Ep.226 水の鏡が写した歴史 《中編》
《久しいな二人とも、元気そうで何よりだ》
「聖霊王様!!お久しぶりです、でも一体どうなってるんですか?これ、さっきまでただの枠だった筈なのに……」
腕の中でフローラと同じく唖然としていたブランに『だよね?』と聞けば、同意するように頷かれる。
《オーヴェロンで良いぞ、可愛らしい女の子に呼ばれるなら大歓迎……痛たたたたたたっ!!》
《久しぶりに人間界とコンタクトを取っていると思えば、貴方はいったい何を馬鹿な事言ってるの!!!……フローラさん、それにブランも、おひさしぶりね》
「は、はい、ご無沙汰してます。あの……、聖霊王様のこと思いっきり踏まれてますけど、いいんですか?」
《いいのよ、天罰だわ》
「寧ろお二人はそれを与える側の立場の方なのでは……!?」
聖霊王にその妻である女王。聖霊が強い加護の力を持つこの世界では、彼等の力は神に等しい。
(だからこそ、まだきっと知っていることはある筈……!)
「あの!私、聖霊王様にお尋ねしたいことが!」
《……何かは予想がつくが、名前で呼んでくれないなら答えんぞ?あ、可愛くおねだりしてくれたら尚……ぐふっ!》
《あら、ヒールが折れてしまったわね。寿命かしら》
恐らくその原因はピンヒールの踵で夫の脳天を蹴り飛ばした彼女にあると思うのだが、今それを指摘出来る勇者はここに居ない。
ブランと二人で青ざめつつ、鏡の向こうの聖霊王の頭にヒールが突き刺さって居ないことに安心したその時、同じようにこちらを眺めていた女王が柔らかく瞳を細め、呟いた。
《それにしても、随分と懐かしい物が出てきたわね》
「懐かしい……。と言うことは、やはりお二人はこの鏡のことご存知なんですね?」
《当然だ。それは私が造り、妻が聖霊と妖精の力を籠めた上で、かつての巫女に与えた物だからな》
「なんですと!!!?え、アイナちゃんのお父様すごい!!」
「ただのテンション高い中年じゃなかったね。……顔見せたら聖霊の延長種族である使い魔の僕なんか取って食われそうだから会うのはごめんだけど」
「あぁ、だから今日1日鞄から出てこなかったのね……!」
ブランのまさかの恐怖にそんな馬鹿なと笑いつつ、美しい細工の施された縁に触れる。
なるほど、言われてみれば確かに。繊細な彫りで表現されたその柄は、初めて出会った日に聖霊王夫妻が纏っていた服の柄によく似ていた。今の人間界ではあまり見ない、繊細で美しいが、華美ではない装飾が、見栄や体裁ではなく心を重んじる聖霊の本質をよく表している。
「これって、聖霊王様の……」
《名前で呼んでくれなきゃ返事しないプンっ!》
《……馬鹿、貴方子供にでもなったつもり?》
「あ、あはは……」
『嘆かわしいったら……!』と夫のワガママを嘆く女王だが、聖霊王自身は気にせずそっぽを向いたままだ。結局先に折れた女王からも『呼んであげてもらえるかしら?』と頼まれてしまえば、フローラに断る術はなかった。
恐れ多いが、せめて背筋を正し、姫の表情で改めて膝を折る。(とてもそうとは見えないが、)この世界で最上級の身分と力を持つ相手だ。
自分も、最大の礼を尽くして応じなければと思ったのだ。
「この度は、このような非常識時刻にも関わらずお相手頂き感謝いたします。オーヴェロン様、タイターニア様、今後、私達に迫るであろう危機を、闇を祓う為、私に魔族の事を、もう一度お教え頂けませんでしょうか?」
寝巻き代わりのワンピースで申し訳ないが、片手を胸に当ててしっかりと、膝を折る。
いつの間にか立ち上がって並んでいた聖霊王夫妻は、そんな小さく立派な姫の姿に、懐かしいものを見る眼差しで穏やかに微笑んだ。
そして一度頷くと、真剣な顔つきに変わった聖霊王が片手をあげ、こう宣言する
《良いだろう。この水鏡はかつて、世界を浄化せし英雄達との盟約の証として渡したもの。永き時を超して今、この者を新たな巫女と認め、我等の新たな契約者とする!》
「ーっ!ありがたき幸せに存じます」
その言葉が呪文だったのか。フローラの指に光る聖霊女王の指輪と、水鏡の縁の四つの大きな宝石が共鳴するように輝き出す。
《契約の祝いだ。鏡が写す真の歴史を、己のその目で見てくると良い。……何が正しく、その力で誰を救うべきか。》
『それは己で選ぶといい』
そんな優しい声と共に、足元が急に水面へと変化してフローラとブランはそこに吸い込まれる。
「フローラさん、失礼だが入るよ?……おや?」
何か緊急事態かと様子を見に来た家主であるアイナの父、ロイドは、もぬけの殻となった部屋にただ首を傾げるのだった。
~Ep.226 水の鏡が写した歴史 《中編》~




