Ep.235 始まりはいつだったのか
固定の主人ではなく、学院全体に仕える学院騎士団及び執事・侍女にはそれぞれ特定の制服が定められている。侍女に支給されるのは、鈍い艶のある上等な黒色のメイド服だ。
(お仕事の服だから動きやすいのかなと思ってたけど、案外重たいんだなぁこれ)
「新人!ぼさっとしてないでシーツ干し手伝いなさい!!」
「はい!」
裾の長いスカートと、そのスカートに付いている白いフリル付きのエプロン。可愛い格好にウキウキ出来たのは最初の内だけで、いざ仕事が始まってみれば先輩には優しい人も厳しい人も居るし、それでなくても世話係の仕事と言うのは力仕事が多い。
彼女達の仕事のハードさを比喩でなく身をもって学び、普段の快適な日常が如何にたくさんの人々のお陰で成り立っているか理解した。
ーー……が、もちろん自分の本来の目的はこんなお仕事体験ではない。いや、労働自体は勉強になるしやりがいあるけど。可愛いメイド服はテンション上がるけど。
そもそもの事の起こりは数ヶ月前。初夏に一度ある連休明けのライトの寮の私室から始まったのだ。
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「さぁライト、説明して!!」
日差しも大分夏らしくなってきたその日、ライトはいつもの面子を自室に集めた。それも、わざわざ全員に部屋に来る時間を少しずつずらして連絡をしてまで。
そうして、最初に呼ばれたフライから始まり、二時間かけてようやく最後の一人であるフローラがライトの部屋に着いたのであった。
「フローラ、落ち着きなよ。ライトだって話すつもりがあるから僕らを呼んだんだろうし」
ズイッとライトに詰め寄ろうとしたフローラの腕を掴み、フライが流れるような動きでソファーに座らせる。
目の前にいかにも美味しそうなホイップクリームの乗ったティーカップまで出されてしまっては、引き下がらないわけにはいかなかった。相変わらず、フライが淹れてくれる紅茶は美味しい。
「……美味しい」
「それは良かった。君になら毎日淹れてあげても良いんだけどね」
「本当!フライお兄様はお茶を淹れるのがお上手ですこと!!あー、飲みやすくて勢いよく飲み干し……熱っ!!!」
「わーっ!ルビー大丈夫!!?」
「蒸らしも終わってない方のポットをいきなり素手で持ったら危ないよ。ほら、手を見せて?」
「ごめんなさいお兄様、私は大丈夫ですからそちらにお掛けになってくださいな。フローラお姉様も、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
火傷した手をフローラに治して貰うどさくさに紛れ、ルビーがちゃっかり彼女の隣にクォーツを座らせた。ふふんと鼻で笑うような笑みを向けられたフライの眉がピクリと動くが、彼が立ち上がるより先にライトが先手を打った。
「よし、全員揃ったことだし本題に入るぞ。と言っても、皆もう何の話かは予想が付いているだろうけどな」
自室を恋の戦場にされては堪ったものではないと、ライトが『そうだろ?』と敢えてフライに同意を求める。一瞬で意識を切り替えたフライもまた、涼しい表情で答えた。
「君がこの間宣言した、現生徒会長達の地位略奪についてでしょう。でも、どうやるつもり?高等科と違って中等科にはリコールシステムは無いし、僕達が代理で仕事をしてきたせいで、今年度の生徒会は非常に仕事の出来が良いと言う話になってしまっているそうだけど」
「り……何?」
「リコール……、つまり、解雇請求のシステムだな。現在その地位についている人間を、『あなたは相応しくない』とそこから失墜させる事が出来る。もちろん、相手を失脚させる訳だから無条件ではないし、リコールを申請した者はリコール後にその地位につかなければいけないけどな」
「革命みたいなもの?」
「端的に言えばそうなるね。リコールシステムがこっちにもありさえすれば、話はもう少し簡単だったのに」
ライトの説明に頷きながらそう付け加えたクォーツに、フローラが再び首を傾げる。
次に説明を引き継いでくれたのはレインだった。
「リコールの際の条件は三つ。まず、リコール宣言をされる者が今の地位に不相応であると、五名以上の者からの署名を集めること。そして、リコール申請者がその失脚させられる者より優れていると証明する為、3種以上の種目で戦い勝利することと、全校生徒による投票でリコールした方……所謂訴えた方が、過半数での信任の投票を受けること。意外とシンプルだけれど、最初の署名が普通はなかなか集まらないらしいわ。学院内で役職を与えられる時点で、かなりの実力と権力を持った相手と言うことになるから……皆、戦おうとすら思わないのでしょうね」
「なるほど、皆長いものには巻かれちゃうのね」
「お前、本当にわかってんのか?」
「いたっ!わ、わかってるよー!」
うんうんと頷いて説明を聞いていたフローラの頭をぺしと叩き、ライトが苦笑する。
「つまり、そのリコールシステムさえあれば、ここの全員が署名すればリコール自体はかけられるし、実力で言えばライトにせよフライにせよクォーツにせよ、あんな人達には負けないから勝ったも同然ってことでしょ!」
「おー、大体理解出来てるじゃん。偉い偉い、叩いて悪か……、ーっ!」
「毎度毎度乱雑に扱われて可哀想にね、痛くないかい?」
「え?う、うん、大丈夫……」
撫でようとして伸ばしたライトの手がフローラの髪に触れる前に、その小さな身体はポスンとフライの腕の中に収まった。
先程ライトが叩いた位置に当たる場所をそっと撫でて、軽く口づけを落とす。
「~~っ!」
「おまじないだよ、早く痛みが引くようにね。……迷惑だった?」
「い、いや、そんなことはないけど……」
真っ赤になって身を捩ると、アイナの屋敷の時とは違い簡単に逃げ出すことが出来た。
あくまで善意だったとわかると、これ以上強くは出られない。
落ち込んだ素振りのフライとそんな彼につよく出られないフローラを見比べ、ライトがほんの少しだけ、麗しい相貌を歪ませる。
そんな親友の表情を見るフライの瞳が冷めきっていることに、気づく者はまだ居なかった。
~Ep.235 始まりはいつだったのか~




