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Ep.209 心に咲く花

  彼に贈られたその花が、『笑顔を見せて』と囁いた

  クォーツは優しい。

  いや、自分の婚約者である他の二人はもちろん、ルビーもレインも、自分の幼馴染み達は皆心の優しい人達だ。

  でもクォーツの優しさは、普通のそれとはちょっと違う。どんな人の事も基本受け入れ、苦しんでいれば汚れも苦労も何も気にせず手を差しのべて、支えてあげられる人。そんな、大地のような安心感をくれる男の子。


  だから、そんな優しい彼が『いきなり会えなくなっちゃうなんて、寂しいなぁ……』と悲しそうな表情をしている姿は心に痛い。避けていた訳ではないのだが、いつもの時間に自分が来なくなっていた原因が彼自身に無いのだから言い訳のしようがない。

  まぁ、昼休みにもクォーツが例の後輩の指導に駆り出されて一緒にランチを摂れなかった事も、何日もフローラとクォーツが顔を合わせなかった原因のひとつではあるのだが。


「怒ってる訳じゃないから、大丈夫だよ」


  アワアワと挙動不審になるフローラに、クォーツは穏やかに笑ってそう言ってくれる。ありがたい、ありがたいけど……。


(今はただただその優しさが痛い!)


  嫌味など皆無な純度100%のその優しさが、塩以上に罪悪感と言う名の傷口に染みる。

  顔を背けて涙するフローラに笑いかけたまま、クォーツが話を続ける。内容は他愛もない日常会話だが、意地でも話題が終わらない。つまり、逃げられない。


「水やりは終わった?」


「え!?う、うん、花時計が最後だったから」


「そっか。……じゃあ、朝のお茶でもどう?美味しいお茶菓子があるから」


「お花の形の最中もなかだ、可愛い!」


  その誘惑につられ、結局2人でお茶をすることになった。

  差し出された桜型をしたそれを頬張るフローラを優しい瞳で見つめるクォーツだったが、フローラの指にはまる指輪を見てポツリと呟く。


「そう言えば、君が最近どうしているかを知りたくて色々と情報を集めてたら偶然聞いたんだけど……、昨年の夏休み明けから、学院内で妖精が出るって噂があるそうだね」


「ーっ!!へ、へぇ、ロマンチックな噂だねぇ。最中ごちそうさまでした、美味しかったよ!じゃあ、私はこの辺で……」


  不意打ちに驚いて最中を喉につまらせたフローラが、お茶でそれを無理やり流し込んでから白々しく立ち上がる。……が、彼女の髪をクォーツが指先でつまみ弄くっているせいで、走って逃げる事が出来なかった。

  プルプルと震えるフローラを見上げるクォーツの笑みにほんの少し圧を感じて……、何となく、どこぞの風使いの皇子様の笑顔が重なって見えた気がした。


  フローラの柔らかな髪の手触りを楽しむように自身の指先に絡ませながら、クォーツが学院に広まる“妖精の噂”について説明を続ける。


「生徒会で生徒の風紀の取り締まりと平穏の維持を任されている僕としては、異様な広がり方をする噂話は油断ならないから、実際に妖精の加護を受けたと言う子達にちょっと話を聞いて回ったんだよ」


  噂の題が“妖精の悪戯いたずら”でなく“妖精の加護”であることに、フローラは冷や汗が止まらない。


「そうしたら、不思議なんだ。その生徒達は皆口を揃えて言うんだよ。『怪我をして困っていたら、不意に花の香りがして次の瞬間には怪我が綺麗に治っていた』って。普通の人間に治癒術は使えないし、これこそ正に妖精の……いや、聖霊の力だと思わない?」


  『ねぇ、どう思う?』と、猫の子でも眺めるように優しく琥珀の瞳を細めたクォーツが笑う。そして、だめ押しとばかりに、その表情に憂いを乗せ、呟いた。


「大切な幼馴染みに隠し事をされるなんて、信頼されてないみたいで悲しいなぁ……」


  それはかつて、ライトにも言われた一言だ。

  慌てて顔を上げたフローラが、『ごめんなさい!』とクォーツに頭を下げる。


  それからは、崖に追い詰められたサスペンスドラマの犯人が如く自白した。フローラは、指輪の力を使いこなせるようになる為と、単に怪我で痛がっている人を見てみぬふりは出来ないと言う自分のワガママな気持ちから、毎日あちこちでこっそり怪我人を癒し、壊れた物を直して回っていたのだと。だから、花壇の時間を早めるより以前からすでに彼女は忙しかったのだ。


「でもでも、助けた人達には私の顔は見られてないし、これからも見られないように気を付けるから!!お願い、皆には内緒にして?」


「うっ……!その顔はズルいなぁ」


  顔の前で両手を組んで懇願するフローラから顔を背け、赤面したクォーツがポツリと本音を溢す。

  そんな彼の本音に気づく余裕はなく、お願いポーズのままフローラは不安げに顔を背けたクォーツを見つめていた。


「もう、仕方ないなぁ……」


「ーっ!」


  惚れた弱味か、先に折れたのはクォーツだった。

  肩を竦めて微笑んで、クォーツがフローラの口元に指先を当てる。


「じゃあ、この事は二人の秘密だね?」


「う、うん!……?あの、離れないの?」


  額同士が触れそうな程の距離で顔を覗き込まれ、何となく体が熱くなる。よくライトやフライと比較されているが、間近でみるとクォーツも二人より少し幼く見えるだけで見惚れるほどの端正な顔立ちだ。初恋もまだのお子さまフローラには少々刺激が強い。

  しかし、ドキドキして逃げようとするフローラに、クォーツがまた悲しそうに眉を下げる。良心が痛むと押しに弱くなるフローラの性格を、クォーツはよく知っているのだ。


「良いじゃないか。新入生がはいってきてからフローラ花壇に来なくなっちゃって寂しかったんだから。もしかしたらすごい早い時間に来てるのかなと思って来てみて正解だったよ」


「……うん、ごめんなさい…………」


  あくびを噛み殺しながらのその言葉に途端に元気の無くなったフローラに、クォーツの表情が変わる。しまったと一瞬歯噛みしてから、彼が明るい声で話を変えた。


「謝らなくていいってば!それより、毎日この時間に来てたの?早起きだよね、本当」


  『尊敬しちゃうよ』と褒められて、照れたように笑うフローラだが、その笑顔にはいつもの温かさがない。無理しているのが丸わかりなその顔のまま、フローラが答える。


「尊敬だなんて照れちゃうな。でも、クォーツも寝起きは良い方なんじゃない?『お兄様は寝起きも寝付きもよいんです』って、ルビーから前にそう聞いたけど……」


「あぁ、それかぁ……。うん、まぁ、否定はしない……しないけど……!」


  ぐっと拳を握って苦悶の表情をするクォーツに、不思議そうにフローラが首を傾げた。それに気づいて、『恥ずかしい話なんだけどさ』とクォーツが頬を掻く。そんな彼が語り始めたのは、まだフローラが皆と出会う前。彼等が3歳位の頃のお話だった。


「ルビーが小さい頃、身体が弱かったのはフローラも知ってるよね?」


「うん、だからクォーツが小さいときからずっと側で守ってたんでしょ?理想の優しいお兄ちゃんだよね~」


「お褒めに預かりまして……じゃなくて、そんな訳で、ルビーには小さい頃、身体を休ませる為の昼寝が日課でさ。でも、あの子お転婆でしょ?一人で寝てるなんてつまらないって、寝所を抜け出しちゃうことも多々あったんだよね」


「あらー……、それはまた、大変だねぇ」


  相槌を打ちつつ、話の落とし所がわからなくて首をひねった。そんなフローラに彼が話を続ける。


「それである日、そんなにルビーが寂しいならじゃあ一緒に寝ようかと、2人で布団に入ったんだ。寝かしつける為に、絵本とかオルゴールとか、色々と持ってね。そしたら……」


「そしたら……?」


「僕の方が先に寝付いて、寝所を抜け出したルビーを見つけたばぁやに後で怒られたよ。『どうして殿下は毎度毎度毎度2歳児であらせられる妹君に寝かしつけられてしまわれるのですか!!』……ってね。いやぁ、おかしいことがあるものだねぇ」


「ーー……ふふっ、あはははははっ!何それ、お兄ちゃん逆に寝かしつけられちゃったんだ?2人して可愛いなぁもう」


  どんな結末だと身を乗り出して聞いていたのに、まさかの失敗談に一瞬、ぽかんとして。心底不思議そうに腕を組んで首を傾げて見せるその姿がおかしくて、声をあげて笑ってしまった。


  そんなフローラを正面から眺め、クォーツがフッと瞳を細めて、囁いた。


「……やっと笑った」


「……っ!」


  愛情の溢れるような穏やかな眼差しと、いつものホワホワした空気と違い、ぐっと低く大人びた声。

  無理をしていた事を見抜かれていた気まずさに加えて、初めて見たその表情に驚いて固まったフローラに近づき、クォーツの手がそっと彼女の髪に触れる。

  ピクリと肩を跳ねさせたフローラに『何もしないよ』と微笑んで、その手が静かに離れていく。

  ドキドキしながら彼の手が触れた所を自分でも触ると、柔らかな何かが指先に触れた。ガーデンのガラス製の壁に写る己の姿を見てみると、


「これ……!」


「今朝咲いたばかりの花だよ。一輪だけだけれど……君に、渡したいなと思って」


  耳にかけるようにして飾られていたのば、ピンク色のミムラスの花。彼らしい、優しい気持ちのこめられた贈り物に、自然と表情が綻ぶ。


「可愛い……、素敵な贈り物をありがとう。それから……、心配かけてごめんね」


  そう謝れば、クォーツは首を横に振った。


「ライトみたいに何が起きても助けに飛んでいける行動力も、フライみたいに女の子の夢を具現化させたような甘い言葉も僕には無いけど、それでも……僕は僕のやり方で、君の力になりたいから」


「そんな……!今までも、怒られてる時にタイミングよく呼び出してくれたりとか、落ち込んでるときに笑い話で元気づけてくれたりとか……いっぱい助けて貰ってるよ!」


  フローラにそう言われたクォーツが、嬉しそうに笑って、両手で彼女の頬を優しく包む。そして、穏やかな声でこう続けた。


「いつか僕が、劣等感に潰されてライト達から逃げようとした時に、君が言ってくれたよね。僕は皆を支えられる、大地のような人だって。だから、君が辛いときには、支えて、笑わしてあげられる自分でありたい。……どんなに格好悪くても、構わないから」


  それは、自身の意地やプライドや、貴族として……そして男としての矜持よりも、彼女の心を優先する、クォーツなりの決意で。

  優しいだけじゃない、強い意思を感じさせる琥珀の中に、安心したように笑う自分が写っていた。


「フローラの笑顔を見ると、僕達の心にも花が咲く。君の優しさが、温かい光を皆にくれるから……だから、いつも笑っていてほしい」


  『なんて、僕のワガママかな』と呟いてから、クォーツがそろそろ行かなきゃ!と勢いよく背を向ける。

  反射的に追いかけそうになったが、止めた。

  『ごめん、追ってこないで!』と叫びながら走り去るその耳が真っ赤に染まっていることは、気づかなかったことにしておこうと思う。


  恥ずかしがり屋で、純情で、でもきっと誰よりも心根の優しい、フローラにとっては学院で最初に出来た……大事な友達。


(このままずっとクォーツと、同じくガーデン係のレインとも離れたままなのは嫌だな……。私も一度、きちんとあの子のことを知ってみよう!)


  思い立ったらすぐ行動がフローラの信条だ、何故なら、時間が立つと何をするつもりだったか忘れるから。

  そうしてガーデンを飛び出す前に、もう一度ガラスに写る自分の顔を見てみる。

  金糸の髪によく映えるピンク色の花が、背中を押してくれるような……そんな気がした。


    ~Ep.209 心に咲く花~


    彼に贈られたその花が、『笑顔を見せて』と囁いた

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