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Ep.229  その心は鏡合わせの様に

  『愛してる』そう言い残された言葉は愛しい彼への最後の告白だったのか、それともこんなにも理不尽な処刑を受けて尚、世界を愛そうとした慈悲だったのか。

  それはフローラにはわからない。ただただ、涙が止まらなかった。


  十字架に灯された業火に飛び込もうと三日三晩暴れては人間達に押さえ付けられ、もう立てない程に痛め付けられた騎士の青年が、灰と化した十字架の前で泣き叫んでいるのだから、尚更である。

  アニメでみた処刑のシーンとは衝撃が違う。これは、紛れもない現実の出来事だから。


「……よしよし、泣かないで」


  ザリザリした小さな舌で、ブランがフローラの涙を舐め取る。腕の中と頬に感じる温もりに、一人じゃなくて良かったと思った。


  だからこそ、土砂降りの中もう立ち上がる気力もないあの騎士にも、誰かが側に居てくれたらと思う。

  しかし、彼と巫女の仲間である他の2人は、巫女の処刑の少し前に、善良な側の人間達を安全な場所へ運ぶ旅に出たばかりであり。巫女の処刑が行われたのは、たった一筋の細い道のみで大陸と繋がった、小さな小さな島のような場所であったから。


  処刑も終わり、道が閉鎖されたこの場所に今、訪れる者は誰も居ない。

  しかし、雷鳴が一瞬辺りを照らしたその時、騎士の淀んだ瞳に黒い爪先が写り込む。


  フローラとブランも、まさかの人物が現れたことに瞠目した。騎士の前に手を差し伸べたのは、件の魔族の青年だった。


《聖なる力が大きいほど、元の心根が清らかな程に、堕ちた時に生じる歪みも強大になる》


「……っ!」


  つまり、あの魔族は騎士を唆しに来たのだ。

  天使のような甘い顔をして、更なる絶望へと追い落とす為に。


  鳴り響く雷鳴と豪雨の音のせいで、会話はまるで聞き取れないが、しばらく話し込んだ後、騎士のボロボロの手が、差し出された青年の手を掴んだ。


「ちょっと、あれ……マズイんじゃない?」


  ブランの言葉に、自分も息を呑む。まさか、誘惑に負けてしまったのだろうか。


  不安なまま見守るフローラ達の前で、顔をあげた青年を見た騎士の瞳に力強い光が宿る。そして、白銀に輝くその剣で青年の身体を突き刺した。


  爆発的に広がる力が、光の糸となり陣を紡ぐ。それは、闇に堕ちた者を封じる力だ。


  魔族もこれは予想だにしなかったのだろう。悔しそうな、哀しそうな何とも言えない表情をしていたが、もう遅い。


『お前らの力を借りる気はない。彼女に幻滅されるのは……死ぬより御免だ』


  それまでほとんど聞き取ることが出来なかった騎士の言葉が、そこだけは確かにハッキリと響いて。幾重にも広がった魔法陣が、まるで花の蕾のように閉じながら魔族の青年を取り込んだ。

  最後の抵抗に青年が放つ赤黒い雷が、大陸と島を繋いでいた唯一の道を破壊する。


  円形の大陸の中央に、ポツリと残された小さな島。その地形に、確かに見覚えがあった。


『私を滅しても手遅れだ。一度染み付いた汚れは消えはしない、歴史は必ず繰り返すぞ』


『ーー……っ』


  完全に光に閉じ込められる直前、そう言い残した世界で最初の魔族。その胸倉を掴み、騎士は何かを言い放つ。反論したのか、それとも肯定したのか……。表情が見えなかったので、そこまではわからなかった。

  ただ、辺りの景色すら見えなくなるほどに輝きを増した剣のお陰で、騎士が最後の力を総てその刃に籠めたことだけは理解できて。


「ーーっ!!!」


  とうとう開けていられなくなり反射的に目を閉じるその一瞬。最後にフローラ達が目にしたものは、黒石に突き刺さるボロボロの聖なる剣であった。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  次に目を覚ました時には、再び水の中だった。


「我々が知る歴史はここまでだ。騎士の最後の勇気で初代の魔族は封じられた。それにより、我々は聖霊の森と人間界との行き来を封じる事が出来たが、同時にそちらの様子をしる為に巫女達に与えていたこの鏡の映像も、一切見られなくなってしまったのでな」


「じゃあ、巫女様とあのお仲間の方々のその後は……」


  いつの間にか目の前に立っていた聖霊王夫妻が、麗しいその顔に憂いを乗せる。


「一切わからん。騎士に与えた剣の力も、封印で使い果たされた。指輪だけは後に見つかったが、他の2人に与えた武器は気配すらなく何処かへ消えた。持ち主の生死すら、申し訳ないが検討もつかん」


  その事実に顔を伏せたフローラの腕の中から、『質問なんだけど』とブランが前足を挙げた。


「どうした?」


「今、王様はあの鏡も完全に力を失ったって言ったじゃないですか。じゃあ、今僕らがこうして王様達と話せてるのは何でなの?」


「あぁ、そうだった。その説明がまだであったな……。先程話しただろう?我々の、聖なる力の源は人々の信仰心や、感謝の想いだと」


  優しく微笑んだ聖なる王が、フローラの指にはまる指輪をそっと撫でた。


「新たな巫女もまた、人々を救うためにこの力を使ったのだろう。その善行が力となり、鏡に僅かに残っていた我々の力と共鳴したのだ」


「???善行……?」


「何でフローラが首傾げてるのさ、よくこっそり怪我した子とか治してあげてたでしょ」


  呆れた口調のブランに言われ、ポンと納得して手を叩く。

  趣味の延長のようなものだったのだが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。


「巫女の力の籠った指輪、指輪と対となる鏡に加え、あの屋敷に集められていた装飾品はどれも微量ながら我々の力を帯びた物ばかりだ。その事もあり、再びこちらと人間界とで話す事が出来る位には鏡が再生したのだろう」


「アイナちゃんのお父様の目は節穴じゃなかった!!!じゃあ、今後も何かあればあの鏡を通じてお話が出来るんでしょうか?」


「いや……すぐには難しいだろうな。鏡に関しては、今回巫女に歴史を見せる為、随分と力を使ってしまった。過去を直接見せると言うのは、それこそ、側にいる他の人間にも多少なりとも影響を与える程の強力な術なのだ」


  だから、また再び通信に使うにはしばらくの補填期間が必要なのだそうで。

  『残念だねぇ』とブランと話しているフローラを見て、聖霊王夫妻は顔を見合せ微笑む。


  彼女の資質なら、そんなに間を開けずともまたすぐに力が貯まるだろうと。

  しかし、今は流石にもう時間が無さそうだ。聖霊王夫妻とフローラ達の間に、細く深い溝が広がっていく。


  声すら届かなくなる寸前で、妻の肩を抱いた聖霊王が思い出したように口早に語りだした。


「世界に最初に現れた魔族は、今尚封じられたままだ。だが、知っての通りその種族は滅ぶことなく少しずつお前達の世界に魔の手を伸ばしている。恐らく、初代の封印を解くために」


  そして、その封印を解くには、強い聖なる力を持つ者を何らかの形で汚さなくてはならないと言う。

  その生け贄に最適なのは、“巫女フローラ”に他ならない。しかし……


「……オーヴェロンの支配を掻い潜り人間界へ潜り込めるのは、闇の力も弱い下級の魔族達。彼等に、巫女を汚す程の力はありません。だからこそ、かつても彼等は巫女と同じ“人間”を使い、……あの子を、殺したのだから」


  つまり、実際狙われるとしたらフローラより危険な立場の者が居るかも知れないと言うことだ。


  一筋の涙が、聖霊の女王の頬を伝う。そんな妻を抱きしめ、真剣な眼差しの王が指を鳴らす。瞬間、辺りが淡い緑色に変わった。


「かつての英雄達の血は、恐らく途絶えたと見て良いだろう。しかし、気を付けよ。確かに歴史は繰り返す。復讐を望む魔族達は、騎士の波長に似た人間を、長いこと探し続けている」


「封印を解く、生け贄にする為に……?」


「その通りだ、未だにそんな者は見つかっては居ないがな。そしてあの騎士は憎しみに堕ちず踏みとどまったが、白が黒に変わるなど……ほんの一瞬の出来事だ」


  崩れ行く空間の中、聖霊王の白き結界に包まれたフローラとブランの周りに浮かぶ、黒い小さな影。


  丸く浮いているその影は、さながらオセロのコマの様だった。


「お前達の周りに潜む闇は3つ。その事を忘れぬ様にな」


「3つの影……。それって……、ーっ!」


「ブランにはもう一つ話がある。巫女は先に帰りなさい」


  最後の忠告と同時にブランだけがフローラの腕から聖霊王の側に浮かび、同時に完全に水鏡の世界が崩れ落ちる。


  ふわふわ浮いている感覚だった足が地面に着いてシャボン玉の様な結界が弾けた時には、フローラは大きな木の根本に立っていて。


「フローラ様……、ずいぶんと不思議なご登場ですな」


  不思議と言いながらあまり驚いた様子のないアイナの父に、その瞬間を目撃されていたのだった。


    ~Ep.229  その心は、鏡合わせの様に~




  

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