Ep.196 『嫌いにならないで』
前回の引き続きにて途中ちょっと暗め、その後ちょっとだけ甘要素ありです^^;
ゆっくりと振り向いたライトは、フローラに無言で近づき片手を振り上げ……
「こんな夜中に、しかも他国の客間から抜け出す姫が何処に居るんだ阿保!」
その脳天に向かい、思いっきり振り下ろした。
パコーンッと言う乾いた音が、静まり返る月夜の庭に響き渡る。
「痛~~っ!!」
以前にも同じようなことがあったと思いつつ、痛みに涙目で頭を抱える自分を見下ろしやれやれと肩を竦め、疲れた様子で東屋のベンチに座るその姿を見上げる。憂いを帯びているように見えたのは、単に疲れていたせいだったようだ。
まだ痛む頭を擦っていると、『とりあえず座れよ』と促される。その言葉に従い立ち上がり、ベンチに腰を下ろそうとした所で、フラッシュバックする試練の時の、ライトじゃないライトの姿に身体が不自然に止まる。
そんなフローラの妙な動きにライトは一瞬怪訝そうに眉を寄せたものの、いつもより若干遠くに腰掛ける彼女の行動を指摘はしなかった。
ただ、フローラが腰掛けたと同時に、何かを……いや、誰かを探すように空を見上げて、すぐに諦めたように首を横に振るだけで。
そんな彼の仕草を不思議そうに、そして、あの試練の前にはなかったほんの僅かな“不安
”をにじませた瞳で眺めているフローラの方へと視線を向ける。
「ブランが俺を呼びに来たんだよ。お前が部屋に居ないから探すの手伝ってくれってな。だからブランには空から探させて、俺は地上を探していた訳だが」
「そうなの?おかしいな、ちゃんとお散歩に行くって書き置きしたのに」
口元に手を当て『もう、あの子ったら……
』とお姉さんぶった口調をするフローラにガックリと肩を落とし、『お前が勝手なことするからだろうが!』ともう一度片手を軽く上げる。
「ーーっ!!」
しかし、その動きを見たフローラが、脅えるように目を閉じて両手で身を守る動きをしたのを見て、何もせずに腕を下ろした。
「ら、ライト……?」
衝撃が来ないことに気づいたフローラがそっと目を開けると、困ったような、悲しそうな表情をしたライトと視線が重なる。
(あっ、私、今……!)
その表情に、今しがた自分が取ってしまった不自然な反応に気づき慌てて両手を背中に隠したが、遅かった。
「お前……、試練の後からことある毎に俺達に怯えてるだろ」
先程までの怒鳴り声と打って変わって静かな声音のライトにずばり核心を突かれ、言い訳を考えていた思考も止まる。
今のは確かにあまりに不自然だったが、昼間の時には上手く誤魔化し通せたと思っていたので尚更だ。
「ち、違うよ!いや、違わないけど、それは皆のせいじゃなくて……!!」
わかってる。あれは現実ではないし、彼らはそんな人間ではないと。だからこそ、わかっているにも関わらず怯えてしまう、臆病な自分のことも、何より、自分があの試練の彼らの幻影を見て、何が恐ろしかったのかなど話せるわけもなくて。視線をあげられないまま、回らない頭で言い訳を探した。しかし。
「……まぁ、試練で俺達の幻影に散々な目に合わされたらしいしな。トラウマになるのも無理ないか」
「えっ……!?」
青白くなった顔で必死に弁解しようとするフローラの頭を今度は優しく二回ほど叩き、ライトがそう呟く。
驚いて顔をあげると、いつもと何ら変わらない色の双眸に、間抜け面の自分が映っていた。
「なんで、ライトが知ってるの……?」
「ブランから聞いたんだ。あいつ、俺達が試練を受けさせられている間に、一度聖霊王と会ってたらしいぜ」
「聖霊王の水鏡ね……!ブランったら、見てたんなら言ってよ……!!」
「いや、言ったとしても届かなかったろうよ、全員閉じ込められてたんだから」
「それはそうだけど……!!」
動揺を見せまいと思わず顔を覆ったフローラが、ライトの無慈悲な突っ込みに崩れ落ちた。
何て事だ、見られているとわかっていたら、心配をかけないようにもっと上手くやったのに。しかし、そんな事を思っても最早手遅れである。
そして、こう言うあからさまに不利な状況で自分はどうすべきか。
(私が精神的な駆け引きでライトに勝てるわけないし、逃げの一手ですねわかります)
思い立ったが吉日。とは少々違う気もするが、決断するや否や素早く立ち上がり、微笑みながら膝を折る。自分は今、上手く笑えているのだろうか。
その答えは、別れの挨拶を遮るライトの静かな声音ですぐに出ることとなる。
「迷惑かけてごめんね。お散歩で気分転換も出来たし、もう帰って寝るから大丈夫だよ!だからライトも……」
「そんな表情のまま帰ったって、どのみち眠れなくてまた部屋から抜け出すんじゃないか?」
「そ、そんなこと……」
言い淀む自分の姿を、太陽の様な力強い瞳が見つめている。
「どうせこのまま無理に戻ったって眠れないくらいなら、一度全部ここで吐き出しちまえよ」
『一人じゃ解決出来ないからこんな事態になったんだろ?』と苦笑されて、逃げ出せない気まずさが更に増す。でもそれ以上に、誰かに聞いて欲しかったと言う本心を見透かされた事で、身体中にこもっていた妙な力が抜けた。
「……なんか、全部見通されてるみたいで悔しいな」
「昔、月夜にうちで話した時には俺が見透かされたからな。これで相子だろ」
勝ち誇った表情で言われて、思わず『何年前の話!?』と声をあげて笑ってしまった。
「大体な、お前普段あんなに素直なのに、何で一番しんどい時には誰にも弱音吐かないんだよ。理不尽な仕打ちを受けても愚痴を吐かないのは確かに立派だがな、お前はせめて怒るくらいすればいいんだ。俺達、八つ当たりや愚痴も聞かせられないほど信用ないか?」
「そんなことない!皆のこと、本当に大好きだし、信じてるよ!!元からね、多分苦手なんだ、私。弱音吐いたりとか、甘えたりとか……そんなことしたら、嫌われちゃう気がして」
たくさん笑って、気が緩んだからだろうか。
ポツリと、そんな本音が溢れたのは。
「……嫌われる?」
訳がわからないと言わんばかりに眉を寄せたライトの隣から立ち上がり、いつの間にか先程より幾分か深くなった闇の中を数歩前へと進んだフローラがふと空を仰ぐ。
先程より辺りが暗くなったのは、どこからか流れてきた雲が満月の姿を隠してしまったからだった。
そんな淀んだ空を見上げたまま、堰を切ったように言葉が溢れ出す。それは、前世で一番信頼していた母にすら伝えられなかった自分の本音だ。
「私にとって、人の心ってあの月と同じ。どんなに自分が好きで、大切で、ずっと見ていたくても、ちょっとした事で遮られてわからなくなっちゃう」
前世でいじめが始まったあの日もそうだった。
自分の好きだった人達は、あの一瞬を境に彼女にとって全く知らない、冷たい人になってしまったのだ。その突然の出来事に、腹が立たなかった訳じゃない。だけどあの時も、生まれ変わってまた違う人々から理不尽な仕打ちを受けて尚、自分は相手に、その怒りをぶつけることが出来なかった。
「私だって、どうしてそんなことするのって怒りたかったけど怒れないのはきっと、自信が無いからなの。他の誰が悪い訳じゃない」
反抗して、怒って、悲しみを吐き出したとしても。結局、欠陥だらけな自分のままじゃ『お前が悪いからやられるんだ』と、誰かにそう言われてしまう気がして。だって、前世で助けを求めた時に、先生たちはそう言ったから。
だからこそ、転生前も、転生してからも、いつでも全力で頑張った。もう二度とひとりぼっちにならないように、色んな事を考えた。それこそ、生まれ変わった気持ちで。
(それでも、死んじゃって生まれ変わっても結局、“私”は“私”でしかないし、決して別人にはなれない)
試練を受けてみて、改めてそれを痛感した直後だったから。マリンから投げつけられた『どんなにお前が仲間を好きでも、お前のことなんか皆好きにならない』と言う言葉にも、結局、言い返せなかった。
「自分が自分のこと好きになれないのに、皆に嫌われたくない、なんて……わがままだよね、私」
途中何度もつっかえたし、自分でも結局何が言いたいのかなんて整理すら出来ないまま、本当にただ吐き出しただけのその話を、ライトは静かに最後まで聞いてくれた。
「ーー……」
ただ、勝手に語っただけとは言え、何も反応が無いのは辛い。
だから、意を決して振り返った、その時。ライトは長くため息をつき、ひと息にこう言い切った。
「お前……意外と下らないことで悩んでんなぁ」
「えっ……!?く、下らなくないもん!!真剣な話なのに、何もそんな言い方……、っ!」
足を組んで気だるげに投げられたその物言いか頭に来て声をあげたが、不意に雲間から射し込んだ月明かりに照らされたその表情が、言葉に反して随分と優しくて、つい押し黙って息を呑む。
苦笑し立ち上がったライトが、わざわざ屈んでフローラの顔を覗き込んだ。そして、深刻に本音を吐き出したフローラとは真逆の、軽やかな声で話を続ける。
「好きになるか嫌いになるかなんて事は、あくまで相手が決めることだ。お前が一人で悩んだってどうにもならないだろ」
「うっ……!」
ズバッと放たれたそれは、正しく正論でぐうの音も出ない。そんな項垂れた彼女の顎に左手を添え、ライトがその顔を上げさせた。
「あ、あの……?」
「大体な、嫌われたくないなら初対面の時の俺とのあの大喧嘩は何だったんだよ。まぁ、あれは完全に俺が悪かったけど」
『正直、嫌いになるならもうとっくになってるわ』と言われ、顎を持たれて彼から顔を背けられないまま瞠目する。
「ご、ごもっともです……!」
「そうだろ?単純な話を、単純な頭で無理に考え込むから、起こり得ないことまで心配して眠れなくなるんだろうが」
「わ、わかってるよ!自覚してるからそんな単純単純連呼しないで!!」
「だって単純じゃないか。ちょっと優しくされれば多少怪しい相手でもすぐ懐くし、あからさまに胡散臭い相手だろうが、助けたら明らかに自分も危ない目に遭う状況だろうが困ってる姿を見せられれば自分から助けに行くし」
「え、私そんな危ないことしてる!?」
「してるだろうよ。お前俺と初めて会ったあのときも死ぬ危険性そっちのけで馬に蹴られかけてた子供庇っただろうが!!」
「そ、そんなこともありましたねぇ……痛っ!」
視線だけを必死に逸らしながらそう答えたら、容赦なく頭を叩かれた。『何するの』と、怒るより先に、顎を摘まんでいたライトがフローラから手を離し、自らの腰に手を当て直した。
再び小さく吐き出されたため息に、次は
何を言われるのかと身構える。だけど、続いて紡がれたのは、フローラからしたらあまりに予想外の言葉で。
「だけど、お前はそれでいい。さっさといつもみたく幸せそうに笑って、損得考えずに優しくしてろよ、得意だろ。それに……そんなお前だから、皆お前が好きなんだ。仲間として、友達として、ちゃんと認めてる」
それなのに、いつだって真っ直ぐな彼の言葉は、柵もトラウマもモノともせずに、心に真っ直ぐ届くのだ。
だから、ついまじまじと友の顔を見つめてしまっていたのに。何故だか目の前のその姿が、滲んで見えにくくなっていく。
「あ、あれ……?」
「お、おい、どうした!?このタイミングで泣くなよ……!」
先程までの頼もしく、自信満々だった態度はどこへやら。慌てふためくライトの言葉と、頬に当てた自分の指先に感じる冷たい感触に、ようやく気づいた。自分の瞳から、大粒の涙が勝手に溢れ落ちていることに。
いつもなら我慢出来ていた筈の涙が、今に限って止まらないのは。きっと、ずっと欲しかった言葉を貰ったからだ。
一度だけでも構わないから、本当は。友達からちゃんと、好かれてると言う安心感が欲しかった。
「な、泣いてないよ、嫌だなぁ」
だけど、やっぱり目の前で泣き顔を見られるのは嫌で。
今思えば、体勢を変えて彼に背中を向ければ済む話だったのに、止めどなく溢れてくる涙に焦ってしまって、両手で顔を覆って俯くしか出来ない。
しかし、そんなフローラの背中に、不意にライトの腕が回って。
「……っ!」
違和感に気を向けるより早く、気がついたら、力強いその腕の中に抱き締められていた。
~Ep.196 『嫌いにならないで』~
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