Ep.211 似た者同士
昼休み。今日は久しぶりに皆それぞれ用があり、ランチは一緒に取れないとのことなので、とりあえず件の後輩の少女を探し回って見ることにした。
昼休みに渡すつもりだった彼等の分のアップルパイは、『ごめん、変わりに放課後お茶にしようね』と昼休みに会えないことを謝りに来てくれたフライがそう言っていたので、その時に渡すことにする。
(それにしても、何かフライ久しぶりに黒い笑顔してたなぁ。嫌なことでもあったのかな?)
教室、ランチ用のテラス、世話担当のガーデンにクォーツの教室……。心当たりは探し尽くして自分のクラスに戻り、半ば諦め気分でぼんやりとそんなことを考えていたその時だった。
「……あれ?」
ふわりと風でなびいたカーテンの先、中庭の中でも目立たない場所に位置するベンチに、探していたあの子の三つ編みが見えた気がしたのだ。
(そうか、中庭!盲点だった……!でも、隣にもう一人いたあの子って……)
「……!ルビー!……様、ごきげんよう」
急いで中庭に出て窓から見たベンチの位置に向かったが、一歩遅かったようだ。そこに目当ての後輩の姿はない。
その代わり、とても良く見知った少女が居た。
「まぁ、フローラお姉様!どうかなさいましたの?」
「うん、窓から姿を見かけたからちょっと来てみたんだけど……。ねぇ、さっきまで一緒に座ってた子って、お友達?」
ベンチから更に人気の無い方へとルビーを引っ張って訪ねると、きょとんとしてから頷かれた。
「アイナとは初等科からの友人ですわ。今日はランチを自分のクラスでは取りづらいと言うので、中庭で一緒に食べておりましたの」
「そうなんだ……。どうやってお友達になったか聞いてもいい?」
「えぇ、構いませんわ。といっても、きっかけはあまり気分の良いお話ではありませんけれど……」
言葉を濁すルビーに、今度はフローラが首を傾ぐ。それを見て、ルビーが『あの子、初等科のクラスで一度窃盗の容疑を掛けられたんです』と悲しそうに言った。
「元々気弱で物静かな上に、お母様が亡くなられた男爵家の娘。父親は、資産も無いのに歴史的なものに目がなく、金にもならない研究に熱をあげている変わり者……と、当時のあの子は散々な言われようで。そんな頃に運悪く、公爵家の令嬢の髪留めが紛失したものですから、金銭に不自由な者が怪しいと、証拠もないのに吊し上げられてしまったようです」
それは、現世でもよくある弱者へのいじめだ。時代はおろか、世界が変わっても尚そんな下らない事があることが、無性に哀しくて唇を噛む。そんなフローラの背中を優しく撫でて、ルビーは話を続けた。
「ですが、その事件自体はわりとすぐ解決致しましたわ」
「ーっ!良かった……、ルビーが助けたの?」
2人が現在友達であることもあってなんとなくそう思ったのだが、ルビーはいいえと首を振る。ちょっと拍子抜けしたが、続いて出てきた名前にすぐに納得した。
「彼女の濡れ衣を晴らしたのは、他ならぬお兄様です。以前私がフローラお姉様に危害を加えたと、濡れ衣を着せられたことがあったでしょう?あの時私はフローラお姉様に助けて頂きましたが、あの日以来、お兄様はそう言った事が心底お嫌いになられたようで」
『なので、時折クラスや委員の中でも立場の弱い子達の相談に乗り、一人一人によく手を差しのべて、時には元気付ける為に花壇に呼んでゆっくりとお茶をしたりしていらしたのですわ』と、ルビーが誇らしげに笑う。フローラも、『クォーツらしい素敵なやり方ね』と笑い返した。
決して目立つような、華のあるやり方ではない。多くの無関係な者にはきっと、彼の善行は気づかれてすらいないだろう。しかし、見返りも名誉も求めず、一番救うべき相手にのみ注がれたその優しさは、確かに彼女を苦しみを救い取ったのだ。多分、同時に心まで奪ってしまっているなんて、彼自身は全く気づいていないだろうけれど。
(あれだけうっとり見つめられてて、無反応と言うか全然普通にただの先輩として接してるもんね。クォーツ、案外鈍感さんなのかな)
誰かに聞かれたら、確実に『お前が言うな』と言われるであろうそんな事を考えるフローラに、ルビーが詳しく説明を続けてくれる。
「髪留め自体はお兄様が休日返上で探して、無事見つかりまして。どうやら失くしたのを親に咜られるのが嫌で、盗まれたことにして誤魔化そうとしたようでしたわ。まぁ、彼女達はどうやらフェザーお兄様のファンだったようで、私のお兄様に注意されても全く悪びれなかったので、私が一喝して差し上げたら真っ青になって謝罪に来ましたけれど。それ以来、学年の違うお兄様より私の方が親しくなったのですわ」
「なんて迷惑な話!誤魔化したっていつかはバレるし、ちゃんと反省して謝った方が良いのにね。でも本当クォーツが気づいて早く対応してくれて良かった!アイナさんも、頼りになる友達が出来て救われただろうね」
手の平を合わせて、フローラが心底安心した様に笑う。アイナはフローラに、初対面で酷いことを言ったにも関わらずだ。ルビーは先程まで、その件について彼女から相談を受けていたのである。
その事実と、兄の想い、そして、友の兄への気持ちを知っているルビーとは違う。フローラからしたら、さぞ理不尽な言い掛かりであっただろうと思う。それなのに、いつだってこの人は、人の幸福を喜び、笑うのだ。その眩しすぎる笑顔を見て、ルビーは思う。
(お兄様や私が誰かを助けられるような人になりたいと思うきっかけを下さったのはフローラお姉様なのに……、全く自覚が無いんですのね。まぁ、そこがお姉様らしいですわ)
「ふふっ」
「えっ、何?何かおかしなことあった?」
「いいえ、なんでも御座いませんわ。それよりフローラお姉様も、気づかれてお叱りを受ける前に皆様にきちんと事実をお話された方が宜しいですわよ?」
「え?何の話?」
唐突な話題転換にも素直についてきて、意味がわからないと首を傾げているその姿は、年下から見ても愛らしい。
そして、そんな可愛らしいお姫様は、どうにも隠し事が下手なのだ。
「“妖精の加護”です、最近すっかり噂の的ですわ。あれは、お姉様の仕業でしょう?」
「ーっ!!内緒って言ったのに、クォーツの嘘つき!」
「え!?あ、待ってくださいお姉様!私は噂の内容と実際に傷を治された生徒達の居た場所から推察をしただけです、お兄様からは決して何も聞いておりません!!ただ、私でも気づけるようなこの状況を切れ者のお兄様方が気づかないわけはないので!お兄様はともかくライトお兄様とフライお兄様にバレたら確実にお叱りを受けるのではないかと思って!!!」
ルビーに断定的な言い方をされ、そう叫んで走り出そうとしたフローラをルビーが慌てて引き留める。その最後の『お叱りを受ける』と言う言葉に、サーッとフローラの血の気が引いた。
「お願いっ、二人には言わないで!特にライトには!!」
「ライトお兄様ですか?フローラお姉様が知られたく無いのなら、私から話したりは致しませんが。でもそんなに怯えなくても……」
「だって、フライとクォーツは優しいけど、ライトは怒鳴るもの、ぜーったい!!」
「……想像がつきますわ」
「そうでしょ!?」
(悔しいですが、今はまだライトお兄様が一番フローラお姉様の事を守って、間違った時には叱っていらっしゃいますものね……。ただ、なんと言うか、殿方が恋人を護っていると言うよりも……)
そして、ギュっとルビーの手を自分の両手で握りしめて、必死に懇願する。
元々『お前自身の安全の為にも無闇に指輪を使うな』とフローラに言ったのはライトだ。それを破って勝手に色々やらかした挙げ句、結構な噂になっていると知れたら怒られる……いや、確実に怒鳴られる!と、脅えているフローラのその姿を見て、ピンときた。ルビーが納得したようにポンと手を打ち、そして、とんでもないことを呟く。
「良い面は全力で誉めて、苦手な事には出来るまで付き合って、駄目な部分はきちんと叱る……。最近のライトお兄様は、フローラお姉様のお父様のようですわね」
「え!?いや……でも、言われてみれば……いつも守って貰ってるし、一番面倒見良いのライトだもんね。そっか、だからあんな気持ちになるのかなぁ……」
明るい声音で飛んできたルビーの指摘に目が点になるが、少し記憶を辿ってみれば、確かに納得しないでもない。
(でも年齢的に、“お父様”は流石に可哀想かな)
冗談でそう呼んでみたらどんな表情をするだろう。きっと驚いて、どうしてそうなったとお小言が飛んできて。でも、最後は笑って許してくれるのだ。
その姿を想像したら、怒られるかもと沈んでいた気持ちが浮かび上がるように軽くなったような気がした。同じ人の事を考えていたのに、なんとも不思議だ。まぁもちろん、本当にそんな呼び方をする気は無いけれど。
「じゃあ、“2人の秘密”って内緒にしてくれたクォーツには申し訳ないけど、放課後ちゃんとお父さんにも事情を話そうかな」
「え、“2人の秘密”!?待ってくださいませ、私そんな話は何も……!」
ふざけた口調で言ったフローラの言葉にルビーが耳聡く反応して食いついたが、そこで無情にも昼休み終了の鐘が響く。
「いけない、戻らなきゃ!じゃあルビー、アップルパイ用意してあるから、放課後は生徒会室に寄ってね!!」
呼び止める間も何もなく、フローラが走り去っていく姿をルビーが呆然と見つめる。そして、制服が汚れるのも構わずにガクリとその場に座り込んだ。
~Ep.211 似た者同士~
『せっかくのお兄様とフローラお姉様の秘密を暴いてどうするんですの、私の馬鹿ーっっっ!!!』
初等科の頃より学年で最も優秀で気が強く、同学年の影のリーダーと名高いルビー皇女のその叫びの理由を知る者は、実の兄以外居なかったと言う。




