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Ep.232 眠れぬ夜に

  自由になった体が重力で地面に崩れ落ちそうなのをどうにか踏ん張って、乱れた髪と服を整える。

  顔を上げると、呆れ顔でフライの片腕を引っ張りあげているライトがそこに居た。


「ライト、何でここに?」


「うん、まぁちょっとな……。お前等こそ何してんだ人様の屋敷で。お父さんそんなふしだらな子達に育てた覚えはありませんよ」


「ーー……はいはい、怖がらせたのは悪かったよ。でも相変わらず間の悪い奴だね君は」


  ライトには嫌味っぽく返していたが、捕まれた腕を取り返してフローラに向き合ったフライのその瞳に、先程までの獲物を狙うよう色はなく。申し訳なさそうに苦笑して、『驚かせてごめん。でも、これに懲りたら二度とあんなこと言わないでね?』と言ってくれる。


「それにしても、僕まで君の子になった覚えは無いんだけど。大体本当、何でこんな時間に彷徨いてたのさ」


「ん?いやぁ、なんか妙な夢見ちまって目が冴えてさ……。で、フローラの顔見に来た」


「……わけがわからない」


「わからなくて良いよ」


  ちらとフローラを見たライトは、フッと微笑んで『生きてるならいいんだ』と呟く。フローラにも何が何だかさっぱりだが、このタイミングでライトが来てくれて良かった。


  並んで軽口を叩きあっているいつもと変わらない二人の雰囲気に安堵して、まだ強ばっていた体から力が抜ける。

  先程からフライに触れられた頬が、首筋が、焼けるように熱を持っていることにも同時に気がついて、上気した頬のまま己の指でそっとそこをなぞった。


  そんなフローラの瞳が暗がりでもわかる位に潤んだままのことに気づいたライトが、一瞬顔をしかめてフライに何かを囁く。


「……別に惚れるのはお前の勝手だし何も言う気ないけどさ、泣かしてんじゃねーよ」


「ーー……っ!」


  ライトの声が低すぎて何て言ったのかまではわからなかったが、言われた方のフライが僅かに瞠目したことはわかった。


  何か言いたそうにしているフライの額をぺしと軽く叩いて、『じゃあ部屋まで送るか』と笑ったライトが歩き出す。


  慌てて後を追いかけようとして、ふと止まる。足を止めたまま考え込んでいるフライの方を見た。


(びっくりしたし、ちょっと怖かったけど……、フライは私が部屋に居ないことに気づいて、心配して来てくれたんだよね……)


  それも、あれほど嫌っている暗闇の中、明かりのひとつすら用意せずに。それなのに労を顧みらずに自分が失礼なことを言ったから、きっと怒らせてしまったのだろう。男性には、女の子にはわからない『男としての矜持』があると言うから。


「フライ、あの、怒らせてごめんね。もうあんなこと言わないから……一緒に行こ?」


  嫌われてしまったのだろうか。そう思い、恐る恐る下げられていたままのフライの袖を引っ張った。


  弾かれるように顔を上げたフライの双眸に、迷子の子供のように不安を隠せない表情をした自分が写る。


「……本当だよ、次あんなこと言ったときは、覚悟は出来てると見なすからね?」


「ーっ!!?」


「今日はこの辺りで許してあげる、ご馳走さま」


「あーあー、またそんな質の悪いからかい方しちゃって……。来ないと置いてくぞー」


  小さくリップ音を立てて不意に頬に触れた感触と、意地悪く微笑んだフライの表情。そして、一瞬間を開けてからのライトの突っ込みで、ようやく頬にキスされたことを理解する。


「かっ……、からかったなーっ!!?」


  さっさと歩き出してしまったフライの背中に向かい、周りの迷惑にならないくらいに声は押さえつつも叫んだ。

  背中しか見えないけれど、ライトが魔力で廊下を明るく照らしてくれているお陰で、その肩が小さく震えているのはわかる。


(もーっ、じゃあやっぱさっきまでのもただお仕置きのつもりでからかってたんだ!恐かったのに!そしてちょっとドキドキしたのに!!!)


  プンスカしながらも、置いていかれたくないのでちょこちょこと二人の背中を追いかける。

  少し距離が開いていたせいで、フライがフローラから顔を背けるなり真っ赤になっていたことも、そのことに気づいたライトが無意識に爪が食い込みそうな位に自身の手を握りしめていたことにも、気づかないまま……。






「そう言えば、結局ライトが見た悪い夢って何だったの?」


  部屋まで送り届けて貰い中に入る直前、ふと気になって聞いてみた。しかし、ライトは『まぁ、内容は気にするな』と曖昧に笑う。

  普段は何事も白黒ハッキリつけたがる質で、誤魔化し笑いなんてする性格じゃない。なので、その態度に尚更関心を引かれたが、いつになく優しく微笑まれて『本当にいいんだ、顔見たら安心したから』なんて言われてしまっては、フローラから言えることはもうなにもなかった。


「じゃあおやすみ、また明日ね」


「もうずいぶん遅いけど、明日寝坊しないようにな」


「わっ!もう、さっきせっかく整え直したのにー……」


  去り際のライトに頭をわしゃわしゃと撫でられて、文句を言いつつもふわりとそこが温かくなった。


「さて、じゃあお前も部屋まで送るか?」


「馬鹿にしないでよ、一人で戻るに決まってるでしょ」


「今なら漏れなく廊下を魔力で照らすオプション付きだけど」


「じゃあ明かりだけ置いて帰れ」


「酷っ!なんだよ、冷たいやつだな……」


「酷いのはどっちだよ。君なんか馬にでも蹴られて死ねばいい」


  『親友が酷い!』とのライトの拗ねた声音が響いた辺りで、なんだかんだ並んで歩く二人の姿は曲がり角に消えた。

  いつも通りの友達同士の軽口にクスクスと笑って、部屋へと戻る。不穏なものや悲しい過去にたくさん触れた夜だったけど、二人のお陰できっと悲しい夢は見ずに済むだろうと思えた。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「で?いつまでついてくる訳?」


  自分たちに割り振られた客間が大分近づいてきた頃、振り返ったフライはライトにそう言った。

  あからさまに『帰れ』と言わんばかりのその顔に対し、俯いたライトが語り出す。


「さっきさ、悪い夢見たって言っただろ。あんまり鮮明に覚えすぎちゃってさ、眠れそうに無いんだけど……出先だから仕事もなくて暇だし」


「ーー……だから何」


  嫌な予感がして、一歩目の前の男から距離を取る。

  その予感が外れていない事を証明するように、ライトがバッと色々なゲーム用のボードを取り出した。


「眠れないままただ朝まで待つのも退屈だし、ゲームしようぜ」


「……君は馬鹿なの?やるなら一人で勝手にやってなよ」


「そんなこと言わずに!こんなの一人でやってたらただの悲しい奴だろうが!!」


  子供のようにねだってくる友の姿に痛む頭を押さえつつ、彼が手にしているゲームを見た。チェスにオセロにトランプと、確かに相手が必要なものばかりである。……が、先程彼女のことについて偉そうな事を言われたばかりでまだ虫の居所が悪いフライは、知ったことじゃないと自分の部屋に向かう足を早めた。

  さっさと部屋に逃げ込んでしまえば、流石に諦めるだろうと思ったのだ。


  ……が、目的の扉の前に誰かが居ることに気づき、ピタリと足を止める。


「……何故君まで居るのかな?」


「あ、お帰りー。二時間くらい前にルビーから『お兄様、お二人に遅れを取ってはなりません!』とか何とか言われてフローラの部屋に行けって部屋から閉め出されちゃったんだけどさ、一応行ってみたらフローラの部屋からは返事が無いし、部屋にはルビーが待ち構えてるから帰れないし、二人とも部屋に行ってみたら居ないからさ……」


  『だから、一番早く帰ってきそうなフライの部屋の前で待ってたんだ』と、邪気もなく笑うクォーツにがっくりと肩を落とす。なんなんだ、自分達の間には、暇な夜は自分の元へ来ようと言う暗黙の了解でもあると言うのか。


「……本当、暇かよ……!」


「だから暇だってさっき言っただろうが」


「だからって!僕を巻き込まないで貰えないかな!!」


  もう色々と限界で、声を荒げた自分を二人が驚いた顔で見ていた。

  一瞬申し訳なくなったが、でも元を正せば彼等が悪いのだと、腕を組んでそっぽを向いてやる。


  しばらくの沈黙の後、最初に諦めたのはライトだった。


  『わかったよ』とだけ呟いて、しゅんと落ち込んだ様子で帰っていく姿を極力見ないようにした。罪悪感など感じてやるものか。


  しかし、そんなフライの気持ちを知らないクォーツが、去ろうとしたライトを呼び止める。


「……っ、ちょっと待って!ライト、よく見たら顔色酷いよ、どうしたの?」


「ーー……!」


  クォーツの問いに曖昧に笑って誤魔化すその顔を見れば、なるほど、確かに血色が悪い。ライトが明かりとして出してくれている炎が赤色系なせいで照らされる自分たちも若干赤らんでいるせいで、注意深く見るまで気がつかなかった。


「…………はぁ、仕方ないな、もう。入るなら入れば?」


  扉を開け放してやると、二人の表情が一気に明るくなるのに笑ってしまう。


  予定変更だ。考えてみれば、自分は己の恋心すら否定している癖に偉そうな事を行ってきたその憂さをまだ晴らしていないし、ゲームでコテンパンにしてやるのも悪くないだろう。


  決してライトが心配になった訳じゃないが、二人を部屋へと押し込んだ。


「……だーっ!お前、いつもに増して強すぎないか!!?」


  そうと決めたら即行動に限る。いつもは敢えて一ヵ所隙を作り、そこに相手を誘い込んでからジワジワ苦しめる戦法を取るのだが、今日はどのゲームも初めから手加減無用で叩きのめしてやった。とりつく島もなく敗北したライトが、ガシガシと頭を掻きながら悔しそうにしている姿に、少しだが気分も晴れた気がする。


  10回目の再試合の頃には、顔色もずいぶんと良くなっていた。


「で?結局君が見た悪い夢って何だったの?人を寝つけない暇潰しに巻き込んでるんだし、話さないとは言わせないよ?」


「あれ、ライト寝つけないの?寝る前は昆布茶とか飲むと良いよ、温まるから」


「渋いな!いや、本当対したことじゃないからさ。ただの夢だし……」


「その悪夢を見た結果、彼女に会いに来たって言う点が僕は気になって仕方がないんだけど」


  ライトを問い詰めているフライの言う“彼女”が、誰の事を示しているのか位、クォーツにもわかっただろう。

  にこやかな雰囲気は消え、フライと同じように真っ直ぐにライトを見つめる。


  二人ぶんの視線に晒され、観念したようにライトが肩を竦めた。


「……自分でも、何であんな夢見たんだかわからないんだけどさ」


  肩を落としたまま語られる、その悪夢の内容に絶句した。

  十字架に張りつけにされた彼女によく似たが、狂気にかられた人々の手で火炙りに処されると言う、冗談じゃないその内容に、自分も、クォーツも、何も言えない。

  ただ、ライトが何故フローラに会いに来たかは理解が出来たので、それ以上は問い詰めはしなかった。


  しかし、それにしても何の脈絡も予兆もない悪夢だ。一体何が原因だと言うのか。


「また突拍子もない、縁起でもない夢を見たものだね」


「あぁ……、本当にな。なんか、端からそれを見てるただの夢じゃなくて、自分がその場の一員として見せつけられてる感じだったから、精神的にちょっと来ちまってさ」


  別段責めようとして言った訳ではなかったのだが、自分のその言葉にライトの瞳が陰ってしまったのには焦った。

  同じように慌てた様子のクォーツが、『で、でも“似てる人”だったってだけでフローラが殺される夢だった訳じゃないんでしょ?』とフォローの言葉をかける。そのクォーツのフォローに、自分も乗っかった。


「そうだよ、突拍子もないただの悪夢でしょ。予知夢や過去夢の類いで無いし、そんなに気に病むことないさ」


「……あぁ、そうだな。ありがとう。よし、じゃあもう一戦やるか!」


「えー、まだやるの?いい加減寝たいんだけど……」


「何言ってるんだ、勝つまでやるに決まってんだろ」


  元気になったのは良いが、どうやら寝た子を起こしたらしい。

  『じゃあ僕も!』とクォーツまで乗ってくるので、もう今夜は寝れないなとため息交じりに微笑んだ。


「わかったよ、二人まとめてかかってくれば?」


  二人に『生意気な!』なんて笑われて、結局夜通しゲームして。

  結果三人で寝坊したのはまた別のお話である。


    ~Ep.232 眠れぬ夜に~


「あれライト、その掌どうしたの?火傷みたいになってるけど」


「え?おぉっ、どうした!?」


  もう何試合やったかわからず、疲れ果てたフライが先に寝入った頃、ゲーム盤を片付けようとしたライトの右手を指差してクォーツが言った。


  自分でも見てみれば、範囲は小さいが確かに掌の一部が火傷の痕で変色していた。理由を聞かれても、思い当たる節がない。


(今日右手で触れたものっていったら、このゲーム類と……あ)


  そう言えば、フローラを壁に追いやっていたフライの腕を掴んだのがこちらの手だったと思い出して、無事な方の左手を寝ているフライの額に当てる。

  そんなライトの行動に、らしくもなくクォーツが呆れの交じった声で呟いた。


「いやぁ、人間が火傷するレベルの発熱してたら、フライとっくに死んじゃってるんじゃないかな……」


「……だよな。でも本当、何だろうなこれ」


  クォーツに突っ込まれ、それはそうだと自分も笑う。


  痛みもしないその傷の、原因は結局わからなかった。



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