Ep.197 合わせ鏡の悩み事
『似た者同士で“違う人”だから、解決出来る悩みもあるのです』
痛くは無いけれど抜け出せないくらいの力で、突然優しく抱き締められて。
訳もわからないまま、感じる温もりに余計に止まらなくなる涙を隠すようにうつ向いていると、不意に背中がぼんやりとしたオレンジ色の灯りに照らされた。多分、夜の見回り兵が明かりとして持たされているカンテラだ。
ただ、抱き締められて体勢を変えられないので、自分の目で確かめる事は出来ないけれど。
「ライト様、フローラ様、いかがなさいましたか?何か不自由があったのならば、我々にお申し付け頂ければすぐに参りましたのに」
「フローラ様はどうなさったのです?お具合が優れないようならば、すぐに医者を!」
(ど、どうしよう。なんか騒ぎになってきちゃった……!)
見回りの兵と言うものは、単独ではなく2人一組で行動するものだ。自分達を発見した兵士達も例に漏れずそうなのだろう。ふたつの声音で次々に飛んでくる言葉と、次第に近寄ってくる足音に焦る。第一、明らかに抱き締められているこの体勢を兵士に見られるのは大変宜しくない。
探しに来てくれたライトにこれ以上迷惑はかけられないし、どうにか誤魔化さないといけないが……如何せん、涙はびっくりして止まったものの、すっかり顔は泣き腫れてしまっていた。これを見せてしまえば、もっと厄介な事態になりそうで怖いが……そうも言っていられないと、自身の身体を支えてくれているライトの腕に手を添えて、離して貰えるよう力を込めた。
しかし……
(あ、あれ……?)
余計に抱き締める力が強くなったかと思えば、今度は片手を後頭部に回され、ぐっと引き寄せられる。
必然的に彼の胸に顔を埋める体勢になったまま、耳元でライトが小さく耳打ちしてきた。
「いいから、そのまま顔埋めてろ。泣き顔、見られたく無いんだろ」
いつもよりも心なしか低く、落ち着いたその声音に、一瞬だけ胸の奥が痺れるような、疼くような不思議な感覚に襲われて戸惑って。
しかし、その直後にふわりと抱き上げられて、そちらに驚いて不思議な感覚はすぐにどこかへ飛んでいった。
辺りの様子を確かめようにも、後頭部に回された手はそのままなので、顔を動かす事は出来ない。しかも、いつの間にか上手い具合に耳も塞がれてしまったので、彼等の会話もほとんど聞き取れなくなってしまった。
結局、兵士の片方が声を荒げているのをライトの、大事にはしてくれるなと言わんばかりの淡々とした声が『フローラは庭の散策中に迷子になり、歩き疲れて眠ってしまった。やましいことは何もない』と彼等の主張をバッサリ切り捨てているのだけは辛うじて聞き取れたので、『これは動いてはいけない感じだ』と察し、抱き抱えられたまま大人しくしている。
その後、内容は聞き取れなかったがライトが最後に少しだけ強めの口調で兵士達に何かを言い放った後に身体に伝わり出した振動で、ライトが自分を抱えたまま歩き出したことがわかった。
しばらくして、たまに頭を優しく撫でるように動きながらもずっと後頭部に当てられていた手が離れて行ったので、もう大丈夫だと言うことだろうと顔を上げてライトの顔を見上げた。
月明かりと、点々と最低限だけ辺りを照らすように設置された外灯の淡い光のせいか、腕の中から見上げるその表情が何となく落ち込んでいるように見えて、思わず『どうしたの?』と聞いてしまう。
すると、顔はこちらに向けないまま、ライトが思わずといった様子でため息を溢した。いつも強気で頼りになるライトにしては、あまり彼らしくない態度だ。
不思議そうに自分を見上げているフローラを抱えたまま、その足がゆっくりと止まる。そして……
「いや、さっきの兵士への態度と言い、昼間のお前への説教もそうだったけど……、またやっちまったなと思ってさ」
「え、さっきと昼間……?やっちゃったって、何を?」
「口調だよ。全然感情抑えられて無かったろ」
自嘲するようなその言葉に、聖霊の森で助けて貰った直後に彼に思いっきり怒られてしまったことを思い出す。だが、あれは明らかに自分のせいであって、ライトは悪くない。流石に、全身コゲコゲのあの状態で『上手に焼けました』は無かった。自らも危険に遭う可能性があったのに助けに来てくれた彼からすれば、怒鳴りたくもなって当然だろう。
先程の兵士達については、聞いていたフローラからしてみればライトの対応は冷静その物だったし、彼の語気が強まったのは最後のひと言の時だけだ。その前に兵士の片方が何度か彼に批判的な物言いをしていたようだし、あれくらい許されると思う。
そんな自分の考えを、フローラが説明下手なりにライトに頑張って伝えるが、彼の反応は苦笑いのみだった。何をそんなに気にしているのかと問えば、苦笑したまま『俺、初対面の時から短気だったろ』と言われてつい頷いてしまった。
しかし、今の流れでこの反応は酷いだろうとあわてて首を横に振り直す。激しく振りすぎて、ちょっと変な音がした直後に激痛に襲われてしまったが。
「別に無理して否定しなくていいって、事実だからな。たださ、いっつも隣にいるフライやクォーツが割りと自制が利く奴等だろ?生徒会の仲間の俺達への態度を見比べるとあの二人への方が話しやすそうにしてる役員も多いし……やっぱり、感情的になりやすいのは為政者になるにあたってリスクになるなとか最近思うようになって」
『だから、少しは感情的になるのを気を付けようって頑張ってたつもりなんだが、難しいもんだな』と、思わぬ彼の本音に瞠目して……その後、小さく声をあげて笑ってしまった。
「……笑うなよ」
彼が拗ねた様にそう言って、自分が謝りつつもらしくない悩みだと答える。まるで、ついさっき自分の悩みを笑い飛ばして貰ったのと真逆だ。
きっと彼は知らないのだろう。いつだって熱く、真っ直ぐで、誰に対しても正面から向き合っている貴方が、どれだけ多くの人から支持を得ているのかを。
そして何より、その真っ直ぐで優しい心に、近くにいる自分達が、どれだけ救われているか。しかし、確かに自分も皆も、それを面と向かって彼に伝えたことは無かったように思う。
だからだろうか。未だに拗ねた様子で自分を見下ろしていた彼に、こんなことを言ってしまったのは。
「私は、ちょっと感情的な位のいつものライトの方が好きだな……」
「……っ!」
先程捻った首が若干痛むが、少しだけ首を上に向けて、微笑みながらそう呟く。泣き腫らした直後だから、きっと酷い顔だっただろうけれど。
「……さっきまでメソメソしてた癖に、生意気な奴」
「痛っ!これでも励ましたのに……っ!」
「わかってるよ、ありがとうな」
紅い双眸が見開かれたのと同時に、抱き締められている彼の両腕が一瞬変な風に力んだ気がしたが、不意打ちで頭を叩かれて、痛みに気を取られた隙に再度しっかりと抱え直されてしまった。囁くように紡がれた感謝のひと言に、じわりと胸が温かくなる。
「ほら、今度こそ話は終わりだ。このまま部屋まで送るから、大人しくしてろ。眠たいなら、そのまま寝ていいから」
「え、でも……んっ!」
流石にそろそろライトの腕も疲れたのではなかろうかと思っていたのに、有無も言わされず再び彼の胸に顔を埋めさせられて。
そのまま彼がまた歩き出してしまったので、今回はこのまま大人しく甘えることにして、自分からも寄りかからせてもらう。
(なんだか、本当に眠くなってきちゃった……)
身体に伝わってくる歩くライトの振動と、耳元で僅かに響いている自分じゃない人の鼓動が心地よくて、段々と微睡んでいく。
夢の中へと沈んでも、悲しい過去はもう襲ってこなかった。
~Ep.197 合わせ鏡の悩み事~
『似た者同士で“違う人”だから、解決出来る悩みもあるのです』
ヒーロー達の人気投票は無事終了いたしました(*´ω`*)ご協力頂いた皆様、本当にありがとうございました!
ラスト2日でライトが一気に上がったのを除けば、作者が予想していたよりずっと接戦でございました(;・ω・)びっくりですが嬉しいです!
ちなみに、最終結果ではライトが一位、次いで二位にフライが入りました。最近見せ場も多かった二人なので、良かったですヘ(≧▽≦ヘ)♪
“その他”を選んで投票下さった方々の推しが誰かわからないので、一番選ばれる可能性が高そうなキャラ数名の出番も今後増やせるよう頑張って見ようと思います^^
拙い作品ではありますが、読者の皆様には今後ともお付き合い頂けたら幸いです(*´∀`)




