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Ep.201 世話焼きさんの隠し事 《中編》

「大変なご迷惑をお掛けして申し訳御座いませんでした。一国の姫君ともあろうお方が、夜中に客間を抜け出した挙げ句他国の皇太子様に部屋まで送り届けて頂くなんて、全く本当にお転婆なんですから……」


「ははっ、まぁ説教は明日にして、今夜は寝かせてやってくれ。今日はずいぶんと、無理をして疲れたんだろう」


  丁度フローラの部屋の前で不安そうにしていた専属侍女のハイネが開いてくれた扉をくぐり、整えられたベッドにフローラの身体を下ろす。

  突然の主人の失踪後にも関わらず毛布がきちんと温かいのは、帰ってきたフローラがすぐに快適に眠れるよう、侍女達が温めておいたからだろう。


(本当、これだけ周りに愛されといてなにが不安だったんだか)


  苦笑しつつ、涙もすっかり乾いて幸せそうに布団に収まっているフローラから身体を離そうとして、不意に胸元が引っ張られる感覚に動きを止めた。


「……ん?」


「ーっ!まぁ、姫様ったら、駄目ですよ!!」


  視線をそこに向けると、小さな彼女の手がしっかりと自分の上着の胸元を握りしめている。

  引っ張られて伸びる上着を見て顔色を変えたハイネが慌てて離させようとしたが、寝ぼけているとは思えない程しっかりと握りしめられたその手はなかなか外れない。


「本当に申し訳御座いません……!」


  結局どうにもならなかったらしい。ガックリと項垂れたハイネの姿に苦笑しつつ、どうしたものかと考える。

  やましいことが無いとは言え、ベッドに横たわるフローラに覆い被さっている(様に見える)この体勢は非常に良くない。しかし、彼女が手を離してくれないと、自分は身体を起こすことが出来ない。これは由々しき事態だ。(ずっと上半身曲げてるから、後々腰にも来そうだし)


  しかし、離させようとする度に子供が『イヤイヤ』をするように首を横に振られて、(これ、無理矢理外したら泣き出すんじゃないか……?)なんて思ってしまう。


「姫様、イヤイヤじゃなくて本当に離してください!これ以上ライト様にご迷惑を……っ」


「いいよ、俺がこれ脱げば済む話だから」


「いえそんな、それではお部屋に戻られるライト様がお寒いでしょう。他国の王家の方に、その様な事をさせる訳には参りません!我が国の品位が疑われますわ」


  自分にそう言い放った真剣な顔から一転、『だから離してくださいって言ってるのにーっ!』と困った表情でフローラの手と格闘しているハイネ。極端な話、叩き起こして手を離させれば済む話なのにそうしないのは、結局ハイネもフローラに甘いからだ。幸せそうに寝入っている彼女を、出来れば寝かせておいてやりたいのだろう。

  それにしても、と、礼節を重んじつつもどうしてもフローラが一番優先になってしまうハイネの姿を眺めていたら、彼女に冷たくされる度にこっそりと落ち込んでいる自分の専属執事の姿が頭を過った。


「フリードにとっては、どうやらそこいらに居る男達よりフローラの方がよっぽど手強いライバルになりそうだな」


「ーっ!?ライト様、どこまでお知りになったかは存じませんが、彼との事はどうか内密に……、きゃっ!!」


  他意なく溢したその呟きに反応し、ギギギギっ……と軋む音が聞こえてきそうなほどぎこちない動きでこちらを振り返るハイネ。その背中に、窓から急に飛び込んできた毛玉が見事に激突して。

  つんのめったハイネに対し、痛がる様子すら見せないその毛玉の正体は、猫の姿をしている癖にハムスターの様に頬を膨らましたブランだった。


「何だよ、ライトの執事から連絡貰って飛んできてみれば呑気に寝ちゃって!本当に仕方ないんだから!」


「こら、よせよ。さっきまで散々泣きじゃくってて大変だったんだから起こすな」


「泣いた!?フローラが……!?」


  すやすやと寝息を立てているフローラの額をペチペチと叩くブランの首後ろを掴んでつまみ上げると、驚愕した様子のブランに見上げられて。『今日だけはフローラに優しくする』と、約束していたことを思い出した。


「言っておくが、別にキツいことなんか言ってないからな」


「う、うん。まぁこんな幸せそうな寝顔見ればそこは信じるけどさぁ……。それにしても何なの、その体勢」


  冗談めいた声音で『押し倒してるみたいだよ』と指摘され、一気に顔に熱が上がる。それを誤魔化すよう、フローラに掴まれたままの上着を乱暴に脱ぎ捨て、ついでにそれでブランを包み上げてそのままフローラの腕に押し込んだ。

  小さく声をあげて身じろぎしたフローラに抱き締められ、ブランが苦しげな声を上げる。


「ちょっと!何するのさ!!」


「やかましい、騒いだらフローラが起きちまうだろ。……俺にしがみついて離れなかったのは、寂しさのせいだろうからな。朝まで大人しく抱かれててやれ」


「えーっ!嫌だよ、何で僕が!!」


「相手の心を支えるのも、相棒の役目だろ」


  笑って言ってやると、押し黙ったブランが『し、仕方ないな!』と大人しくなった。そのヒゲが嬉しそうにピクピクと動いていることは見てみぬフリをして、ようやく自由になった身体で扉を開く。


「ーっ!お待ち下さいライト様っ、せめて代わりの上着を……!」


「大丈夫だ、気にするな」


  自分が上着を置いたまま帰るつもりなことに気づいたハイネが慌てて追いかけてきてそう提案してきたが、それを笑って断る。

  フローラを抱き抱えていたせいか、腕の中で微笑む彼女の笑顔を見てから妙に身体が熱いので。むしろ、上着なしで薄着から晒された肌に触れる夜風は、寧ろ火照りを冷ますのに丁度良い位だと思って。ただ、それをわざわざ口に出しては言わないが。

  

(それにしても、何でこんなに熱いんだ……?)


  部屋に戻ったら熱を計るべきだろうか。風邪の予兆じゃないと良いんだけどな。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

  ライトを見送り、ブランを抱き締め眠るフローラにそっと毛布をかけ直した後、安堵でドッと押し寄せた疲れにため息をつくハイネに、スプリングのメイドを通してホットミルクが届いた。


  客人であり“姫様”である主人にではなく、今や一介のメイドに過ぎない自分に名指しでそんなものが届く不可解さに首を捻れば、届けてくれた年若いメイドは、フェニックスの皇子の“専属執事の男”に頼まれたのだと言う。

  対象者として浮かぶ顔がたったひとつしかないことと、夜分に意味のわからない頼み事を見ず知らずの男にされた筈なのに、彼の特徴を夢見心地で嬉しそうに語ってから去っていったメイドの様子に項垂れた。


「労いのつもりなら、純粋な若い娘たぶらかして持っていかせないで自分で届けに来てもらいたいものね」


  言い訳のように文句を言いながらも、一口カップに口をつければ、懐かしい、自分の好みに合わせて調節されたその味に心がほぐれてしまう。とっくに終わったはずの関係は、まだ、自分の世界にしっかりと足跡を残したままのようだった。


「ライト様も、一体誰から、どこまで話を聞かれたのかしら……。あぁ、憂鬱だわ……!大体、とっくに縁が切れたはずなのに懲りもせずに関わってくる彼が悪いのよ!!……あら?」


  飲み干したカップをトレーに勢いよく置くと、その振動でひらりと一枚の紙が落ちる。どうやら、カップの裏面に貼り付けられていたようだ。


  花形に切り抜かれた可愛いメモ用紙に並ぶのは、昔より幾分か大人びた、でも懐かしさを感じさせる文字。


『いつもお疲れ様、あまり頑張りすぎないようにね』


  飾り気もなにもない、シンプルだが丁寧に書かれたことがわかるそれに小さく笑みを溢して、手帳のポケットにしまい込んだ。

  このくされ縁がどうなるのか、いつ主人に事情を話すべきか、彼のせいで頭が痛い事は色々あるけれど。今夜だけは、ベッドで寝息を立てている主人に負けないくらい安らかに眠りにつけそうな気がした。



     ~Ep.201 世話焼きさんの隠し事 《中編》~



  


  

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