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Ep.243 その強さは騎士が如く

  階段を掛け上がった先では、既に大会初戦が始まっていた。


  と言っても、一対一の試合形式ではない。参加者が多い為、初日だけはシード枠で外された数名以外の参加者全員が一度に乱闘するバトル・ロワイアル形式がとられている。


「うわっ、すごい人!うっ、熱気で酔いそう……」


「大丈夫!?ごめんね、一旦部屋戻ってブランには部屋に居てもらえばよかったね。私もこの格好じゃちょっと目立つし……」


  寮には立ち入り禁止を喰らったが、会場である闘技場には観客として入ることが可能だ。学院の制服に着替えてから来るべきだっただろうかと己の体を包むお仕着せを見下ろす。


「きゃーっ!!ライト様ーっっ!!」


「ーっ!?」


  しかし、近くで響いた黄色い声に、反射的にすぐ顔を上げた。円形に広がる戦闘場で、舞うように靡く深紅のコートが見える。


(本当にライトだ……!)


  いや、参加者な上に影の主催者なのだから居るのは当たり前なのだが、後ろめたさに咄嗟に座席の影に身を潜めた。

  そこからぴょこんと顔だけ出して、試合の様子を確認する。


「えっ、ち、ちょっと、なんかあの三人ばっか狙われ過ぎじゃない!?」


「他の生徒達の統率がとれ過ぎてる……、最初から誰を狙うか決めて参加して来たんだ……!」


  バトル・ロワイアル形式の筈が、戦闘場では今、大量の生徒が三手に分かれて、団体で三人の生徒を撃破しようとしていた。

  狙われているその生徒とは、言わずもがなライト、フライ、クォーツの三人で。敢えて注目の高い決勝まで進めさせて叩きのめす為、敢えてシード枠を与えた生徒会長が、特別席から多勢に囲われる彼等を見て愉快そうに口元を歪ませている。


(あの人が他の参加者達を唆したのね……!?)


  騎士としての戦闘等を重視して教育過程が組まれる男子と、淑女として美しくある為に礼儀作法を重視する女子では、普段の授業形態からして違う。なのでフローラは、強いとは聞いていても婚約者達の戦いぶりを目の当たりにしたことはなかった。唯一戦闘らしきことをしたのが聖霊の森での火事騒ぎの時だが、あの時相手にしたのは炎であって、知性ある生物相手の戦いとはまた違う。

  だから、何十と言う生徒達が束となってたった三人を狙うこの事態……多勢に無勢にも程があると、怒りさえ覚えて立ち上がった。


  しかし、そのフローラの怒りを、再び上がった観客の黄色い声が妨げる。


  何だろうと視線を落として、そして瞠目した。ほんの数十秒の間に、戦況がまるで変わって居たからだ。


  如何にも重そうな太刀を振り上げた数人を筆頭に広がった円の中央には、レイピア一本を片手に優雅に佇む緑の皇子。フライの細い体躯にあの武器と人数差では、いくらなんでも身が危険だ。そもそも、“刺す”事に特化したレイピアが、重量のある太刀を受け止めきれるとは思えない。

  ただでさえ不利な状況のフライに向かい、十を超える男達が躊躇いなく斬りかかった。


「……っっ!!!」


  サッと血の気が引いた気がして、思わずフローラが口元を押さえたのと……どちらが早かっただろう。


  勝負は一瞬だった。軽い足取りで宙へ舞ったフライは、本当に天を駆けながら一人、二人と自分を狙う者達を吹き飛ばしていく。比喩ではなく、剣先も当たっていないのに本当に幾人もの身体が弾き飛ばされていく様子に思わず首を傾げて……そして、気づいた。

  あれは風だ。フライは非常に繊細に風を操り、自らの身体を宙へ浮かせ、見えない風の刃で敵を吹き飛ばしていたのだと。


  剣術大会と言っても、真の実力を見るために魔力の使用は認められていたので他にも魔力を用いて戦っている生徒は居るが、フライの動きだけはまるで違う。まるで呼吸をするように自然に、何の気負いもなく風を操るその姿が、とても綺麗だと思った。


  次いで狙われたのはクォーツだ。服装こそ洋装だが、使用しているのは剣ではない、刀だ。それも、長いものと短いもの、その二本を両手に構えている。

  しかし、普段の穏和さから舐められて居るのだろうか?クォーツを狙う選手達は、ガタイが良く気も強そうな屈強な者ばかりで、こちらも力で応じれば明らかに押し負けそうな印象だった。


(あぁぁぁぁぁっ、あんな恐そうな人達に追い回されちゃって、クォーツ大丈夫かな……!)


  フライの時は、多少の心配はあれど“フライだから大丈夫だろう”と言う謎の安心感があったが、クォーツは違う。正直普段の温厚さから戦いとは無縁の人だと言うイメージが定着してしまっている為に、ハラハラして仕方がなかった。の、だが……


「あ、あれ……?」


  ひゅっと、刃が空を切る音が耳を掠めて。次の瞬間、力なく倒れ落ちたのは屈強な男達の方だった。思わず呆然として、久しぶりに見るその愛らしく穏やかな相貌を見つめてしまう。


「当たり前ですが峰打ちです、だから恨まないで下さいね」


  いつも通りに微笑んで言うクォーツの手に収まる刀は、いつの間にか鞘へと納められていた……。


(い、居合い斬り!?いや、初めは刀は鞘から出てたからそれはちょっと違うか。でもあれってつまり、動きが早すぎて倒す瞬間すら見えなかったってこと……?)


  あのフライの太刀筋すら、どちらを斬るのかの前触れ位は見えたのに。刀を納めて立ち上がるクォーツの笑顔はいつもと何ら変わらないが、それが余計に『この人、実はすごいのではないだろうか』と言う気持ちを強くさせた。


  しかし、峰打ちにしたのが甘かった。まだかろうじて動く余力がある者達と、二人への攻撃に加わっていなかった生徒達が、全員挙って狙いをライト一人に絞ったのだ。

  メイドに扮していることも忘れ、急ぎ戦闘場に近い階段下の席の方へと走り出す。


  フライとクォーツの時に対し、明らかに敵の数が多い。彼等を唆したであろう生徒会長は、ライトが嫌いだ。初めから彼を潰す為に人数を多く割いていたのだろう、バトル・ロワイアルの参加者の実に半数が、一斉に深紅のコートを狙い斬りかかり……そして、力強い剣と業火の爆風に吹き飛ばされた。


(え、ちょっと待って。何が起きたの今!!)


  唖然として様子を伺うが、黒煙が酷くてよく見えない。

  濛々(もうもう)と立ち込める黒煙と砂ぼこりが晴れた頃には敵は半数以下になり、ライトの両隣には異変に気づいて加勢に来たフライとクォーツが立っていた。

  そこから先はもう、追い詰められた者は恐ろしいと言うか何と言うか。互いを踏み台にまでして、何とか一太刀でも届かせようと必死になる一般生徒達。

  三人は軽くいなしていたが、途中で敵側におかしな動きが出てきた。


  囲われている三人から離れ、本来なら登ってはならないはずの壁をどんどん登っていく者達が現れたのだ。その手に光るのは、飾りとして場内にあったものも含めた大量の剣である。


(まさか、上からあれ全部投げつける気!!?)


  いや、しかしやりかねない。だって、壁を登っている生徒達の体には、魔族に操られた者の証である黒い靄がしっかりまとわりついている。


  警備兵も異変に気づいたのだろうが、もう彼等は天井に近い位置まで登っている。あの高さまで行かれてしまっては、先程のようにフライが魔力で飛んでも、届かない。


「ちょっとフローラ、なにする気!?」


「指輪を使ってあの生徒達を浄化するわ。正気に戻ればら少なくともあんなバカな真似はしない筈よ!」


「……っ、ダメだよ、見つかりたいの!?」


「離してブラン、流石に黙って見てられないよ!!」


  そう叫んで掲げた手に輝く、三つの光を宿した聖なる指輪。その輝きを見つけ、狙い通りだとある者が笑う。しかし、その暗い笑みは、突如会場を襲った地響きにかき消された。


「じっ、地震!?」


  揺れに耐えきれず、フローラもその場で転んでしまった。

  身体を起こしながら再び戦闘場を見れば、なんとそこには地面から切り離され、宙へ浮かび上がる多数の大岩が!


「ライト、早く!すぐに落ちてきてしまうよ!!」


「わかってる、ありがとう!」


  地面に手をついたクォーツの声に素早く反応し、ライトが浮いた岩を足場にどんどん上へと進んでいく。


(でも、いくら足場を作ったって天井までは……、ーっ!?)


  あと一歩、届かない。そう思ったのは、固唾を飲んで見守る観客達とフローラだけで。

  一番高い位置にある岩にライトが飛び乗ると同時に、フライが作り上げた竜巻が、彼ごとそのあしばを天高く舞い上がらせる。


「任せたよ!」


「あぁ、任された!!」


  簡潔だが、確かな信頼がそこにある。

  二人の力でそこまでたどり着いたライトが、狙いを見失い壁にしがみついたままの生徒達を全て、一太刀で凪ぎはらって。

  最早抵抗すらなく叩き落とされた彼等と、宙で一回転して体勢を立て直したライトを、柔らかな風がゆっくりと地上へ下ろす。


  トンと、白地に金の飾りがついた高貴なブーツの爪先が地面に落ちると同時に、初戦終了の銅鑼が鳴り響いたのだった。


  衣装を似たデザインで揃えている為か、絵画の三銃士の様に美しく立ち並んだ三人が、並んで優雅に一礼する。その瞬間、静まり返っていた会場は盛大な歓声に包まれた。


  フローラも、思わずその場で跳び跳ねる。


「きゃーっ!やったよ!三人とも凄い!!ねっ、ブラン!!」


「う、うん、無事でよかったね。でもこんな近くでそんなはしゃいだら……!」


「あっ!!」

 

  その忠告が最後まで言われる前に、慌てて再び身を隠した。

  それまで澄ました表情で息ひとつ乱れていなかったフライが、勢いよくこちらを向いたからだ。


(こっ、これは、見つかってないか確認しようとしたら逆に目が合っちゃう奴だ……!)


  バクバクと脈打つ心臓がうるさいが、ひたすら息を殺した。


  フライの様子に気づき、ライトも振り返る。


「フライ、どうした?」


「いや……今、フローラの声がしたような……」


「ーっ!?本当か!?」


  ライトの視線までこちらを向いているような気がする、冷や汗が止まらない……!別に試合を見に来たわけじゃないのに、はしゃいだのは流石にまずかった。


「まさか、あれだけライトに叱られてシュンとしてたのに、流石に来ないよ。歓声もすごいし、聞き間違いじゃない?」


  『さぁ、ご飯食べに行こう』と朗らかな声のクォーツが、二人を促して退場していく。その事に心底感謝した。


(クォーツーっっっっ、ありがとう!助かったよ!!そして予想を裏切ってごめんね!)


  心の中で感謝し、頭は下げたままこっそりその場を離れる。


「……僕が、彼女の声を聞き違える訳ないんだけどな」


  瞳を細めたフライのその呟きは、勝利の喧騒に撒かれて消えた。


    ~Ep.243 その強さは騎士シュヴァリエが如く~



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