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Ep.227 水の鏡が写した歴史  《後編》

最後に残酷な描写があります、ご注意ください(´・ω・`)

  自分の口から溢れた吐息が丸く散らばり、光を反射して流されていく。


(何ここ、またオーヴェロン様の結界の中……?)


  見るからに水中のようだが、息は出来る。元が猫のために水が嫌いなブランも、特に焦った様子はなく平然と辺りを眺めていた。


  そんな中、澄んだ水の先で揺らめく泡の向こうに見えてきた景色に気付いたブランが、尻尾でフローラをつついてそちらを見るよう促す。


  フローラがそちらを見た時にはブランが見ていた泡は既に消えてしまっていたが、代わりに一際大きい気泡がゆらりとこちらに近づいた。興味が湧いて覗き込むと、泡の中に閉じ込められるようにしてひとつの世界が写し出されていた。


  幹も葉も白く輝く木々に囲われた、神聖な場所。今よりも景色は古いが、間違いない。


「聖霊の森だ……」


《その通りだ。もう随分と昔の景色になるが》


「オーヴェロン様!あれ?居ない……」


《すまんな、そこは我々の記憶を元に造った水鏡の中の幻影世界だ。声は届くが、姿までは見せられん》


  声は聞こえても姿は見えず。

  そんな異質な空間の中、フローラが今しがた見ていた泡がパチンと弾ける。中に写し出されていた世界は、そのままフローラ達の足元に“現実”として写し出された。航空写真のように、空高い位置から地上を見下ろしているような感覚だった。

  そんな古の世界の天から、聖霊の王が語りだす。


《かつて、我等の中に聖霊と魔族等と言う隔たりはなかった》


  確かに、今見ている聖霊の森は、魔族が暮らしている筈のエリアにも黒い魔力は無く他の場所と相違無い景色が広がっている。

  一通り眺めてからふと真下を見ると、何の前触れもなく小さな魔法陣が現れた。そこに向かい、一人の聖霊が飛び込む。と、同時に世界が切り替わった。

  今よりも造りはレトロだが、明らかに人為的に造られた小さな家が立ち並ぶ場所……。


「人間界だね」


「うん」


《あの聖霊は人間との契約に呼ばれたのだ、見てみよ》


  促されるまま見ていると、痩せ細った老人が魔法陣から現れた聖霊に手を組んで何かを頼んでいる場面で。聖霊が頷き片手を振ると、老人の家の周りにたくさんの果実を実らせた立派な木々が生えた。

  まるで果樹園のようになったそこに、老人に負けず痩せ衰えた村人達が群がっていく。


「なに、あれ。皆ボロボロだよ、可哀想……」


「飢饉よ。今みたいに安定して作物が国に行き渡るようになるよりずっと昔の世界なんだわ。あのお爺さんは、村人が飢えないように聖霊に食べ物を頼んだのね……」


  ブランにそう答えていると、老人が聖霊に礼を述べて何かを差し出していた。どうやら、蚕のまゆの糸で織った布……所謂シルクのようだ。


  それを受け取り微笑むと、聖霊は森へと帰っていった。


《これがかつての人間と聖霊の関係だ。些細な望みを叶え、人間からは感謝の思いを受けとる。たったそれだけの、なにも複雑でない世界だった》


  飢饉の村を救うことが些細かは別として、言いたいことはわかった。かつての人間達が聖霊に願っていたのは、飢え死にしたくないとか、行方不明の家族を探してくれとか、そんな切実な願いばかりで、叶えてもらった人々は心底嬉しそうに感謝を示している。


《我々の存在には、信仰心が必要だ。その点も踏まえて、この関係は実に合理的である……筈だった》


(……っ!私、この話“読んだこと”ある……!)


  聖霊達は自身の持つ力の範囲で人間を救い、救われた人間は聖霊に感謝し、彼等を信仰する。それは、非常にバランスの良い関係だった。そう、聖霊王の言う通り、もう戻らない過去形の時代。


「何で過去形なの?」


「……人間達が、聖霊への感謝を怠り始めたからよ」


  聖霊王が説明するより先に、フローラがそう答えた。その言葉の通り、早送りのように進んでいく世界の人々は、段々とその要求が“叶えられて当たり前”だと言う態度を取るようになっていっていた。


《人々の信仰の不足は、そのまま我等の存在の否定に繋がる。力の弱い者の中には、この時点で消滅した者達も居たのだ》


  苦味を、苦しみを、圧し殺したような感情のない声音で告げられた言葉を証明するように、フローラ達の視線の先で一人の聖霊が光の粒となって消えていく。消滅直前に見えた泣き顔は、飢饉の村を救ったあの聖霊のものだった。


  すっかり忘れてしまっていたが、こうして見てみるとフローラは確かにこの時代に読み覚えがあった。スピンオフに描かれた初代聖霊の巫女の物語。視点こそ人間側の書き方だったが、あれは確かにこの時代のことを示していたのだ。


  対価も払わず、感謝すらせず、要求ばかりが大きくなって……そんな時代、人間の欲深さに目をつけ、本来なら叶えてはならない、所謂“他者から何かを奪って叶える”類いの願いを扱い始める聖霊達が現れる。信仰ではなく、欲をそのまま吸収して。なんとか、消滅せずに済むように。彼等が悪い訳じゃないのに、ただ、生きるために手を汚したのだ。


《しかし、このままそれを許していては世界の理すら滅茶苦茶になる。何とか食い止めるべく信仰心が強い清らかな者を探し、選ばれたのが聖霊の巫女だった》


  人々が欲の沼に溺れていくそんな世界で、その少女は指輪と鏡を与えられた。それは、人間を救う為だけでなく、実際には聖霊の存亡を掛けた一計だったのだろう。


  実際、神聖な力を持つ聖霊の巫女の出現で、世界は再び安定の方向へと傾き始める。戦う力はなく、あくまでも癒しの能力者である少女を守るため、三人の騎士も現れた。

  人々は彼等を救世主と崇め、その更に上の存在である聖霊の尊さを思い出したのだ。


  森ごと透けるくらいに存在が危うくなっていた聖霊達も、巫女達の誕生後はまた安定した姿に戻っていく。聖霊王の作戦は、成功したかに思われた。


《しかし、甘かった。人間達との契約の形を変えさせておくべきだったのだ、あの事件で、手遅れになる前にな》


  そう囁いた聖霊王の力か、フローラとブランが見ていた景色が変わる。

  気がつくと、今にも倒れそうな小さな家の前に立っていた。窓から中を覗くと、そこには……


「……、女の人?」


  一人の若い女性が、聖霊を呼び出している所だった。

  お腹が大きい。妊娠しているようだが、その顔色は土気色だった。もう、死期が近づいていると、素人目にもわかってしまう色。


  契約により現れた聖霊に、その女性が何かを訴える。そして……


「……ーっっっ!!」


  女性の必死の訴えを聞き終えた白銀の髪の聖霊が、女性の胸を剣で、貫いた。


  飛び散る血飛沫の中、なぜか安堵するように微笑んだ女性の体から完全に力が抜ける。代わりに辺りに響くのは、聖霊が女性の体から魔力で己の腕に移動させた赤ん坊の産声。

  若き母親はその魂を対価とし、一度己の胎内で死した赤子の蘇生を願ったのだった。


《世界には、決して触れてはならぬ禁忌がある。死者の蘇生こそ、まさしくその禁忌だった》


  『だからなのだろうな、歪んだ力が生まれてしまったのは』


  その言葉を最後に、見ていた世界が黒く染まる。


  次に目を開けたその場所に、銀髪の聖霊は居なかった。


《漆黒の髪に、禁忌により光を奪われた者が手にした闇の力……。これが、魔族の誕生だ》



   ~Ep.227 水の鏡が写した歴史  《後編》~


『世界を歪めたその力。始まりは母の愛だった』







  

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