Ep.199 月夜の兎の操り手
正直舐めていた。
他国とは言えスプリングの城の庭園は小さい頃からフライとクォーツと遊び場にしていたし、何より華やかなフローラの長い金髪は目立つ。だから、きっとすぐに見つかるであろうと。
しかし、その考えは大いに甘かったと後悔し、庭の端に位置する東屋の柱に思わず両腕をついて項垂れて。
「っ……!」
途端に痺れに似た鋭い痛みが一気に肘までかけ上がって、傷んだ方の腕を無意識に押さえた。
華やかな物を好むスプリングらしい華やかな長椅子に腰を落として袖を捲ると、青いインクでも溢したようなまだらな染みが現れる。聖霊の森で空から落下したフローラを受け止めた際に打ち付けていたようなのだが、あの時は色々と気にすることが多すぎて気づかず。スプリングに戻ってきて、ようやく興奮が冷め痛みに気がついた時には、処置をするには遅く、すっかり痣となってしまっていたのだ。
皆で顔を合わせる夕食の前に下手に大袈裟な処置をされたら格好がつかないし、そもそも一晩眠って起きたら後は帰国だけだからと、騒ぎ立てる付き人達の質問攻めには『大した怪我じゃない』と笑って受け流し。何よりも、怪我に気づけば庇われたフローラが一番気にするだろうと思って、薬や包帯は巻かずに冷やすのみの応急手当で済ませてしまったわけだが。
「ちゃんと手当てしておくべきだったな……。でも、まさかこんな事態になるなんて予想つかないだろ?全く、あいつは……」
今になって後悔しても仕方がない。が、部屋を出る前に痛み止を飲んでこなかったのは別に自分のせいじゃない。まさか、床につく直前になって行方知れずになったお転婆姫を探しに行く羽目になるとは、誰も思わないじゃないか。
考えてみれば、無意識ではあったが今日一日はずっとフローラの事で頭の中の大半が支配されていたような気がする。そう思うと、探しても探しても見つからない心配と、疲れで限界に近い眠気も重なり、何だか腹が立ってきた。
「そもそも、何で俺が朝から晩まであいつのこと考えてなくちゃならないんだ。馬鹿馬鹿しい!大体、初めて会った時からあいつは無鉄砲と言うか……っ!!」
誰も居ないのに、初対面の頃の苛立ちを今更吐き捨てる様に呟いていたそれを、不意に吹き抜けた柔らかな風が拐っていく。一瞬のそれで乱れた髪を直しながら、ふと、先程までよりも大地に写る己の影が濃くなっていることに気づいた。
一点の変化に気がつくと、同時に辺りに金色の光が射し込んでいることもわかって、誘われる様に空を見上げる。
「今夜は満月か……」
決して主張し過ぎずに、しかし、温かく全てを包むようなその輝きは、何だか彼女の笑顔に似ている。
そう思ったら、穏やかな別の感情に浄化されるように、先程までの苛立ちは跡形もなく消えていった。
まぁ、自分でも、彼女への苛立ちや怒りが長くは続かないことぐらい、とっくに自覚はしていたけれど。
思えば、いつからだっただろうか。振り回されて、巻き込まれて、散々怒った後でも……割りと気が短く、他人の好き嫌いが激しい自分が、彼女のことだけは自然と許せる位、近しい存在になったのは。
(あぁ、そうだ……。あの日も、こんな満月だつった)
自分の“苦手”も、そんな自分を“認められない弱さ”も、全部受け止めて、自分には全く無かった純粋な言葉で、フローラに救われたあの夜。あの時2人で眺めたのも、同じような優しい満月だったと、その優しい光に手を伸ばして、不意に過った記憶に己の掌を見つめた。
「そう言えば、あの時は魔力練習で出してたウサギを追ってあいつの方から現れたんだったな」
じっと掌を見つめた後、指を鳴らすと数匹の可愛らしいウサギが目の前に現れる。
「お前達、ちょっと庭を回ってフローラを探してきてくれないか?」
冗談のつもりで言ったのだが、ウサギ達は『任せろ!』と言わんばかりに前足でダンダンと地面を叩き、夜の庭園に散り散りになっていった。
昔よりずっと正確に操れるようになったとは言え、本当にフローラが現れるとは思っていない。
五分と待たずに自力で探しにいこうと立ち上がり、片手を振って魔力を解除する。これで、ウサギ達も姿を消した筈だ。しかし……
「あっ……」
「ーっ!」
その直後に背後から聞こえた落胆するような声音に、まさかと思いながら振り返れば、そこには正しく探し人であるフローラが立っていて。
(まさか、本当にウサギに釣られて来るとは……お前ちょっと単純すぎやしないか)
無事見つかった安堵からか、そんな軽口が飛び出しかけたが、ブランとの約束が頭を過り口を嗣ぐんだ。
そのまま流れで並んで座り、月を見上げて二人だけで話す。いつかの時と同じ様に。
ただ違っているのは、彼女が自分から不自然な距離を開けて腰かけたことと。
いつもなら花が開くような明るいその笑顔が、いやに作り物めいて見えることだった。
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『苦手なんだ、私。弱音吐いたりとか、甘えたりとか……そんなことしたら、嫌われちゃう気がして』
いつの間にか雲に月明かりが遮られ、辺りが暗くなったせいだろうか。
そう呟く彼女の姿が、今にも闇に溶けて消えてしまいそうな程に儚く見えるのは。
しかし、弱々しく吐き出された彼女のその悩みだが……、自分は正直どうして彼女がそんな風に強がってしまうのかがまるでわからなかった。
だって、あり得ないだろう。
お前が笑うだけで、皆あれほど幸せそうに笑うのに。お前の素直な言葉に散々救われてきた仲間達が、そして、他の誰よりも自分自身が、お前を嫌いになる未来なんて、どう考えたって、起こるわけがないと。
だから、笑って一蹴した。そんな悩み、下らないと。何も、心配しなくても大丈夫だと。かつて彼女が、自分の悩みを同じ様に笑い飛ばした様に。
「おっ、おい、どうした?このタイミングで泣くなよ……!」
「な、泣いてないよ、嫌だなぁ」
しかし、途端にボロボロと涙を溢し出したフローラに慌ててしまう。
本人は見せたくないのだろう。焦った様子で顔を覆い俯いたが、小さなその手の隙間から、淡く光を反射して、宝石のような大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていく。
初めて……本当に、出会ってから初めて見たその泣き顔が、胸の奥に突き刺さるような気がして、自分まで苦しくなって。
何か言ってやりたいのに、上手く言葉が出てこない。
(……っ!カンテラ……?見回りの兵士か!タイミング悪すぎだろ!)
しかし、溢れていく涙を見ているのが辛くて顔を上げた際、近くで揺れた橙の薄明かりに舌打ちをする。必要な時には現れないのに、何でよりによって今更来るのかと。
静かにこちらに寄ってくる兵士は、完全な“他人”だ。親しい自分にだって見られたくないのに、赤の他人に泣き顔を見られるなんて、真っ平御免だろう。
しかし、ここは開けた庭園の一角だ。隠れる場所などまるで無い。
(とにかく、フローラの様子に気づかれる前にここから離れないと……)
そう思い立ち、一歩彼女の方へ踏み出した時だった。
涙を拭くために少しだけ顔を上げたフローラが、小さく『情けないから見ないで』と、そう呟いたのは。
その潤んだ瞳に自分が写るより先に、勝手に身体が動いて。
気がついたら、弱々しく震える小さな身体を抱き締めていた。
(……ったく、フリードが変な入れ知恵するからだ!まぁ、いいか。これなら泣き顔を見られることは無いだろ)
腕の中から、身動ぎするその身体を逃がさないように力がこもってしまうのは、彼女が泣き顔を見られたくないと言ったからで、決して“自分が”彼女の涙を他人に見せたくなかったからではないのだと、そう心で言い訳しながら。
~Ep.199 月夜の兎の操り手~
元々、ゲーム補正のヒロインによる支配力より、積み重ねてきた絆の方が強いよ!という意味があって、幼少期から物語が始まった連載なので、正直作者にはこの小説の子達の関係をいきなり甘くすると、読者様方がついてこられなくなってしまうのでは無かろうかという不安があるのですが、ここ最近のお話はいかがでしょうか?(;・ω・)
自分の中では、少しずつ恋愛感も増やしているつもりなのですが^^;
もっと甘くて良いです!とか、逆に一気に進みすぎかな?とかあれば、コメント等頂けるととても喜びます(*´∀`)
よろしくお願いいたします(*´ω`*)




