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Ep206 噂のお魚、一人泳ぎ

  朝日が差し込む朝のガーデンは、自分に取って安らげる場所のひとつだ。

  しかし、今朝は時間になってもいつまでも待ち人の姿が見えないことが気になって、落ち着きなく周囲を見回してしまう。


(フローラ来ないな……、いつもなら誰より早く来てるのに)


「クォーツ様、どうかされたのですか?」


「ーっ!いや、何でもないよ」


「そうですか。では、こちらのお花の手入れについて教えて頂けませんか?私、まだ詳しくなくて……」


「うん、もちろん。これはマーガレットと言ってね……」


  新たに係りに入ってきた後輩から声を掛けられ、仕事中だったことを思い出す。頭を切り替えて向き直ると、昨日から新たに係に就任したと言う一年生の少女が嬉しそうに笑った。


(まぁ、本来は朝の係は順番に回すもので毎日参加するものじゃないし、来ない日だってあるか……)


  沈む気持ちを誤魔化すように、花の種類と世話の説明に没頭する。

  だから、静かに説明を聞いていると思っていた後輩が自分を熱のこもった眼差しで見つめていることも、そんな自分達の姿を見て、遠くから怪しく口角を上げている少女が居ることにも、クォーツは気づかなかった。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  最近の生徒会室は忙しい。


  何故かと言うと、旧三年生が高等科へと進学し、新入生が入ってきたこの時期は丁度代替わりに当たる時期だからである。

  仕事の引き継ぎ、資料の整理に新年度の予算計算、新役員の割り振り……やるべきことを上げだしたら切りがない。

  だから今朝のフローラは、ガーデンには行かない代わりに生徒会の方で進められる仕事をやっておこうと思ってここまで来てみたわけだが、部屋に入れないまま廊下の壁に寄りかかり、失敗したとため息をつく。


「いくら王族とは言え、婚約発表後のフローラさんは随分と調子に乗っていられるようね、目に余りますわ」


「本当に!二年生の生徒会役員の女生徒から聞きましたが、彼女、婚約を結んだのを良いことに、殿下方へ他の女が近づかないよう圧力をかけているそうですわ」


「まぁ!それは本当ですの?」


「その噂は確かだと思いますわ。私達が親睦を深めようとライト様とフライ様に一度昼食をご一緒にとお誘いしたら、昼食は今後必ずフローラ様と摂るからと断られましたもの!きっと、フローラ様が殿下方の女性との交友を認めておられないからだわ!」


「妻でも無いのに悋気りんき剥き出しで殿方を束縛するだなんて、恐ろしい女よね!誰にでも優しい聖女のようなふりをして、騙されている皆様が本当に気の毒でならないわ。殿下達のことは、私達の真の愛でお救いするべきだと思うの!!」


  決して薄くない筈の扉の向こうから漏れ聞こえてくるのは、ここ半年ですっかり広まってしまった自分の悪評だ。話しているのは、準生徒会役員の新三年生の先輩方と、同級生女子達だろう。


(うーん、噂に背鰭尾びれがついたどころか、最早噂が全く別のお魚になって一人泳ぎしちゃってるなぁ。これは流石に、出所を突き止めて一回注意しないと駄目かも……)


  とは言っても、流石に今、当事者である自分が単身で乗り込んでいくのはあまりに下策だ。

  しばらく待ってみたが、ヒートアップしている彼女達の話が終わる様子は無い。せっかく早めに来たと言うのに時間は勿体無いけれど、と、理不尽な心ない物言いに痛む心を押さえ付けてそっと踵を返した。


(ランチは初等科の頃から継続して皆で食べてるし、別に私皆に『他の女の子に優しくしないで!』なんて言ったことないけどなー……)


「……ぶっ!」


  が、直ぐ様思わぬ壁にぶつかって立ち止まる。


(おかしいな、こっちに壁なんか無かった筈なのに……、ーっ!!)


  鼻の頭を押さえながら顔を上げたら、ゾワリと背筋が泡立った。

  壁だと思ったのは、いつもの笑顔も優しげな雰囲気も全てかなぐり捨てた、凍り付くような空気を放つフライの胸だったようで。


「あ、えと、おはよう……」


「……うん、おはよう。フローラ、大丈夫かい?」


  肩を抱き寄せながら労るように囁かれる声は優しいのに、生徒会室の扉を見据えたままのその眼差しが凍り付くような冷たさな事が、彼の耳にも先程の会話が聞こえていたのだと物語っていた。彼の一歩後ろで肩を竦めているライトも、フライ程あからさまではないが、眉をひそめて不愉快さを露にしている。

  これでは普段と真逆だと思わず微笑んだフローラを他所に、フライが音も立てずに足を進め、扉を開こうと手を伸ばす。その彼の腕にフローラが慌てて飛びかかり、小声で説得に入った。


「悪く言われてるのは私だけなのに、ここでフライ達が入っちゃったらまた余計な騒ぎが起きちゃうよ。言いたい人には言わせておいていいじゃない。罰なんか後からいくらでも与えられるんだから、ね?」


  『だから今は行こ!』と、傷ついた素振りは意地でも見せずに笑うフローラに引っ張られ、フライも仕方なしに歩き出す。しかし、そんなフローラの温情を嘲笑うように、再び部屋の方からは耳障りな笑い声が上がり三人揃って足を止めた。


「あはははっ!貴方、その比較は流石に気の毒よ」


「ですが、皆様もフローラ様と結ばれるよりはライト様とフライ様が並び立たれておられるお姿の方がずっとお似合いだと思いません?」


「それは、フローラ様よりもフライ様の方がお美しいと言うことでしょう?いくら事実でも、同情してしまいますわねぇ」


「ですが、ライト様とフライ様がお二人で寄り添ってお仕事に励まれているお姿は目の保養になりますわぁ。私、それを楽しみに毎回会議に参加しておりますもの」


(……って、貴方達一体何をしに会議に出てるの!議論にちゃんと参加して!!)


  心の中で突っ込んで、それにしても……と、並び立つフライとライトの姿を見上げる。


(確かにフライは綺麗で中性的な見た目してるし、女性でもきっと絶世の美女だっただろうけど)


  その姿を試しに想像してみたが、上手くいかずに諦める。

  第一、彼女達が言うそれはありもしない“もしも”の話であり、現実彼は男の子で、ライトとフライは恋仲ではなく、互いを尊敬し合い競い合える親友だ。

  それを知ろうともしないで、自分達の勝手な妄想で勝手に盛り上がられているのが、何だかモヤモヤして不愉快だ。掴んでいたフライの腕から手を離し、両手で胸の辺りをぎゅっと掴む。

  しかし、ここに自分以上に不快感を顕にしている人が……


「あっ、ちょっと待っ……!」


  慌てて引き留めようとしたが、彼の方が足が長く歩くのが早いから追い付かない。

  手を離してしまったことを後悔した時にはもう、生徒会室の扉は盛大に開け放たれたあとだった。


「あーあ、終わったなあいつ等」


  ライトのその呟きが、終焉への残酷な審判に聞こえたと、後のフローラは語る。


    ~Ep.206 噂のお魚、一人泳ぎ~



  

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