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Ep.233 花咲か娘


『小さな巫女の加護を受け、思い出話も花が咲く』



  アイナの実家がある場所は、円形状に繋がる大陸から若干離れた孤島にある。なので、移動は当然船となる訳なのだが、港まで送りについてくると言ってくれたアイナを、何故かフローラが断った。


「いきなり押し掛けたのにたくさん良くして頂いたし、これ以上は大丈夫だよ。また学校でね!それからこれ、お世話になったお礼です、どうぞ」


「え!?そんな、手土産なら皆様からもう充分頂いたのに……」


  そう、いくら親しき仲と言えど、いきなり他家の屋敷を訪問するに当たり手土産のひとつもないと言うのは礼を失すると言うもの。だから、今回の訪問に伴い、アイナの実家には各王家から礼の品が既に届けられている。スプリングから届いた物の中に、たった一石で廊下の端から端まで10年は照らし続けられると言う最高級の光石が入っていたのにはアイナも笑ってしまったわけだが、それは今は関係のない話だ。

  そんな訳で恐縮しているアイナに向かい、フローラがいつにも増したニコニコ顔で言う。


「これはあくまで貴族間のお付き合いとしてじゃなくて、個人的なお礼の気持ちだから。受け取って?」


「は、はい……。ところで、こちらの中身は……?」


「ふふ、それはねー」


「菓子だろ」


「お菓子だね」


「フローラが焼いたクッキーか何かだと思うな」


「……っ、お寝坊トリオは黙ってて!ま、まぁ、そんな訳で中はクッキーなの。湿気っちゃうから、私たちが帰ったらすぐに食べてね!」


  勢いを殺がれたフローラに頬を膨らましながら叱られ、三人が白々しく視線を逸らす。

  夜通しゲームをしていた為に三人揃って朝食時間より30分も寝過ごした皇子達だが、これもまだ年端いかぬ少年時代の楽しい思い出となるのだろう。今はたまにお姉さんぶりたがる婚約者に叱られて、かなり肩身が狭い訳だが。


  とにもかくにも、中身が高価な物ではないと知ったアイナも、安心した様子で可愛らしくリボンで閉じられたその包みを両手で受け取ってくれた。ふわりと愛らしく微笑んで、フローラに礼を述べる。


「フローラ様のお手製のお菓子なら嬉しいです、いつも美味しいですから。私もお菓子やお料理をするのが好きなので、是非参考にさせて頂きますね」


「アイナちゃん!!」


  嬉しい言葉に感動して、フローラがアイナの両手を掴む。やはり、真っ直ぐに『美味しい』と言って貰えるのは嬉しいのだ。


  そうしてすっかりアイナとも仲良くなり、聖霊の巫女の死の真相や魔族誕生の歴史と言う、中々に有意義な情報も得た帰り道。

  例に漏れず『俺達の分は』とクッキーをねだられる前に、ライトの手に五人前のクッキーが入ったバスケットを押し付けて。


  フローラはブランに背を支えて貰い、いきなり空へと舞い上がった。

  アイナの屋敷に大事な忘れ物をしたので、取りに戻るのだと言う。


「ちょっと、一人じゃ危険だよ。せめて一緒に……」


「……っ、フライはついてきちゃ駄目!!!」


「ーっ!!?」


  一夜明けて、フライもすっかりいつも通りに戻りはしたものの、まだフローラの中では夕べの異様な色気を放つ彼の姿がまだ焼き付いている。

  いつもと違う強い感情を感じさせるあの眼差しを思い出すとぞくりと体の芯を走る熱を誤魔化す為に。そして、そんな自分の変化を、いきなり押し付けられたクッキーのカゴ片手に自分を見ているライトには何故か知られたくなくて。ついキツくそう言い放って、フローラは空へと飛び立っていった。使い魔の翼は天使のそれによく似ている為、舞い上がった勢いでヒラヒラと何枚かの純白の羽が宙を踊る。


  そんな美しい光景の中、まるで天使のようにあっという間に見えなくなった彼女の姿を見つめ天を見上げていたフライは、その後10分近く動かなかったと言う……。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  フローラから渡されたクッキーには、これはまた彼女の性格にピッタリな、優しい色味で花の絵が描かれたメッセージカードがついていた。

  『早く食べるように』と散々念を押された為、紅茶も入れて準備万端。父と机を挟んで腰掛け、皿にクッキーを広げ、そこでようやく開いたメッセージカードでは、ページの下の方にて簡易的な絵柄で描かれたミストラルの姫君が、ブンブンと両手を振っていた。

  そんな可愛いイラストから延びた吹き出しの中の、『お庭見てみて!!』のメッセージに、普段はあまり開かない自室から庭に面する窓のカーテンを開く。その先にあるのは、もう二度と咲き誇ることはない、母の形見の桜の木。


「……、お父様、あの桜、もう…………」


  フローラの意図がわからないが、その瞳に枯れ果てたその木を写して寂しさに俯いたアイナが『諦めた方が良いのではないか』と父に言おうと窓から視線を部屋に戻した、その時である。


  ザァと音を立てて庭を吹き抜けた強風が、アイナの自室に何枚かの花弁を運んだのは。


「え……!」


  そして、ヒラリとカップの紅茶に一枚落ちたその花弁は、V字に切れ込みが入った、独特の形で。この型の花弁を持つ花を、アイナは、たった一種しか知らない。


「ーー……っっ!!」


「これは驚いた、私は夢でも見ているのかな……」


  恐る恐るもう一度庭を見て、そして、驚きに両手で口元を押さえる。

  淡いピンク色に染まった大樹に、生まれて初めて目にした、満開の桜の美しさに。独りでに、涙がこぼれた。


「こんな奇跡って……!」


  ヒラリ、ヒラヒラと舞い込んでくる花弁を手に一枚取って、父がそっとアイナの手にそれを乗せる。触れても消えないそれは、夢でも幻でもない。確かな現実だった。


  もう決して娘には見せてやれないのだと諦めていた思い出の景色が、今目の前にある。

  その奇跡に熱くなる目頭をしばらく押さえてから、ロイドが顔を上げた先。


  満開の桜で幻想的に染まる木の真上を、金糸の髪の天使が飛び去っていった。


  花弁と共に一枚だけ窓枠に降りてきた純白の羽を指先でなぞり、呟く。


「これは、聖霊の悪戯……いや、悪戯は失礼だな。聖霊の巫女様の加護がくれた、奇跡かもしれない」


「聖霊の巫女様って、お父様はまた研究の話ばっかり……。まぁ、お父様らしくて好きだけど」


『貴方は何があっても結局趣味の話ばかりね……。でも、あなたらしくて好きよ』


  部屋まで桜色に染め上げる花吹雪の中で、涙を拭いながら笑う娘の笑みが、声が、妻の姿と重なった。

  同時に、『また咲きますよ、絶対!!』そう宣言してくれた娘の友の言葉が耳によみがえり、背中を押してくれる。きっと、話すなら今だろう。


「せっかくの桜だ、頂いたクッキーは、庭に出てから頂こう。……妻との思い出話でも、ゆっくりしながらね」


「……!いいの?」


「あぁ、もちろんだとも」


  瞠目した娘を抱き締めて、『聞きたいことは何でも聞きなさい』と頭を撫でる。

  狙ったように、綺麗なままの状態で娘の頭に乗ってきたひとつの桜の花は、妻からの最期の贈り物のようで。

  胸がただただ温かく満たされた今ならば、戻ってこない幸せな日々を口にしても、きっと涙は溢れない。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ーっ!遅いぞ!ったく、お前が素っ気なくしたせいであの後大変だったんだからな」


「ごめんなさいっ、ちょっと時間かかっちゃって」


  港で各々迎えの船を待つ仲間たちの元へ降り立つと、早速ライトに叱られた。

  謝りつつフライの方を見ると、こちらに背中を向けたまま見向きもしない。どうやら、すっかり拗ねてしまったようだ。


(『来ちゃ駄目!』は流石に酷かったかな……)


  あまり感情を露にしない人があからさまに落ち込んでいるのを見せられると流石に心が痛む。


  しかし、反省するより先にライトからポンと頭を叩かれた。


「で?お前は一体何をしに行ってたんだ?頭に花弁なんかつけて」


「花咲かじいさんしてきた!」


「はぁ?お前女だろうが」


  会話のこの辺りで、フライの肩がピクリと揺れた。

  フローラの髪から取った花弁を指先で弄ぶ呆れ顔のライトに言われ、三秒ほど考えてから訂正する。


「花咲かばあさんしてきた!!」


「いいよわざわざそこ律儀に訂正してくれなくて!!!」


「痛っ!あれっ、こうじゃない!?」


「ーー……っ!!!」


「はい、二人ともその辺にしてー。いい加減にしないとそろそろフライが笑い死ぬよ」


  自信満々に言い直したフローラの額をライトが軽く叩いたその辺りで、とうとうフライが吹き出した。


  声さえ出せずに笑っているフライの背中を擦って落ち着かせているクォーツに止められた辺りで、船の汽笛が港に響く。

  白地に金と紅で紋章が描かれた巨船……、フェニックス国籍の船だから、ライトへの迎えである。


「殿下、参りますよー」


「あぁ、今行く!」


「……お迎え早かったねぇ」


  もう少しかかるかと思っていた。

  また二日もすれば学院で会うのだが、船に乗り込んでいくライトの後ろ姿を見ているのが寂しくて、フローラの眉が無意識にハの字に下がる。


「……いたっ!」


  そんな時、フローラのつむじにコンっと軽い何かが降ってきた。反射的に受け止めた小さな包みの中には、葉っぱの形をした小さなチョコレートが入っている。


  驚いて顔を上げると、甲板からそれを投げてきたライトが『クッキーの礼な』と笑う。

  微笑み返してからチョコレートをひとつ口に入れると、ほんのりした苦味と一緒に、甘さが舌に広がった。


  そこで丁度、再び船の出発を知らせる汽笛が響く。


「……あまり近くに居ると飛沫がかかるし、危ないよ」


「ーっ!うん、ありがとう」


  声をかけられた後、フライが壊れ物を扱うようにそっとフローラの肩に手を置いた。

  嫌だとか、怖いとか、そう言う感情は無く、その優しさが嬉しくて、気遣ってくれるフライに微笑む。

  素直に数歩下がる為すぐ歩き出してしまったので、フローラに微笑み返されたフライが心から安心した表情になったことは気づかなかったのだが。


「あー、ごめん!言うの忘れてたんだけどさーー!」


「ーっ!どうかしたのかい?」


  不意に、ゆっっくりと動き出していた船の上からライトが声を張り上げた。

  真っ先にそれを聞き届けたフライが、答えるため同じように大きめに声を張る。


  普段ならば、離れた距離から大声で話すなど品がない為出来ないが、知り合いの家族しか暮らしていない島なら人目を気にしなくて良いので気が楽だ。


  なので、わざわざ船を降りはせずに、ライトが用件だけを言い残して去っていく。


「休み開けたらなんだけど、俺やっぱ今の生徒会乗っ取ることにしたからー!」


  『じゃあまた学院でー!』と言い足した辺りで、今度こそライトを乗せたフェニックスの巨船は港から消えた。


  普段は人の寄り付かない、奇人の島の港に少年少女の驚愕の声が響き渡ったのは、それから約五秒後のことであったと言う。




    ~Ep.233 花咲か娘~


『小さな巫女の加護を受け、思い出話も花が咲く』






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