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Ep.212 父は辛いよ

  普段は無機質で味気のない仕事部屋に、今だけは甘く香ばしい香りが漂っている。普段は飲食禁止な部屋なのでお茶にはガーデンを使うのだが、今日だけは生徒会の先輩方の仕事を代わりに引き受ける約束で、特別に使わせて貰ったのだ。

  しかし、新生徒会役員の三年生達は実際にはあまり仕事を効率よく回せておらず、昨年からライトが早起きしてフォローに立ち回っていたので、寧ろ結果的な労力はあまり変わらないのだった。そして進級してからは、事情を知ったフライも毎朝のように一緒に仕事をしているので、人手も足りている。


  その為、貸しきりの生徒会室に集まるいつもの面々の心は穏やかだった。

  

  フォークで切るとサクリと良い音を立てるそれを口に運び、真っ先に感想を口にしたのはフライだ。


「うん、とても美味しいよ。後輩君達には一つずつ小さく焼いた物を配っていたみたいだけど、僕達の分は大きな型で焼いたんだね?」


「うん、どうせ皆で一緒に食べるんだし、大きなケーキとかってワイワイしながら切り分けて楽しむのも醍醐味かな~と思って!……あれ?私、一年生のクラスにもアップルパイ配って来たこと話したっけ?」


  きょとんとしてフローラが聞くと、フライは何も言わずににっこりと微笑んだ。その笑顔に何故だか背中に寒気が走ったので、それ以上は聞かないことにする。


  そして、寒気が収まらないので温かい紅茶でも入れ直そうか……とポットに伸ばしたフローラの手に、ポンと空になった皿が乗せられた。

  一瞬『ん?』となって顔を上げると、右手に会議資料、左手にはフォークと言うなんともアンバランスな物で両手を埋めたライトが期待の籠った目でこちらを見ている。皿を乗せてきた犯人は、フォークを持っている方の手に違いない。


「さてと、食べたら取り急ぎ資料をまとめないとな。と言うわけでおかわり」


「え!?まだ入るの?大丈夫??」


  いかにも真面目な口調で先輩から預かった……正確には押し付けられた資料に目を通しながらも、反対の手でグッと空になった皿をこちらに押し出してくる。怒られたり、心配されているときと違って子供らしいそのおねだりが可愛くて、笑みが溢れる。


「仕方ないなぁ。でも、さっきよりは小さめに切るからね。最初のひと切れだって、ライトのは皆のより大きめに切り分けて渡したんだから」


「寧ろさっきのより大きくして貰っても全然入るけど、俺」


「駄目!シナモンも結構入ってるし、食べ過ぎたら身体に悪いでしょ?」


  とは言え、甘党な上食べ盛りの男の子にあんまり小さく切り分けたものを渡すのも可哀想だ。結局、他の面々と同じサイズに切ったものを皿に乗せて渡したが、これでも足りないのかライトは拗ねた様子で。

  昼休みにルビーから言われた言葉と、今のライトの年相応な仕草のあまりのギャップに、彼を見つめながらクスクスと笑ってしまった。


(今のライトは“お父さん”って言うより、寧ろ息子みたいね)


  声が漏れないよう口元を小さく押さえて笑うフローラの笑顔が可愛くて。でも、その笑顔が自分じゃない男に向いているのは不愉快で、フライは無言で最後の一口のパイに勢いよくフォークを突き立てる。

  同じ恋敵の立場なのに、衝撃で自分の皿から飛んだパイ生地の欠片を片しつつ、優しく自分の背を擦ってくれるクォーツ。そんなクォーツとフライの様子を、ライトが怪訝な顔で眺める。


「……急にどうした?」


「さぁ、どうしたんだろうねぇ。それより早く食べてくれないかな?パイ生地が散らばったままでは会議が始められないか……」


「もうとっくに食べたけど?」


「……早食いは身体に優しくないよ」


「はいはい。ほら、お前もおかしな目で俺を睨み付けてないで背筋を伸ばせ。腰を痛めるぞ。クォーツも、トレーを下げたら記録を頼む。今日は書記が居ないんでな」


  見てみれば、皿は確かに空だった。平らげる速度が桁違いだ、とフライが苦笑する横で、侍女見習いのレインが手早く後片付けを進める。ほんの数分で、円卓はパイ生地の一欠片も見当たらない、新品並みの状態へと磨きあげられた。見事なものだと皆で感心し、一緒に片付けようとしたが却下されたフローラが礼を述べると、レインは『当然のことです』と笑う。

  クォーツだけは『今は友人なんだし、僕らだって普通に手伝うのに』とレインの手から皿の乗ったトレーを取り上げて、瞠目した彼女に見つめられていたが。


(……お菓子タイムが終わると、途端に保護者モードになるんだなぁ)


  完食と同時にスパッと変わるライトのその切り替えの良さを見習いたい……と思うフローラの考えなど露知らず、真剣な表情に変わったライトが全員の顔を見回し、口を開く。


「さて、じゃあ本題に入るぞ。今回会長から預かったのは、今月末に開かれる事になった、生徒会主催の舞踏会のスケジュールだ。新入生の歓迎と、生徒同士の交流の意味を持つ特殊な会だ」


「ーっ!」


  読み終えた資料をライトが広げると、そこにはやたらと見覚えのある絢爛豪華なホールの写真が。元からパッチリと丸い瞳を更に丸くして、フローラがそれを覗き込む。


「ライト、これって高等科がイベントで使うホールじゃ……?」


「あぁ、よく知ってるな。元々この親睦舞踏会は高等科が入学式後に行っている行事なんだが、今年度は中等科の会長に、中等科でも同じく舞踏会を開いてみてはどうかと、役員の誰かから打診があったそうだ」


「誰かって誰?予算や準備期間、緊急時のための根回しとかの手間だってけして軽くは無いのだから、軽い思い付きで決めないで欲しいな」


「フライ、気を静めて。怒っていたら仕事にならないよ。でも……本来、こう言った全体を巻き込む行事を生徒会の一存で決めてしまうのは外聞も良くないよね。会長、昨年はそうでもなかったのに、ここ最近随分と横柄さが目立つな……」


  難しい顔で話し合う皇子達の隣で、フローラも腕を組んで考える。


  高等科で入学式直後の四月に行われる“親睦舞踏会”。ゲームのイベントの一種であるそれが、こんな半端な時期に中等科に持ち込まれるだなんて妙だ。ましてそれを提案したのが現在婚約者をそっちのけでマリンに惚れ込んでいる会長ならば、正直『罠です!』と言われているようなものだ。


(でも、このイベントゲームではそんなに重要な位置付けじゃないし……)


  聖霊の森に訪れた夏休み明けから、マリンはライト達に一切執着しなくなった。フローラにも、業務的な事を話すとき以外は全くの無関心。その代わりなのか、はたまた深い意味はなく偶然なのかはわからないが、以前は『ちやほやされている』程度だったマリンの取り巻きの反応が、盲目的になるほどの入れ込みように変わったのはその頃だった。


(身近に居ることが多いせいか、皆以外の生徒会役員の男性達はマリンちゃんにベタ惚れで仕事がまともに進んでないもんね。その分のしわ寄せがライト達の方に来てるわけだし、これってあんまり良くない事態なんじゃ……)


「フローラ、ちょっとお前の背中側にある棚の赤い帳簿取ってくれ」


「ーっ!」


  ちょっと考え込んでいたら、ライトにそう頼まれた。パッと後ろに手を伸ばし、目的の物を取ってライトに渡す。


「はい、お父さん!」


「あぁ、ありが……お父さん!?」


「え……、あっ!!」


  唖然とした皆の視線で今しがた自分が言ったことを理解して、一気に顔に熱が集まる。湯気も出てきそうなその顔を両手で覆ってフローラがその場にしゃがみこみ、言い訳を叫んだ。


「ちがっ、違うの!本当に違うの!!もう、ルビーが変なこと言うから……!!!」


「……ちょっとルビー、君フローラに一体なに吹き込んだの?」


「いやですわお兄様ったら、ただ私は、お二人の日常を見て素直に感じたことをちょっと申し上げただけです。まさか本当にその呼び方をなさるとは思っていませんでしたわ」


「もう、駄目よフローラったら。本当のお父様である国王様が悲しまれるわ」


「おと、お父さん……っ!いいね、ピッタリじゃない。ほら、娘のフォローしてあげなよ、お父さん?」


「はぁ!?俺こんな手のかかる同い年の娘とか嫌だ!!」


  肩を震わせるフライに茶化され反射的にそう叫んだライトの声を聞き取り、素早く立ち上がったフローラがその正面に立ち、強い声音で名前を呼ぶ。


「ライト!」


「な、何だよ」


「親が“手が掛かる”なんて子供なら当たり前の理由で子を愛せなくなったらおしまいよ、そんなこと言っちゃ駄目」


「え、あ、ごめん……。って待て、何でこの流れで俺が叱られてるんだ!!」


  真剣な表情に圧されてしまってから、ライトの悲痛なツッコミが炸裂する。

  我慢しきれなくなったフライの机を叩きながらの大爆笑は廊下にまで響き、外面のフライしか知らない一般生徒達の間でしばらく噂になったという。


    ~Ep.212 父は辛いよ~


『ライトの“お父さん”呼びもしばらく定着しました、ごめんねライト!』



  

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