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Ep.218 夜の庭園の秘め事

「あー、やっちゃったぁ!何様のつもりだったの私!!」


「え!?えと、強いて言うなら姫様なのではないでしょうか……?」


「律儀に答えてくれてありがとう!そして知ってた!寧ろこの間自分でそれ言った!!」


  頭を抱えて座り込んだフローラに、オロオロしながらもアイナが答える。その優しさが、羞恥に悶えるフローラには痛い。


「ふふっ、威厳ある立派な姿でしたよ、フローラ・ミストラル皇女殿下?」


「ーっ!!」


「フライ!も、もしかして、見てた……?」


「うん、『貴方達は私の品位が、どなたかにドレスの色や形を似せられた程度の事で奪われてしまうとお考えですのね』辺りからね」


「うわーんっ!今すぐ忘れてーっっっ!!!」


「いやぁ、忘れるだなんて勿体なくて出来ないなぁ」


  アイナと二人で振り向けば、柱に寄りかかりつつクスクスと声を殺して笑うフライが居た。よりによって一番恥ずかしい台詞を聞かれていた事に悶えるフローラを見つめるフライの眼差しは、優しい。


  じゃれるような二人を少し離れた場所から眺めていたアイナは、独り言のように、ポツリと呟いた。


「フライ様がこんな風に笑われるなんて……、お二人は仲がよろしいのですね」


「ん?あぁ、もちろん。婚約者だからね」


「きゃっ!もう、こんな時にふざけないの。アイナさんが反応に困るでしょ!」


「あれ、つれないなぁ。……ライトには平気でよく抱き上げられてるのに」


「え……?」


  いきなり肩を抱かれて驚きつつフライから距離を取るフローラに、空色の双眸を細めたフライが言う。

  人前でするようなことじゃないから注意しただけなのに、そこで何故ライトが出てくるのかと首を捻った。


「……殿下、おふざけも大概になさってください。早く対応を決めないと、また後手に回ることになりますよ」


「あぁ、そうだね。頼んだ物は持ってきてくれたかい?」


「はい、仰せの通りに」


「あ、貴方……!」


  僅かな沈黙を遮るように、薄暗い闇の中から足音もなく現れたその姿に瞠目した。

  艶やかな黒髪と銀のフレームに、鋭利だが整った相貌が際立った男の子。かつてフライへの劣等感と恨みに呑まれて暴走したが、自らの婚約者とフローラ達の温情で救われた、キール・アルヴァレスその人である。


「キール君が、どうしてフライと一緒に?去年の夏休み明けに、一度始業式後のホールでフライに謝罪と忠誠を誓ったっていう話は聞いてたけど……」


  そう、あの波乱の夏休み後、キールは一度、多くの生徒達の前でフライに膝をつき、非礼の謝罪と、許しを貰った感謝として忠誠を誓った。それにより、一時期落ちかけていたフライの権威も回復して今は寧ろ悪評が払われた反動から、女子だけでなく男子にまでフライの人気が爆発している訳だが。


「あの夏休みの間にフェザー殿下の取り計らいで姉に再会して、思うことがありまして。気づいてしまったんですよ、あの人にとっても、自分はただの“道具”だったと」


「…………っ!キール君……」


「同情も温情も必要ありません。あの時に、もう充分いただきましたから。ただ……自分の愚かさと、どれだけの温情で生かされたかを知りましたので。これからは、生き残る為に少しでも力のある方に使って頂こうかと思いまして。先程も、フローラ様が緊急事態でしたので殿下を呼んで参りました」


「まぁ、そう言うことだね。彼、意外と使えるし?」


  絶句したフローラを片手で軽く制して簡潔に答えたキールが、涼しげな眼差しでフライを見やる。その視線を受け、フライも黒く微笑んだ。


「えぇ。崖際に立たされたまま生き残りたいのなら、代わりが居ないほど優秀になるしかありませんから」


「君のその強かな所、嫌いじゃないよ」


「光栄です」


  短く言葉を交わす二人に、昔のような険悪さはない。


(寧ろ、意外と仲良しなような……?)


「……話が逸れてしまいましたが、今回の夜会の為の貸し出し用のドレスは、フライ殿下からの命で自分が発注を掛けました。そしてその際、フローラ様が水色を、ルビー様が橙色をお選びになったとは先に伺っておりましたので、その2色はただの一着もリストに入れておりません」


「えっ……?で、でも、私……」


  キールの言葉に驚きを見せたのは、静かにことの成り行きを見ていたアイナだ。

  そのアイナに視線を向けたフライが、キールの話を引き継いで言葉を繋ぐ。


「リストの内容は僕も一度目を通しているし、証拠である発注書控えもここにある。まず間違いないよ。だから、君に聞きに来たんだ。そのドレスを、誰から受け取ったのか」


  キールもフライに続いて、真剣な顔でアイナに視線を移した。

  タイプの違うイケメン二人に見つめられ、ボンッと赤くなったアイナがフローラの背に隠れる。

  可愛い後輩らしいその姿に、ちょっとキュンとした。


「アイナさん、大丈夫よ。ここでは誰も、貴方を責めないから」


  『ね?』と微笑むフローラに優しく背を撫でられて落ち着いたのか、アイナが『マリン様から、選んできたと手渡されました』と答える。

  小さな声だったが、彼女が勇気を振り絞ったことは充分、伝わった。


「やはりそうでしたか……。では、発注書だけでは証拠としては温いですね。彼女自身かなり賢しいですし、後ろ楯の数が多すぎる」


「あぁ、保管している衣装の中に似たようなドレスを紛れ込まされたら厄介だ。キール、取り急ぎ管理室に連絡を頼む」


「予想はしておりましたので、そちらの手配は済んでおります。なので、次はアイナ嬢が着ておられるドレスの出所を調べて参りましょう」


  何でもないことのようにさらりと答えているが、本当に優秀だ。驚いて固まるフローラだったが、フライにしっかり頭を下げてから立ち去ろうとしたキールの隣に彼女が居ないことに気づいて、つい呼び止める。


「キール君!あの、ミリアちゃんはどうしてる……

?」


「ーっ!あぁ、そうだよね。気が利かなくてごめん、もし約束があるなら、調査の続きは明日に……」


「なりません、殿下。後手に回ることは即ち敗北を意味します」


  キッパリと言い放ったキールに、『しかし……』と言い淀んだフライは何故かフローラを見た。

  そんなフライの姿に小さく笑んで、キールは静かに踵を返す。


「ご心配には及びません、ミリアとは最初にきっちり踊らせて頂きましたし、事情は全て話してからこちらに来ました。もう自分は、本当に心に置くべき大切な人を突き放したりはしません」


「ーっ!」


  ミリアの名を語るときのキールの表情で、二人の仲が順調であることを悟る。


「……他人の事にはこんなに敏感なのに」


  瞳を輝かせたフローラにフライがこっそり嘆息したのを目の端に収めて苦笑しつつ、キールはしっかり一礼をしてその場から差って行った。


  再び静かになった夜の庭で、フライがアイナに向き直る。


「さてと、まだ君にも聞きたいことがある。フローラに、入学式初日に何か言ったそうだね。その理由は?」


「……っ、はい」


「ーっ!ま、待って!フライが何で知ってるの?」


「ブランが相談に来たんだよ、フローラについて色々妙な評判が立ってるって。ねぇ、アイナさん、君はその噂と言う名の中傷を誰から聞いたのかな?」


  鋭い眼差しに射ぬかれ、アイナが一歩下がる。フローラが間に入ろうとしたが、その前にしっかりと背筋を伸ばしたアイナが、二人に向かって頭を下げた。


「フローラ様が婚約者であるクォーツ様方をぞんざいに扱われているというお話は、マリン様と中等科の生徒会長様から伺いました。今思えば不自然な点も多かったのに、同じ生徒会役員として働かれているお方のお話だからと浅はかにも信じ込んでしまったのです。本当に愚かで無礼な行いでした、申し訳ございませんでした」


「アイナさん……」


「……成る程」


  一通り聞いて、いつも通りに戻ったフライがフローラに視線を向ける。

  『どうするの?』と言いたげなその表情に、フローラはただ微笑んで首を横に振る。アイナを責める気は無いと。そして、スッと会場の方へと視線を移し、近くの花壇に生えていた黄色いバラを指でなぞる。エスコート役であった、クォーツを示す色。


「まぁ、僕は当事者じゃないから、君の処遇はフローラに任せるよ。とは言え、あれほど周りから悪い意味で注目されてしまった君を一人にしてまた何か起こっても困るね。……君、ルビーの友達なんだっけ。クォーツとルビーを呼んでくるよ」


「え!?」


「うん、お願い」


「会場が広いから、探すのに30分はかかるだろうね」


  『時間あげるから、ゆっくり話しなよ』

  そんな不器用な優しさを言い残して、フライも居なくなった。

  フローラが振り向くと、アイナがピクリと肩を震わせる。


「さてと、じゃあお迎えが来るまでゆっくりしてよっか」


  敢えて怯えるようなその仕草には気づかなかったふりをして、ベンチに腰掛けたフローラが軽く隣を叩く。


「あ、でも、クォーツ様達が……」


「しばらくは来ないから大丈夫よ、さっきそう言ってたから」


「え?言ってました……?」


  不思議そうにしているアイナに、『阿吽の呼吸って奴よ』とフローラが笑うと、アイナも小さくだが声をたてて笑った。


「何かちょっと間違ってますよ、それ」


「あ、やっぱり?」


  もう、夜の庭に流れる風は冷たくない。二人でひとしきり笑ったあと、ポツリと呟いたのはアイナの方だった。


「私、クォーツ様をずっとお慕いしていたんです」



  切なさを滲ませたその声は、春風に乗って空へと消えた。



    ~Ep.218 夜の庭園の秘め事~





  

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