Ep.213 纏う物のちから
後半がアイナ視点入ります、ご注意ください^^;
普段は淡い色を好むフローラが着るには少々カッコ良すぎる、ワインレッドの天鵞絨製ガウン。
最近では一番のお気に入りとなっているそれは、袖を通すとダボッと隙間が空いて布がたわむ位に大きい。元々自分の物では無かったものなので、当然と言えば当然だ。
「またそれ着てるの?好きだねぇ」
「だって、これ着てると何か落ち着くんだもん。肌触りが良いからかな?」
「確かに天鵞絨は肌触りが極上ですし、ミストラルでは手に入りづらいものなのでお気に召したのはわかりますが、だからって皇女ともあろうお方が他国の皇子様に私物の譲渡をねだるだなんて……」
「ね、ねだってないもん!返しに行ったらライトがくれるって言うから……!!」
嘆かわしい、と首を振るハイネに、顔を赤くしたフローラが反抗する。
そう、フローラが部屋着がわりに着ているこのガウンは、昨年聖霊の森に行ったあの日の夜、ブランにからかわれたライトが脱ぎ捨ててフローラの腕に押し込んでいった例のあれてまある。
あの翌日、朝目覚めると自分が全く見覚えのないそれを抱き締めて眠っていたことに気づいたフローラは、一部始終を見ていたハイネとブランに事情を聞いてちゃんと返しに行ったのだ。しかし、その時のライトが発熱中で移したくないと扉越しにか会話をしてくれくて直接渡せなかった事と、感謝を述べる際に天鵞絨の手触りをフローラが褒めた事で『気に入ったんならやるよ』と言われ、お言葉に甘えて貰ってしまったのだった。
「で?それを着て布団に入ってるってことは、また何か不安なことでもあるの?」
「うん、昼間聞いた、今月末に行われる舞踏会のことでちょっとね。今回は順番的に私のエスコートをしてくれるのがクォーツな上に、このタイミングでの学院内でのパーティーって言うのがちょっと引っ掛かっちゃって。折角アイナさんのこともちょっとわかってきたのに、またこじれたら嫌だな……」
「あぁ、クォーツに恋してるって言う例の後輩?」
「そうそう。クォーツがアイナさんをどう思ってるかもわからないから、舞踏会であの子や他の子がクォーツにダンスを頼みに来たときにどう反応すべきかもわからなくて。もちろん、交流目的の舞踏会だから躍るのは全然良いと思うけど」
「……まぁ、婚約者が三人とも来てるパーティーなら壁の花になる心配だけはないね」
「ふふ、そうね。じゃあ、難しい話はおしまいにして寝るよ。おやすみなさい」
苦笑しているブランに自分の不安をひとしきり話すと、段々と頭の中がふわふわしてきた。容量オーバーな考え事をすると眠くなってしまうのは昔からだ。
(前だったら、不安な事を話してすぐに寝ちゃうと嫌な夢を見たりしたけど……)
今日は穏やかな気持ちで、ハイネが整えてくれた布団に潜り込む。
このガウンを貰って以来、嫌な事があった日や悩みごとがある日、フローラは必ずこれを着て寝床に入るようになった。そうした日には、うつらうつらした夢の入り口で、優しい声が耳に響いて不安を吹き飛ばしてくれるから。
『お前はそれでいい。さっさといつもみたく幸せそうに笑って、損得考えずに優しくしてろよ、得意だろ。それに……そんなお前だから、皆お前が好きなんだ。仲間として、友達として、ちゃんと認めてる』
光も見えない闇の中で壊れかけていた自分の心を、太陽の様に温かく照らしてくれた、あの日のライトの言葉。
その声と一緒に、必ず抱き締められた時の感覚が蘇って……、幸せな気持ちで眠りにつくのだ。その安心感に少しだけ混ざった疼くような心臓の痛みだけが、どうにも不思議で仕方がないのだけれど。
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私は今、月並みな表現だが……手の届かない方に想いを寄せている。
私の家の身分では、その方が普段顔を出されているような夜会には出ることなどきっと一生叶わない。その上、あの方には婚約者が居る。万が一、同じ夜会に出席する事が叶ったとしても、彼女を差し置いて自分が彼に躍りを申し込むなど出来ないだろう。
一般的な婚約者のいらっしゃる身分の高い女性達を見ていればわかる。そんな無礼な事をすれば、怒りを勝って下手をすれば退学まで追い込まれ兼ねないと。女の悋気は恐ろしいのだ。……そして自分の中にも、その狂気は潜んでいるのだろう。
婚約者の立場を良いことに、彼女が仕事もあの方やあと二人の婚約者であらせられる皇子達に押し付けわがまま放題なのだと教えて貰ったあの日、あの人を手にいれておきながら、婚約者は彼を大切にしていないという事実で怒りと嫉妬に駆られた自分が行ったのは、あまりに浅はかで、身勝手な言葉の暴力だった。
しかし、今、あれは本当に事実だったのだろうかと気持ちが揺らいでいる。
どう関わったのかはわからないが、自分のクラスメイト達は、あの方が心優しく博愛で、天使のような方だという。
お慕いしているあの方の妹であり、私のたったひとりの友人のあの子に聞いたときも、彼女は嬉しそうに、あの女性の良いところを数えきれないほど語っていた。大好きな兄を奪う、憎き婚約者……だとは、あの子は思っていないらしい。
だが、彼女がどんな人間なのかはさておき、今考えるべきは生徒会主催の夜会……、新入生との交流を深めるために開かれると言う舞踏会についてだ。元々高等科の方で同じ催しがあると言うことで小耳に挟んだのだが、“交流”を第一に掲げるこの舞踏会だけは、婚約者の居る相手にも無条件で躍りを申し込む事が出来るそうだ。
(身勝手な夢かもしれないけれど、今回を逃したら私は一生、クォーツ様と踊れない……)
だから、どうしても、その舞踏会には出なければ。
しかし、夜会に向くような美しいドレスなど、もちろん持っていない。どうしようかと悩んでいたが、目ぼしいドレスがない生徒には、学院の用意した貸し出しの中から好みのものを選べると聞いた。
知ったのが遅かった為、用意されたドレスはもう減ってしまったかも知れないが……、それでも、彼に見てもらえる素敵な物を選びたい。
そう思いながら衣装部屋に入ると、中でドレスを手に取っていた人が振り返った。
「あら、あなたも借りにきたのね!」
「は、はい!先輩は、何故こちらに?ドレスなら、生徒会長方から贈られた素敵な物をお持ちでしょう?」
「えぇ、だから自分のは見てないわ。ただ、ドレスを選びに来てた子達にアドバイスをしてただけ。どうせなら、踊りたい相手の好みがわかってた方が選びやすいでしょ!」
そう言って笑うのは、入学式の日に迷子になっていた自分をホールまで案内してくれた二年生だ。元が庶民の出ながら、生徒会長をはじめ、多くの男子生徒と親しく、魔力も高いので一目置かれているらしい。男子の知り合いが多いから、そう言った情報を集めやすいのかもしれない。
あの方と婚約者の噂を詳しく教えてくれたのも、この先輩だった。
「アイナも、どうせならクォーツ様の好みにあったドレスが良いでしょう?見立ててあげるわ」
そう言い切った先輩が、初めから決めていたかのように迷いない手つきでドレスと小物を選んでいく。
初めから決まっていたかのようにあっという間に仕上がった一式の衣装は、自分の感性では到底選べなかったような素敵な装いとなっていた。
そちらに見とれていたからだろうか?ドレスを受けとる際、先輩の口元が一瞬薄く三日月を描いたのを、あの時私が見過ごしたのは。
~Ep.213 纏う物のちから~




