Ep.204 聞くは気の毒、見るは目の毒
『知らない方が良かったことも、この世にたくさん有るものだよね』
「そう言えば……、ライトはどうなんだろうね」
深夜に押し掛けてきた親友は、ひとしきり話してからようやく思い出したようにその名を口にした。
「どうって?」
「だって、フローラと一番最初に出会ったのはライトじゃない?最初こそ敵視しちゃっててハラハラしたものだけど、今は普通に仲も良いしさ」
「あぁそうだね、仲は良いね。……あんなに偉そうに彼女を撫でたり叩いたり抱き上げたり……、一体何様のつもりなんだか」
「ちょっ、フライ、顔が怖いよ!?」
「あぁ、失礼。昼間の様子をも思い出したらつい……ね」
普段の彼が、フローラに抱いている感情があくまでも友情と面倒見の良さから来たものだと言うことは、自分から見てもわかってはいるけれど。それでも、ああも目の前で見せつけられては堪ったものじゃない。
クォーツだって、自覚していなかっただけで思うところはあるのではないかと様子を伺ったものの、嫉妬心に頬を膨らます自分に対して彼の表情は穏やかだった。と言うよりは、きょとんとした様子で首を傾げている。
一体何を考えているのかと思えば、さも何でもない口調で彼が言った。
「でもさ、ライトのスキンシップの多さって別にフローラに限った話じゃないよね?フライだって、昼間ライトに抱き止められてたし」
「ーっ!?ゴホッ、気管に入っ……!」
「わーっっ!!フライ、大丈夫!!?」
その指摘に、動揺で気管に入った紅茶に咳き込むフライの背中をクォーツが慌てて擦る。
しばらく飛び出す咳と荒い呼吸に苦しんだ後、深呼吸で息を整えたフライは指摘された昼間の事を思い出してみる。
魔力の使いすぎで立てずによろけた自分を、確かに彼は躊躇いなく抱き止めて肩を貸してくれた。それは感謝しているけれど、それとこれとは話が違うような。
「いや、でもあれは……」
「それに、僕高いところに手が届かない時とか何度かライトに抱き上げられたことあるし」
「何それ、聞きたくなかったよ親友達のそんな裏話……!!」
「しかも、基本面倒見が良くて来るもの拒まない上で男前だからね。お嬢様方はおろか、男子でもライトに本気な子も居るとか居ないとか」
「へ、へぇ。まぁ、誰にでも裏表ないし信用出来る人柄なのはわかるけど……」
「あとルビーがその時に言ってたけど、フライが一時唯一仲が良かった女の子だったフローラに冷たくしてた時期があったでしょ?あの頃から、お嬢様方の中には君が女性に興味ないんじゃないかって噂が起きて、ライトとフライとか、僕とフライとかで禁断の愛を想像して楽しんでる子達が居るから、あの場面を彼女達に見せたらさぞ喜んだだろうって」
「何勝手なこと言ってるんだよ!!!」
淡々と連続で落とされる爆撃に、気力が尽きたフライが片手で机を叩いてうずくまる。そんな事実知らなかった。いや、まぁキールの一件についてはフローラにあれ以上悪評が立たないよう泥を被る行動をしたのは自分だから、百歩譲って珍妙なその言い掛かりも仕方がないにせよ、せめて知らないままで居たかったと、机に顔を突っ伏したまま嘆く。
「もう嫌だ、僕明日からどんな顔してライトに接すれば良いの……!」
そんなフライの、久しぶりに見る感情むき出しの素の姿に、クォーツが笑いを堪えるため顔を逸らして。しかし、我慢しきれずその肩を震わす。
(笑い事じゃないよ、全く……!)
「そんなに睨まないでよ。まぁ、端から見たってライトはそんな感じなんだから、僕は正直彼は恋敵って言うには違うんじゃないかなーと、思うんだけど」
「うーん、まぁね。僕だって取り合いをしたい訳じゃないんだけど、あの手紙の一言がどうにも引っ掛かって……」
「手紙?って、いつもやってる文通の?」
「そうだよ、えーと、確かこの辺りに……」
気力が尽きるギリギリまで精神が削られた体に鞭打って立ち上がり、引き出しにしまっていたフォルダーから一通の手紙を取り出してクォーツに渡す。封の表面に記入された宛名の字は幼く、手紙そのものが全体的にくたびれている。それもそのはずだ。何せ、自分達が初等科に入学するその直前に送られてきたものなのだから。
乱暴にしたらすぐに破けてしまいそうなそれを優しく開いて目を通すと、クォーツも『まぁ、確かにこれは……』と一瞬、目を細めた。
「成る程、確かに気にならないでもないかも」
「そうでしょう?この手紙のこともあるから、僕は彼が事情が事情で今は男女間の愛情を信頼出来ないせいで、無意識に気持ちに制御をかけてるんじゃないかと……って、そう言えば、クォーツ宛の手紙には書かれてなかったの?これ」
「えー、今更覚えてないなぁ、何年も前だし」
親友の同意に、『そら見たことか』と胸を張るが、続いた言葉にまた気を削がれた。彼宛の方にも似たような事が書かれていれば、より疑惑が確信に近づいたし。逆にこちらにしか書かれていなかったのなら、少しは自分も安心出来たのに。
「帰ったら読み返したらいいじゃない、君だって気になるだろ?」
「無理だよ、昔の手紙なんてもう捨てちゃったもの」
「そうか……、それもそうだよね。流石に6、
7年も昔のは残っていなくても無理はないか」
自分も、流石に過去の手紙を全部保管しているわけではない。こうして保管しているのは、何かしら特別気にかかる点や思い出が記されたもののみだ。だから、仕方のないことだろうと落胆しつつも納得したフライに、『いやそうじゃなくて』とクォーツが告げる。
「僕、一年経ったら過去の手紙全部まとめて処分してるから」
「え……、嘘でしょ。一通残らず?」
「うん。だって、読み終えたあとはただのゴミじゃない?」
「理解出来なくはないけど、知りたくなかったよ親友のそんな本音!!」
ずっと恋心が自覚出来ずにモヤモヤしていた気持ちに片がついたからだろうか。今日のクォーツは嫌に正直と言うか、その言動に容赦がない。
今度こそ気力を根こそぎ削られ、よろよろと向かいに立つ彼の肩にすがり付く。納得出来ない気持ちを訴える為にその肩を力なく揺らすと、小さく笑みを浮かべたクォーツが言った。
「別に、過去の手紙をわざわざとっておくことないじゃない。これからも、ずっと一緒なんだから」
「…………っ!その言い方はずるいよ」
思い出ではなく、未来を見据えたその優しい声音に釣られて、微笑んで。同時に、そんな彼を見てふと思ったことを呟く。
「僕さ、君のこと、人畜無害で温厚篤実な性格で、自分とは正反対ないい人だってずっと思ってたんだけど……。実は、意外と僕以上に腹黒いんじゃないかと思えてきたよ」
「あれ?今更気づいたの?」
口元に人差し指を当て、小さく舌を出したクォーツが笑う。
そんなまだ知らなかった一面に瞠目し、思いきり声をあげて笑った。
まぁ、その直後に様子を見に来た兄に聞かれて、二人して叱られてしまったのだけれど、これもまたきっと、良い思い出になるのだろう。
(クォーツがあんなドライな一面を持ってるなんて、驚いたよ……)
本心で話してみれば、十分親しいと思い込んでいた相手にも、意外な一面が有るもので。
明日になったら、ライトとも一度腹を割って話してみても良いのではないかと、そんなことをぼんやりと思った。
結局、翌朝彼の客間を訪れて見れば、ライトには彼の発熱が原因で会えなかったのだけれど。
用事があったのだと同じく彼を訪ねて来たフローラと朝から二人になれたのだから、幸運だったと思うことにしよう。
~Ep.204 聞くは気の毒、見るは目の毒~
『知らない方が良かったことも、この世にたくさん有るものだよね』




