Ep.216 好きな色
見覚えがあるけれど、自分の足で立つのは初めての場所で見たその子の姿が、かつての自分と重なった。
「本当、礼儀のなっていない娘ですこと!ご実家が貧しいと、教養は愚か目上への礼儀を学ぶ暇もないのかしら」
空のグラスを片手にそう言い出したのは、先日フローラが脳天に花を咲かせてやった例の三年生である。
あの日から、数日授業にも出てこなかったと聞いたが、まだ反省には至らないらしい。
それにしても、アイナは一体何を責められているのか。理由がわらなくてはどうしようもないと観察していて、気づいた。
ベッタリと片側にジュースをぶちまけられた彼女のドレスの型や、身に付けている小物が、自分の着ているそれとよく似かよっている事に。
そしてアイナは正に今、その事に関して周りから糾弾されているようだった。
フローラは夜会の開始の際に、他の生徒会役員と共に壇上に姿を見せている。その時のフローラのドレスを記憶していた者達が、開会式後に会場入りしたアイナの服装に気づき、『姫様と意図的に似通った衣装を選んだ無礼』を叱っている……、と言うシナリオの様だが。
それを行っているのが、普段フローラを側で支えてくれる友たちででなく、ライトに叱責されて以降、フローラにだけはご機嫌取りを始めた彼女達なのだから、これはとんだ茶番である。
(……次はラフレシアでも咲かせてやろうかしら、某ゲームのキャラみたいで可愛くなるかもだし。なんて、冗談言ってる場合じゃないか)
自分へのご機嫌取りの為だけに一人の少女が多勢に無勢で責められているこの状況、見過ごせない。
(それに、これがゲームイベントを参考にした私への“罠”なら、却って好都合かも)
そう思い、わざとヒールの音を響かせ一歩踏み出したフローラに、全員の視線が一瞬で集まる。
「皆様、ごきげんよう。こんな素敵な夜に、いかがなさいまして?」
「ーっ!丁度良かったですわ、フローラ様、あの子をご覧になって!!」
「あ、わ、私……!」
フローラの姿に『渡りに舟』だと言わんばかりに、アイナを囲んでいた面々が口々に、『無礼だ』なんだと騒ぎ出す。
突然現れた恋敵の姿を今日初めて目にしたであろうアイナは、ただでさえ白かった顔を更に青白くさせて、己の姿と目の前に立つ美しき姫君を見比べた。
「待って!その子を責めないであげて下さい、フローラ様!」
周りは好奇心からただ見ている者がほとんどだが、中には高位貴族に些細な理由で叱責と言う名のいじめを受けているアイナに同情的な眼差しで成り行きを見守る者達もいて。
ある意味全ての審判を下す権限をもつ当人がそこに現れたことで、周りの声が嘲笑と雑談から一転。固唾を呑んで誰もが口を閉ざしたなか、可愛らしく声を上げてフローラとアイナの間に立ちふさがったのは、左右に生徒会役員の先輩男性を引き連れたマリンである。
「ごめんなさい!私がドレス選びのときにうっかりフローラ様の衣装が素敵だったって話したから、きっと羨ましくなっちゃって真似しちゃったんだと思うんです!!私と好みが似てるから、この子もきっとそう言うの好きだろうなと思って……」
両手を広げるマリンが張り上げたその声が、アイナを庇うと見せかけて留目を刺す。
そこまではただの憶測であった事が、マリンの言葉により『意図的に真似をした』のだと宣言されたのだ。これにより、もうアイナは言い訳が許されない立場になってしまう。
(やっぱりこの子の仕業か……)
絶望したようなアイナの眼差しは、誰もが息を呑み見つめているフローラではなく、あたかも悪役から友を守るヒロインのように凛と立つマリンの方に向けられていた。それが何よりの証拠だ。
(本当、悪趣味なことするわね)
ため息交りに小さく頭を振ると、周りの空気が更に固く張り詰める。きっと、アイナがフローラの怒りを買ったと、皆が皆そう思っているのだろう。
そして、そんな嫌な空気の中、ほんの一瞬口角を上げるマリンはきっと、自分が怒りをぶつけてくるのを待っている。
嫌な場面は代役を立てて、美味しい所だけ貰うつもりなのかと思うと、心底吐き気がした。
『アイナと好みが似ているから』と言い訳していたが、マリンが着ているドレスは濃い緑色に、赤と黄色のバラがついたどぎついデザインで。はっきり言って悪趣味だった。
ひとつひとつは質の良いものなのだろうが、魅力が反発しあってゼロになるどころかマイナスに傾いているように見える。
(それでも、あの三色は譲れなかったのね。このイベントの為に)
ゲームでの交流夜会イベントは、好感度には特に影響はしない。
ただ、ヒロインが貴族社会でのルールを守らず、最初の一曲を婚約者と踊る前の男性にダンスを申し込んだ為に悪役姫であるフローラに叱責され、口答えをした為に取り巻きの一人からドレスにジュースをぶちまけられる……と言う、定番の意地悪シーンから始まるもの。しかも、恋愛イベントではなくプロローグの一貫なので、その場では誰も助けてくれないのだ。
ただ、そのイベントの開始前にヒロインが選んだドレスの色で、赤ならライトが、緑ならフライが。そして、黄色ならばクォーツが。
その場から泣いて走り去るしか出来なかったヒロインを偶然見かけて、励ましも兼ねて一言、ドレスを褒めてくれるのだ。『自分の好きな色』だと。
「ーー……」
だけど、と、今にも泣き出しそうなアイナの姿を見る。彼女のドレスは水色なのに対し、センスはともかく、三人の皇子達の色をしっかり身に付けているマリン。誰が来ても大丈夫だと、きっと思っているのだろう。
嘘を吹き込み、身代わりにして、その上で、黄色を選ぶ選択肢を与えなかったのだ。彼女が、クォーツを思っていると知りながら。
……アイナがもしそれで黄色を着てきたら、生け贄に出来ないから。教えてあげていたら、ちょっと位、アイナだって救われたかも知れないのに。本当に、底意地が悪い。
「……っ、フローラさん、マリンの優しさに免じてここはっ」
マリンを無視して、アイナを目指して歩きだしたフローラに、マリンは小さくほくそ笑み、会長が非難的な声を上げる。
周りのざわつきも何もかも無視して、アイナの薄紫の瞳を覗き込んだ。
びくりと肩を跳ねさせたアイナの瞳に、優しく微笑んだフローラが写る。
そして、フローラは自分のドレスの裾を指先で弄りながら、アイナに初めて声をかけた。
「ねぇ、アイナさん水色好き?」
「え!?い、いえ、はい……好き、です」
「そっか。私も好きなの、お揃いね!」
反射的に答えたであろうその言葉に心底嬉しそうに笑って、フローラはそう答えるのだった。
~Ep.216 好きな色~




