでもないふりで答える。


「……だって、会いたくなるだろ。名前なんて呼んだら」


  大会準備の激動のこの半月でも、ライトが初めて口にしたその本音に、親友二人が瞠目する。失敗しただろうか、クォーツのようにもっと明るい声音で冗談目かした方がよかったのかも知れない。

  嫌な沈黙に耐えかねて、二つ目のブラウニーへと無意識に手が伸びる。


「……まぁ、同意はしないでもないけどね。でもよく言うよ、自分の意思で突き放した癖に」


「ーっ!」


  ずっと気づかないふりをしてきたが、フライの彼女に対する感情は『当て付けか』と言いたくなる位に強く。初夏の連休で、普段は澄かした態度を貫いているフライが我を見失いかける程強引にフローラに迫る姿を見たときには、流石にもう……フライが彼女に惚れていると認めざるを得なかった。

  だから、流石に一部の親しい人間から“鈍感”の称号を授かりがちな自分でもわかる。フライの当たりが厳しいのは、想い人に会えない苛立ちと、その原因を作った自分への当て擦りに他ならないと。わかってる、わかっていても……今の言葉は、正直勘に触った。

  普段なら絶対しないのに、苦手なブラックのコーヒーを一気に飲み干し空になったカップを感情任せにソーサーに戻す。乱暴な仕草に、陶器製のそれがガシャンと嫌な音を立てた。

  再度訪れた沈黙を、今度は自分で破る。


「失礼だな、誰も好き好んで友人を突き放すもんか。……俺はただ、護りたいだけだ」


  “誰を”とは、敢えて言わなかった。本当は、“言えなかった”のかもしれないけれど。

  それでも、“友人”を強調した自分の真意は伝わったらしい。


「友人……ね、娘の間違いじゃないの?全く、過保護なお父様で」


  多少はまだわだかまりもあるのだろうが、敢えてそれを飲み込むことにしたらしいフライが冗談めかしてそんな事を言い残し、明日も試合だからと雑談もそこそこに部屋から去っていく。クォーツも、少々迷っていたようだが最終的にフライに急かされ、結局一緒に帰っていった。その事に、心底安堵する。

  そうだ、これでいい。締め付けられるように痛む胸には気づかぬふりをして目を閉じると、忘れたくとも脳の深い部分に刻み込まれた言葉が蘇って耳を掠めた。


『どんなに強い恋慕の情も、些細なきっかけで簡単に吹き消されるが……、身に宿した命ばかりは捨てたくとも捨てられないのです。だから“いらないこどもの為に自分は苦しんだ”と、貴方の母君は、ご自分の命と引き換えに貴方を産み落とすことで周りに訴えたのですよ』


  幼きあの日、周りの異常な期待に溺れ、何故こんなにも自分は“完璧”を強要されなければならないのかと疲弊していた自分にそんな事を囁いたのは、果たして誰だっただろうか。

  言った者のその顔すらもわからないのに、心臓を直接切り裂くような痛みと共に刻み付けられた、真実かもわからないそれに対抗すべくまだ幼く愚かだった自分に出来たことと言えば、“虚勢”と“傲慢”で張子の虎で身を固める事だけ。そのせいで、余計に己が自由を失っているとすら気づかず道を誤っていた。

  そして、そんな馬鹿な過去の自分の目を覚まさせてくれたのは、他ならぬ彼女だったから。今更失うなんてきっと、耐えられない。だから、これ以上、近づきたいなどと欲を出すべきじゃない。


(恋慕の情は、些細なきっかけで簡単に消える……すべての恋がそうだなんて決めつけられるほど生きては無いけどさ)


  そこで一回思考を切って、夜空を彩る満月を見上げる。彼女のあの柔らかそうな髪によく似た色彩を放つ金色の月明かりに、無邪気な笑顔が頭を過った。

  一度でも思い出すと胸に焼き付いて離れないその笑顔を無理矢理振り払うように頭を振る。


「……今、少しでも長く居られるなら良いじゃないか、”友達”で」


  吐き捨てるように呟いて、皿に残していたブラウニーを一息に口に運ぶ。友は甘過ぎて残した筈のそれが、何だか妙に苦く感じた。


    ~Ep.245 甘くほろ苦い想起~


  『だからこれ以上、俺の心に入ってくるな』





  


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