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Ep.221 心を照らす想いの名

『その気持ちの正体を、無垢な少女はまだ……知らない』


  迎えに来てくれたクォーツ達にアイナが真っ先に行ったのは、自分がフローラに取った態度の説明と、その謝罪だった。

  想い人と、その人の妹であり自分の友でもあるルビーに自分の悪い部分を自ら話すのは、かなりの勇気が必要だっただろう。きっと、心から反省していなければそうは出来ない。

  震えるその肩を見守るしかなかったその数分間が、嫌に長く感じられた。


  だからクォーツが少し考え込んだ後、『当事者のフローラにちゃんと謝ったのなら、僕が怒ることはないよ』と微笑んだ時は心底安心した。


  しかし、その直後。フローラにドレスを素敵にリメイクして貰ったアイナが、謝罪の時以上に勇気を振り絞ってクォーツにダンスを申し込んだ際の『別に構わないけど、折角の機会だからどうせなら好きな人を誘えばよかったのに』と言う一言に、怒ったフローラの(指輪に込められたフライの力を借りた)風の魔力により、思い切り高く天にまで吹っ飛ばされたのはまた別のお話である。


  そして、その際フローラが叫んだ『クォーツの鈍感!!!』と言う台詞に後輩二人が『人の事は言えないでしょうに』となり、流れで恋バナが始まり、恋の話から愛へと話が逸れて。アイナの父が聖霊と魔族の研究を始めたのが、アイナの母……つまり、彼の妻の病を治すためだったと言う話になり。

  このままではマリンに対してこちらの聖霊や魔族のデータが少なすぎると悩んでいたフローラがそこに食い付き、今度アイナのお父様の研究について詳しく聞かせて欲しいとねだって、『近いうちに必ず』と約束を取り付けた頃。


  丁度目を覚ましたクォーツが、アイナとルビーを送っている際。手を振って見送ってくれたフローラに切ない視線を向けながら『君にだけは鈍感そうとは言われたくない……!』と心底嘆いていたあまりに哀愁ある背中に、アイナも自分の失恋より、彼の恋を応援したい気持ちになってしまうのも……仕方のない話だったのかもしれない。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんか、予想以上に怒濤の1日だったなぁ……」


  きっと何かしら起こるだろうと覚悟していたとは言え、やはり楽しい日になる筈だった日が騒ぎになってしまったのは少しだけ、悲しくて。


  ルビーとクォーツに連れられたアイナが無事に帰路につく姿を見送った後、裏庭のベンチに腰かけたフローラは、長い長いため息を吐き出した。もう舞踏会も終了の時間だ。自分も早く帰らなければと思うけど、沈んだ心のせいか、腰が重くて立ち上がれない。


「お、こんな所でサボりか?悪いお姫様だな」


「……っ!」


  そんな時、うつむいた先の地面にふと大きな影が射した。驚いて顔を上げれば、パーティーには最初の挨拶だけして不参加であった筈のライトが自分の顔を覗きこんで居る。


「ライト、不参加だったんじゃ……?」


「あぁ。でも今手が空いてるなら後処理には協力しろって、会長から呼び出されてさ。理不尽だよな。まぁ、揉め事の後処理位速攻で終わらせてやったし、ダンスも度が過ぎると疲れるだけだから不参加だったのは寧ろ好都合だったから良いけど」


  言いながら、ライトがフローラの隣に腰かける。そして、温かいその手でそっと自分の頭を撫でた。


「……何があったかはレインから聞いたよ、大変だったな」


  最後には、『お父さんが居なかったのによく頑張りました』と茶化されたが、シンプルで真っ直ぐなその労いと優しい手の温もりは、思いの外弱っていた心に染みて、ようやく肩から力が抜けた気がした。


(あれ……、何か、変な感じ……)


  撫でられている場所から、全身にじわじわと疼くような熱が広がって、心臓の辺りが強く締め付けられる様な感覚に、思わず両手で胸の辺りを押さえる。

  手のひらに伝わってくる自分の鼓動が、まるで他人の物のように全く自分の言うことを聞かなくなっていて。押さえ込もうとするほど反比例するかのように、どんどん激しくなっていくのがハッキリとわかった。


「ーー……さてと、もう会場の方も片付けは済んだだろ」


  胸を押さえて俯いたフローラが、まだ落ち込んでいると思ったのだろう。妙に明るい声音で喋りながら、ライトが隣から立ち上がる。


「あっ……」


「ん?どうした?」


「あ、ううん、何でもない!さぁ、もう遅いから帰ろ?」


  ライトの手が頭から離れていく瞬間、無意識に声を出していた。

  不思議そうに振り向いたライトに慌ててそう答えて、赤くなった顔を見られないよう早足で歩き出す。


「そう言えば、俺今日結局一度も踊ってないんだよな……」


  しかし、ライトはついて来ないどころか、遠い眼でダンスホールの方を見ながらそんなことを言い出した。

  今度はフローラが不思議で小首を傾げると、ライトが不意に自分に向けて手を差し出す。転んだわけでも無いのに、ますます意味がわからない。


「……?一体どうしたの?」


「いや、せっかくパートナーが居るんだし、一曲踊って帰ろうかと」


「さっきと言ってること矛盾してますが!?」


  踊るのは疲れるから嫌だったんじゃないのかと聞けば、『お前となら別に大丈夫』なのだそうだ。だからって、音楽すらかかっていないこんな場所で?と、躊躇うフローラに掌を向けたまま、優しく微笑んだライトが言う。


「それに、辛い出来事をその日の一番最後にすると、その日の思い出全部が辛い記憶になるだろ?だから、一曲踊って頂けませんか?」


  改まって優雅に申し込まれたそのダンスのお誘いは、他ならぬ自分の嫌な記憶を上書きする為の物。

  その思いやりが嬉しくて、自然と差し出された手に自分の右手を重ねる。


「えぇ、よろこんで」


  そう答えると、ライトは明るく笑って自分の手を握り返してくれた。


  伴奏も、ギャラリーも、きらびやかなシャンデリアも何もない中庭での、お遊びに近い、短い一時。

  だけど、今まで何十回ときらびやかな夜会で踊ってきた時よりも、この瞬間が一番楽しくて。


『恋をしていると、ただその方のお側に居られるだけで幸せになってしまうのです』


  ルビーと三人で恋バナをした際の、頬を薔薇色に染めたアイナから聞いたその言葉が、頭を一瞬過って消えていく。


(服装がいつもと違うせいかな?普段と同じ笑顔なのに、なんだかカッコよく見える……)


  月明かりすら射さない薄暗いその場所で見上げたライトの笑顔が、眩しくて苦しくなるくらいに輝いて見えるような気がした。



    ~Ep.221 心を照らす想いの名~


「なぁフリード、さっき帰ってくる時にフローラがまたぼんやりしてるからどうかしたか聞いたらさ、『今日のライトはカッコよく見えるな~と思って』とか言うんだよ、あいつ。これってさ……」


「ーっ!『これって……』何ですか?何か新たな発見がありましたか?」


  初めて学院内で行われた夜会から帰宅した主人が、着替えもせずに真顔で語り出したその話題に、瞳を輝かせた執事のフリードが食い付いた。

  わくわくした様子を隠さずに聞き返してくるフリードの顔を見上げ、至って真剣な面持ちのライトが言う。


「これってつまり、普段はカッコ良くないってことか?だとしたらなかなか傷つくんだけど……」


「~~っ、貴方その鈍さいい加減どうにかならないんですか!!」


  どうあってもとんちんかんな方向に行ってしまう主人を思わず叱りつけてしまったフリードが、同期の執事や先輩侍女から夜通し説教される羽目になったのは、フローラには関係のない話である。


「殿下がいつまでも女性を愛せないままでは、国の先行きが不安です。今は亡き母君様に、このままでは顔向けが出来ませんね……」


  だから、そんなフリードの愚痴の真相も、まだ、何も知らない。



  

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