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Ep.207 好意の反対は無関心

  激しく音を立てて突然開いた扉に唖然とする女子生徒達の視線など気にせず、フライがいつも通りの歩き方で中に入っていく。

  正直、乗り込んで何をする気なんだろうとハラハラしていたので安心した。


  憶測だが、フライとライトも仕事の為に早めに来たのだろうと、その後に慌ててついていく。

  タイミング的に全部フローラに聞かれていたであろうことを察し、三年生は気まずそうにフライの方を見詰め、同級生達はただ不愉快そうにフローラの事を睨み付けていた。


  そんな彼女達のリアクションの違いに内心不思議がりつつも、優雅に微笑んだフローラが、淑女の見本が如く美しい所作で膝を折る。


「ごきげんよう皆様。ご歓談中の所にお邪魔してごめんなさいね。フライ様も、あんなに激しく扉を開いては、中にいらっしゃる皆様が驚かれてしまいますわ」


  彼女がまとっている制服が、仕草の美しさのあまり一瞬ドレスのように見える。

  その錯覚に目を見張り、直ぐに己の目を擦る彼女達から離れ、さっさと自席にて仕事に取りかかっているフライにも声をかけた。

  しかし、そのフローラの苦言に対して白々しく室内を見渡したフライが、ただただ不思議そうに首を傾げる。


「別に構わないじゃないか、今はここに僕達しか居ないのだし、わざわざ空の室内にまでノックをするのは時間の無駄だよ」


  にこやかに返されたその言葉にフローラは目を見張り、状況的に逃げるに逃げられない女子生徒の何人かが『ふ、フライ様……』と震える声で彼の名を呼ぶ。


「フローラはこんな早くからどうしたんだい?僕としては朝から君に会えて嬉しいけど、あまり頑張りすぎては駄目だよ。今朝も何だか顔色が悪いようだしね、嫌なことでもあった?」


「えっ!?い、いえ、大丈夫ですわ」


  しかし、フライは空色の瞳をフローラの姿から外さずに、優しい微笑みを浮かべてそっと彼女の頬に手を当てる。突然の甘い言葉に驚いて頬が熱くなったが、続いた問いかけに、悪口を言っていた彼女達への牽制だと気づいてほっと胸を撫で下ろした。


  それにしても、その眼差しがあまりに自分にしか向かないので、同じ部屋の中で青い顔をしている彼女達が本当に実在の人間なのか不安になってしまう。それくらい、フライは彼女達の存在に無関心だった。


(それにしても、お芝居でもこの姿勢は心臓に悪いよ……!)


  フライの陶器のように美しい指先で優しく髪を鋤かれ、空いた方の手は自分の腰に回されている。その姿勢を自覚しただけで大混乱だ。フライがフローラにしか聞こえないように、『しがみついてくれても良いのに』と囁くが、そんな余裕はない。

  彼の顔を直視出来る精神状態じゃないので確認は出来ないが、囁かれる声音から愉快そうに口角を上げているフライの顔がはっきりと想像出来る。からかわれたのだと思うと、恥ずかしがってる自分が悔しくて、腰を抱いている彼の手をこっそりつねった。


「いっ……!」


「フライ、いい加減にしないか。二人きりの場所じゃ無いんだぞ」


「ーっ!」


  一瞬フライが上げかけた声をかき消すような絶妙なタイミングで口を開いたライトが、呆れたと大げに仕草で示す。


「ーっ!ライト様、聞いてください!私達はっ……」


「俺だって最初から居たのに、フローラのことしか眼中に無いとは何事だ」


「ふふ、ごめんね。だって、朝から彼女に会える日なんてそうそう無いんだもの」


  『二人きりじゃない』とライトがフライを嗜めたことで、彼には無視されずに済むと思ったのだろう。フローラの事を一番憎々しげに言っていた声の主が安心したようにライトに駆け寄る。

  しかし、それを当然のようにかわして、ライトも仕事用に割り振られた席へと腰かけてしまった。


「なっ……!」


  その事実を受け入れられないのか、女子生徒達の絶望的な表情と言ったら無い。一度上げてから落とされた分、尚更だろう。

  生徒会に準ずる役員達は、よほど能力が優秀な者を除いてしまうと家柄重視で選ばれてしまう傾向がある。彼女達も例に漏れず、気位の高いご令嬢。つまりは、男性にこんな扱いをされたことなどまず無いであろう少女達なのだ。

  だからきっと、いくら意中の相手からであっても、この冷遇は耐え難い屈辱だったのだろう。ある者は顔を覆って泣き出し、またある者は肩を震わせ、般若のように真っ赤になった顔でフローラを睨み付ける。


「本当、何様のつもりですの!?殿方へのご機嫌伺いがいくらお上手でも、ご自身より立場の低い者を影で虐げている事、私達はあの子から聞いておりましてよ!貴方の築き上げたその砂上の楼閣ろうかくが崩れ落ちる日も近いでしょうね」


  『覚悟してらっしゃい!』と、小難しい単語を多用した長台詞を一度も噛まずに一息で言い切ったのは、ライトに話しかけようとして玉砕した三年生だった。制服は赤色ベースなので、フェニックス出身なようだ。

  そんな先輩の顔を見上げ、フローラが困ったように眉をハの字にして答える。


「色々と身に覚えが無いことばかりなので、私から皆様にはっきりと申し上げられることはひとつしか無いのですが……、“何様”かと聞かれますと、一応ミストラルの皇女様なんです、私」


「は……?し、知ってますわよそんなこと!だから余計に腹が立つのだと何故わかりませんの!?鈍いですわね!」


「最近フライ様とクォーツ様からもよく言われますわ。自分では鋭い方だと思っていたのですが、どこがいけないのでしょう……。どう思われます?」


「……っ、私がわかるわけないでしょう!?自分でお考えあそばせ!!殿下方もまるで私達が居ないかのような態度で、非情に不愉快ですわ!失礼致します!!!」


  天然炸裂なフローラの答えにライトとフライは『そうじゃないだろう』と思わず吹き出し、言い返された三年生は更にかんしゃくを悪化させる。


  結局、尚もぼややんとしているフローラのペースに負けたらしい代表格の三年生が、参りましょうと他の女子達に退出を促した。淑女らしからぬ足音を立てて出ていこうとしたそれを、異様に低いライトの声が引き留める。


「ーー……全員、一旦待て」


  散々無視され続けた後、ようやく自分達に向けられた意中の人の声に、女生徒達の足がピタリと止まった。

  そんな彼女達を見据え、ライトが手にしていた分厚いファイルで机を叩く。ファイルの重さとライトの力強さでかなり大きく響いたその音に、当事者達はもちろん、フローラまで肩を跳ねさせてしまう。

  そんなフローラの肩に手を置き『大丈夫だよ』と微笑むフライも、ようやく視線を扉の前で静止している彼女達に移す。しかし、そのふたつの眼差しには、どちらも温度が無いままだった。

  炎の深紅と、涼やかな空の碧。そのふたつの視線が一瞬重なり、頷いたフライがより強くフローラを抱き寄せる。


「先程から黙って聞いていれば、朝から随分と声が出るな。それだけ癇癪かんしゃくを起こしてしまうのは、疲れが溜まっているからだろう。たった今から、お前達の生徒会準役員の任を解く。今日からは、一般生徒として平穏な日常を過ごすと良い」


  そして、ライトが実に落ち着いた声音で下した決断は……実に無慈悲な“温情たてまえ”による彼女達への解雇宣告。


「なっ……!いくら何でも納得出来ませんわ!ライト殿下と言えど、同室にいる女性を無視した上に一存で役職を剥奪なんてあんまりでは!!?」


「そうか?では、その横暴な男達の怒りを買って部屋どころか学院から存在しないことにならぬよう、今後の身の振り方を一度考えることだな」


  解雇宣告どころか、退学まで匂わせるその言葉に真っ青になり、蜘蛛の子を散らすようにして全員、逃げていった。


  誰一人として閉めなかった生徒会室の扉が、この部屋に先程まで嵐が来ていたことを語っている。


「お疲れ様、朝から大変だったね」


「ーっ!ううん、全然!フライ達こそ、また巻き込んじゃってごめんね……」


「ん?僕はこれくらい一向に構わないよ、君の為に出来ることがあるのなら、それは苦でも何でも無いからね」


「ーっ!だから何でフライ最近そう言う恥ずかしいこと言うの……!?」


「本当、お前フローラの事からかって遊んでる場合じゃないぞ。どうすんだよ、派手に開けたから扉のステンドグラスひび入ってるぞ」


  決して彼女以外には見せない、優しすぎる眼差しで甘い台詞を囁くフライと、それを毎回慣れずに恥ずかしがるフローラの姿。

  もう見慣れたそれは無視して扉を閉めようとしたライトが、色鮮やかなガラスを指でなぞりながらそう言った。


「ひび!?大変!」


「ごめんって、修理の手配はあとできちんとしておくから。……ってちょっと!駄目だよフローラ、指でも切ったら……、っ!!」


  その忠告に謝罪するフライを放って扉に近づいたフローラが、両手を丁度縦のひび割れに分断されたステンドグラスへとかざす。

  窓も開いて居ないのに、彼女の指輪を中心に、花の優しい良い香りをのせた風が生徒会室を吹き抜けたのは……本当に一瞬のことだった。


  それに応じて扉が淡く輝いた後、フライがガラスの状態を確かめフローラへと視線を移す。


「直ってる……、これって……!?」


「壊れてしまった“物”の修繕……。これも“聖霊女王の指輪”の力か?」


「ふふん、ちゃんと使いこなせるように色々と練習してるのですよ」


  唖然とする2人に向かって、どや顔のフローラが胸を張る。

  まぁ実際には物を直せる能力に気づいたのは、しょっちゅう自分のドジで壊したものが出るために修理を駄目元で試みてみた所たまたま出来ることを発見しただけなのだが。聖霊王も、全知全能を司ると言っても過言ではない指輪の力がただのドジっ娘のフォローに使用されているとは思うまい……。


  感心して良いのか笑って良いのか判断しかねる皇子二人を他所に、響いた始業開始10分前の鐘にフローラが反応した。


「あれっ、もうこんな時間!?」


「あぁ、結局長く話し込んでしまったからね……。教室まで送るよ、行こう」


「え?大丈夫だよ、すぐそこだし……」


「駄目だよ、さっきの今で、逃げていった彼女達が逆恨みで何をしてくるかわからないからね」


「あっ、待てよ!俺も行くって!!」


「いや、結構。ここ最近屈辱的な噂が独り歩きしているようだし、僕今後は一切君と二人では行動しないから」


  掌をピッと掲げてストップのポーズをするフライに拒絶され、ライトが『理不尽!!!』と叫ぶ。


「何でお前そんな嫌悪感丸出しで俺に当たるんだよ、俺だってあの噂は嫌だよ!」


「ならいいじゃない、お互い気を付けるってことで。さぁ、行こう」


「え、あ……えと、ライト、またお昼にね!」


  『今日のおやつは……』と報告しようとしたフローラがフライに拉致され、嵐が去ったように静かになる生徒会室。

  まだ少しばかり時間があるライトは、小さく笑って呟く。


「肝心のおやつの内容聞こえて無いぞ、ったく。にしてもフライの奴、仕事手伝いに来てくれたんじゃ無いのかよ……」


  そう項垂れるライトの元に、朝済ませるつもりだった2倍の量の処理済みの書類がフライから届いたのは、その日の昼休みのことであったと言う。



     ~Ep.207 好意の反対は無関心~







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