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Ep.198 過保護なのは誰だ?

「よし、こんなものかな。フリード、管理は任せるぞ」


「かしこまりました。しかしまぁ、随分とお疲れなようで」


  体力よりも気力を大きく削がれ、気だるさが残る身体を叱咤して書き上げた報告書を俺の手から受け取り厳重に保管したフリードが、苦笑しながら程よい温かさに調節されたココアのカップを手渡してきた。ベッド脇のテーブルには、特に疲れた日にしか袖を通さない、特別手触りの良い夜着が既に用意されている。付き合いが長いだけあり、気の利く専属執事に感謝した。

  カップに口をつけると、優しい甘さが少しだけ疲れを溶かしてくれるような気がする。


「まぁ、行った場所が場所だったし仕方がないな。必要な事は済ませたし、着替えたらもう寝……、っ!誰だ?」


「殿下はこちらに。私が確認して参ります」


  ココアを飲み干し、夜着に着替えようかと言うそのタイミングで、激しいノックの音に会話を遮られる。

  冷静に扉へと向かっていくフリードの背中を見ながら、全力で叩いているとハッキリわかる早さの割には軽いノックの音に首を傾げた。

  しかし、その疑問は、フリードが開いた扉から飛び込んできたノックの主の姿ですぐに解決する。


「大変だーっ!!!」


「おっと!」


  一直線に扉から室内に飛び込んできたのは、翼の生えた白い毛玉。そのままだと窓に激突するのは間違い無かったので、その前に目の前を突っ切ろうとしたその尻尾を摘まんで引き留める。

  勢いを削がれてプラーンとぶら下がったままでは流石に気の毒だろうと、その身体を抱き上げとりあえずベッドに座らせてやったのだが、ブランは俺の腕にすがり付いて『大変なんだってば!』と騒ぐ。火急の要件なのは、こんな夜中(と言ってもまだそこまで深夜ではないが)に使い魔がたった一人で訪ねてきた時点でこちらもわかっているから落ち着けと宥め、その小さな頭を撫でながら『一体どうした』と水を向けて。


「フローラが部屋から勝手に居なくなっちゃったんだ!」


  と叫ぶその声に、思わず脱力して肩を落とした。

  詳しく話を聞くと、どうやら誘拐等の事件性のある失踪では無く、きちんと『散歩にいく』と書き置きを残した上での本人の意思によるもののようだ。いつもなら、専属のメイドであるハイネ辺りにまた勝手な真似をしてと叱り飛ばされて、それで終わるような些細な出来事。だが……脳裏に、昼間にフローラが時折見せていた、怯えるような表情がちらついて、どうにも『自分達で探せ』と突っぱねる気にはなれなかった。


「仕方ないな、とにかく探すか。それにしても、何で真っ先に俺の所に来たんだ?ここはフェニックスじゃないぞ」


  夜着に着替える為脱ぎ捨てていた上着を羽織り直しつつ、『ここはスプリングなのだから、まずはフライを呼ぶべきだったはずだ』と忠告したが、ブランは不服げに頬を膨らませる。

  何が不満なのかとじっとその様子を観察していたら、小さく聞こえてきた反論はこうだった。


「だって、フライとかクォーツに知れたら、また昼間みたくグダグダになりそうで不安だったんだもん」


「………………あぁ、成る程」


「昼間……?聖霊の森で何があったんです?」


  彼も捜索に動いてくれるつもりなのだろう。身なりを整え一筆何かを書き記していたフリードが首を傾げたので、昼間彼女が急に居なくなった際の仲間たちのボケっぷりを簡潔に話した。確かに、この疲れた身体であの問答をもう一度やるつもりにはなれない。そう考えると、自分を報告相手に選んだブランの選択は正しいかもしれない。


「ははははっ!成る程、確かにフライ様とクォーツ様には、フローラ様が見つかるまで報告はしない方が良さそうですね。あの方達は、フローラ様を大変お慕いしていらっしゃいますから」


「お慕いと言うか、ただの過保護だろ。まぁ、あいつ等にせよルビーとレインにせよ、あいつの周りはどうにもあいつの事を好きすぎるんじゃないかとは俺も思うが」


  さも可笑しそうに腹を抱えてひとしきり笑った執事を睨み付けてやると、『では、報告はフェザー様に致しましょうかね』とフリードが改めて扉を開く。

  

「それにしたってあいつは、朝から晩まで心配かけやがって……」


  『見つけたら説教だな』と呟く自分の腕に、柔らかな前足が絡み付いて来る。

  視線を落とすと、いやに気落ちした様子のブランがそこに居た。


「……?どうした?」


「フローラが迷惑かけてばっかでごめん。僕からも謝るし、後でちゃんと言い聞かせるよ」


  どっちが主だかわからなくなるようなその言葉に苦笑が溢れかけたが、自分の顔を見上げた真剣な眼差しに、表情を引き締め直した。

  小さいけれど、強い意思を込めた眼差しのまま、ブランが続ける。


「だから今日は、怒らないであげて。今きっとフローラは、自分で思うよりすごく辛い思いを抱えてる筈だから」


  『今夜だけは、すっごく優しくしてあげて』と、すがり付くようにして訴えてくるその姿に、フローラの怯えた瞳が浮かんだ。

  それを振り払うように首を横に数回振ってから、微笑んでブランをそっと自身の腕から離れさせる。


「……わかったよ。お前に免じて、今日だけは大目に見てやるから安心しろ」


「ライト……」


「殿下だって、何だかんだ言ってフローラ様に甘い……痛っ!」


  然り気無く余計なことを言うフリードは黙らせて、ブランに安心して、空から彼女を探すように言う。

  主人思いの優しい使い魔は、『絶対だからね!』と念を何度も押しながら、夜空の中に消えていった。


「それにしても、いつも天真爛漫なフローラ様が落ち込まれるなんて、一体何があったんでしょうねぇ」


「……さぁな。それは本人に聞いてみないとわかりようが無いが、ただ……」


「ただ、何です?」


「いや、そう言えば今日のあいつ、たまに随分と寂しそうな顔してるときがあったなと思って」


  呟くようにそう言うと、自分より一歩だけ前を歩いていた男は『そんなことでしたか』となんとも腹の立つことを言った。ひと言嗜めてやろうかと思ったのだが、自信満々に続く次の提案に勢いを削がれて。


「大切な方が孤独に震えている時は、優しく抱き締めて差し上げれば良いのです!」


  あまりに場違いなその発言に、呆気にとられてしまった。


「お前な、それが一体なんの解決になるんだよ」


「何を仰いますか!元来より、人の温もりには心を癒す力があるのですよ!!ましてや寂しがられているのが女性ならば、黙って抱き締めて、苦しみも悩みもまとめて包み込んで差し上げるのが男の役目と言うものです!」


「……そう言うものなのか?」


「そう言うものです!」


  結局、フリードの勢いに呑まれたまま言いくるめられ、『では、ご健闘を祈ります!』と去っていったその背中を見送り、自分も庭へと踏み出した。


「……抱擁とか、絶対しねーからな」


  意地を張ったそんな誓いは、わりと簡単に破れてしまうことも知らぬまま。



     ~Ep.198 過保護なのは誰だ?~


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