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Ep.222 研究者は語りたい

  ズラリと並んだ見慣れない古い調度品に、ページは黄ばみすっかり端が擦り切れた蔵書の山。

  地震が来たら恐らくひとたまりもなく崩れ落ちるであろうその山の中心で、男は瞳を輝かせて語る。


「そもそも聖霊の伝説と言うものはことのほか歴史が深く、今尚各地に名前が残る聖霊の巫女様の話は勿論、この大陸にある四大国の設立にも携わっていたと言う話があるのだよ。初めは強い癒しと浄化の力を持つと言う聖霊に妻を治して貰えないかと始めた研究であったのだがね、調べるほど奥が深くて楽しくなってしまって。今やすっかり生き甲斐となってしまったよ!!」


「お父様、お願いだから落ち着いて!!!」


「何故だい娘よ。わざわざ四大国の王家の皆様が揃い踏みで私の研究成果を聞きに来て下さったんだ。ようやく時代がお父様に追い付いたのだよ!!あぁそうだ、手土産に一人ひとつ、この部屋の聖霊の研究中に発見した調度品をお土産に持っていって頂こうか!」


「聖霊の巫女様自体実在の方かもわからないんでしょう?そんな如何にも価値の無さそうな物をクォーツ様達に押し付けるのは止めてったら!!!」


  アイナが父にそう訴えた瞬間、『ここに居るけど!?』と全員の視線がフローラに向いたが、当のフローラはお茶請けに出されたサブレを頬張りつつ、男性の話から得た情報をノートにまとめている。

  そんな呑気な娘が聖霊の巫女だなどとは夢にも思わない親子の喧嘩は続いて……。


「物の価値はその持ち主自身が見出だすものだぞ娘よ!」


「喧しい!!お父様がそんなだから執事だけを残して他の従者達が皆出ていっちゃうのよ!」


「安心しなさいアイナ、あれは彼らが自らの意思で出ていったんじゃない。我が家が給金を払えなくなったので新しい勤め先を紹介したんだ。あぁ、退職金がわりに彼らにも聖霊に纏わる蔵書を一冊ずつあげたんだ。皆俯いて肩を震わせながら喜んでくれてよかったよかった!」


「尚更安心出来ない!!それ絶対皆怒ってたか笑ってたかの二択よ!」


  父娘の漫才の切れ目、アイナがそう叫んで一瞬静まり返った部屋で、フライがポツリと呟いた。


「ねぇ……、僕たちがここに着いたの何時だったっけ」


「確か、港に着いたのが9時頃だったから……お屋敷に着いたのは10時過ぎじゃないかな。ねぇ、ルビー」


「そうですわね、お兄様。このお部屋には普通の時計が置かれていないようなので、現在の時刻はわかりませんが……」


  そうしてルビーが見た先を全員で見ると、そこに有るのは有名な聖霊の名を時間の代わりに使用した珍しい柱時計があった。……が、もちろん誰にも読み方はわからない。


「あっ!私懐中時計持ってきたよ!えっと、今はね……あ、あれ?蓋が開かない……」


「ポケットに入れてて歪んだんじゃ無いのか?ほら、貸してみな」


「ーっ!あ、ありがとうお願いします!……でも本当に固いから無理に抉じ開けると危ないかも」


「何でそんな離れてんだ?大丈夫だろ、これくらい。……あっ」


  あの夜会の日以来、ライトに不意打ちで近づかれると顔を見られないようになってしまったフローラが、赤くなった顔を隠すように数歩離れる。

  その弾かれたようなフローラの動きに怪訝な眼差しを向けつつも、ライトは受け取った懐中時計の蓋を引っ張る。が、バキッと言う不吉な音と共に、小さな呟きが漏れたのはその直後の話であった。


「……ライト、今とっても嫌な音が」


「あー、開いた開いた。今14時だから、かれこれ四時間か。流石に研究者の話は長いなー」


「ライト、今の音は何かな?」


「……気のせいだよ、気のせい」


「いいから見せなさい!」


「あっ!馬鹿っ、止めろよ、壊れるだろ!!」


「もう壊れてるでしょ、絶対!!!」


「あーっ!いや、悪かったって!直したら返すから!」


「駄目!今一回見して!」


「くっ……!じゃあほら、取れるものなら取ってみろ!」


  大手を振って引き受けた分後に引けないのだろう。

  開き直ったライトが高く掲げた蓋の無い懐中時計に向かい何度もジャンプするが、身長差がある上にフローラのジャンプ力が壊滅的だったこともあり、全く手が届いていない。


「むー、お父さんの意地悪!!」


  本人は至って真剣なのだが、跳び跳ねる度に二つ結いにしたフローラの髪がふわふわと揺れて、ただの可愛らしいじゃれあいにしか見えない。二人とも金髪なこともあり、知らない人から見たら兄妹と間違われるくらいだろう。


「ほら見ろ、届かないだろ?」


「……ライト、大人げない」


「何とでも言え」


「本当、大人げないね。これくらいすぐ直せるんだから、無意味な馬鹿騒ぎは止めたら?」


「フライ!?お前っ、いつの間に……」


  飛び疲れたフローラが諦めて肩を落とした所で、二人のじゃれあいを感情の読めない目で見ていたフライがサッとライトの手から懐中時計を取り上げる。

  器用な手つきでフライが時計を直す様子に、『俺だってやり方さえ知ってれば出来た』と反発するライト。その子供のような姿に、少しだけ暴れていた心臓はいつの間にか落ち着いていた。もう、すっかり慣れた感覚である。


「……あの日はあんなにカッコよかったのに」


「何で毎回過去形なんだよ、それじゃ普段が駄目みたいで傷つくんだけど!ったく、フライにはそんなこと言わない癖に……」


「だってフライはいつも安定してカッコいいもん!」


  いつも優雅に、きらびやかに女性の理想を体現しているフライと違い、ライトは子供みたいな時と決め時との落差が激しい。……だから、カッコいい時は胸が痛くなるくらい素敵だとは、意地悪されたばかりでまだ怒ってるから言ってあげないけれど。


「……っ!だってさ、残念だったね?」


「うわぁ、惚れてる訳でもないのになんだこのフラれた感。……まぁ、良いけど」


  カチリとタイミング良く時計を直し終えたフライが、勝ち誇った顔でわざとライトに突っかかる。しかし、ライトは一言だけ不満そうに言い返しただけで、それ以上は何も言わなかった。


「おや、話は終わったかい?未来多き若人よ」


「あ、すみません!こちらから押し掛けたのに勝手に盛り上がってしまって……!って、クォーツ、居ないと思ったら一体何してるの?」


「いや、皆が騒いでる間に持ってきたい物があるから運ぶのを手伝ってほしいって言うから」


「すみません!父のせいでライバル同士の駆け引きにすら参戦出来なくさせてしまって本当にすみません!!!」


「……うん、ごめん。頼むから余計に傷をえぐらないで」


  いつの間にか部屋から消え、そして両手いっぱいに荷物を抱えて戻ったクォーツは、アイナにそう答えながら遠い眼差しでまだ言い合っているフライとライトを見ていた。


「……“ライバル”にすら、なれてないかもな、僕は」


「え?ライバルでしょ?よく授業でも試合でも競ってるじゃない」


「あはは、そうだね。ほらほら二人とも止めなって。取ってきた物の中から、好きなもの取って良いって言って下さってるから」


「……?」


  曖昧に笑ったクォーツに首を傾げるフローラを他所に、人当たりの良い笑顔でさっさと2人をなだめに行ってしまった。


(……気になるけど、言いたくないなら踏み込まない方がいいよね?)


「さぁさぁ、皆さん好きなものをどうぞ!こいつらは研究で集めた物の中でも特に聖霊かれらに関わりが深いと思われるものばかりですからな!」


「ーっ!」


「あ、あの、いらなかったら『要らない』ってハッキリと仰って頂いて大丈夫ですから……!!」


「アイナさん、叔父様も、ありがとうございます。お言葉に甘えて是非見させて頂きますね」


  まだまだハイテンションの父親と、恥ずかしそうに顔を背けるアイナの前にズラリと並べられたそれらは、初めからこの部屋にあったものよりも更に古そうで。

  人の指には小さすぎる指輪、ガラスケースに入れられた枯れない不思議な花、四大国のどの国にも存在しない古語で記された手帳に、白銀製の聖杯……。威厳を感じる物達の中で、“それ”が小さく、輝いた。











「……どうやら、久しぶりに巫女と話が出来そうだな」


  フローラがそれを手に取ったのと同じ頃。ここでは無い場所、同じだが同じじゃない世界のどこかで、男は静かに微笑んだ。


      ~Ep.222 研究者は語りたい~





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