Ep.194.5 『怒らないから言いなさい』は、『今言えば少ししか怒らない』と同意
あれほど大変な目にあったと言うのに、すべてを終えて自国へと着いてみればまだ日も沈みきらない夕刻であった。
何となく釈然としない思いを抱えつつも、心配して自分達の帰りを待ち構えていた兄に簡単に報告を済ませ、それから夕食。
もちろん客人であり友であるライト、クォーツ達や、婚約者であるフローラも一緒な訳だが、あえて形式張った豪華な晩餐ではなく、親しい者だけで食べられる食事会に近いメニューとなっている。
気疲れしているであろう自分や友たちへの兄からの配慮だ、ありがたい。
なので、時間より10分程前に続々と集まってきた仲間たちも、特に気後れした様子もなく賑やかに雑談しながら席についていく。
「隣、いいかな?」
「もちろん!スプリングのお料理は盛り付けからすごい綺麗だねぇ、なんか芸術!!って感じ!」
「適当な事言って、お前本当に芸術なんかわかってんのか?」
「わ、わかってるもん!」
「ほお……じゃあ説明してみな」
「え!?えーと……っ、芸術ってのは理屈じゃないんですよ!!!」
「上手いこと言ったつもりだろうが、全然誤魔化せてないからな」
「ライト……、意地が悪いよ。……あれ?」
自然に彼女の隣に腰掛け上機嫌だったのだが、目の前のその気さくではあるが何とも間の抜けたやり取りに脱力して足を組んだら、不意に感じた違和感。どうやらポケットに小さく畳んだ何かが入っているようだが、さて、何だっただろうか……。
「うーっ、偉そうなこと言うならライトが説明してみたら?」
「えっ……、あー、なんだ。何かこう独創的な形してて、色彩が鮮やかならそれっぽいんじゃないか?」
「私よりダメダメだ!自分だって全然わかってないじゃん!」
「何だよ!じゃあ俺に芸術の心得が有るように見えるか?」
「「「「「いや、全然」」」」」
「さっきまで一切会話に参加してなかった奴等まで声を揃えて否定してくれるな、ダメージが酷い!」
しかし、ポケットの違和感の中身に思いを馳せるより前にライトのその言葉につい反応してしまった。
がっくりと項垂れた彼を、唯一否定をしなかった兄が優しく慰めている姿に苦笑していると、不意にフローラがこちらを向いた。
突然だったので一瞬心臓が跳ねたが、表情には出さずに済んだ。長年嫌々ながらに顔に張り付けていたこの微笑みが、こんな役立ち方をする日が来ようとは……。
「フライは詳しそうだよねぇ、芸術とかそう言うの」
複雑な思いを抱えていると、こちらの気持ちなど気づきもしない彼女が期待したような輝く瞳で見つめながらそう言ってきた。
「さぁどうかな……、ご想像にお任せするよ」
「……絶対詳しいよねその言い方。まぁいいや、いただきまーす!」
我ながら完璧な微笑みでそう返すと、彼女はむくれながら矛先を料理へと変えた。その事に、内心で密かに安堵する。
だって、あんな可愛い表情で聞かれたら言えないじゃないか。自分の知識だって、ライトとそう変わらないだなんて。
スプリングは日常的に芸術性の高い品が飾られている箇所が多いせいで、逆に身近すぎて見解を深めようと思ったことがなかったのだ。
(フローラ達が帰ったら、すぐにでもきちんと勉強しよう……)
そう決心して息をつく自分を、兄が何とも言えない眼差しでほほえましく見つめてきたので、彼の前の皿に自分の分だったピクルスを乗せてやった。苦手な酸味に気をとられて、今のことをさっさと忘れればいい。
「……っ!そ、それにしても、今日は本当に大変だったみたいだね」
一瞬兄の表情がひきつった事には全く気づかずに食事を続けていると、全員を見回した彼がそう水を向けてくる。
途端に、全員の間に流れる『あぁ……』と言ったような気だるい空気と言ったらない。
「まぁ色々あったけど、俺は試練そのものより合格してすぐの方の事が衝撃過ぎてな……。間に合って良かったよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!!」
「お兄様、一体何をされたんですの!?」
脱力したように呟いたライトにクォーツが全力で頭を下げ、そんな兄の姿にルビーが声をあげる。まさか彼女も、兄が試練合格直後に断崖絶壁から落下しそうになっていたとは思わないだろう。
そしてライトに謝罪はしたものの、クォーツは聞き取れないほどの小声で『でもフローラの前では言わないで欲しかった……!』と嘆いていた。恋敵と言う立場を踏まえて尚、正直少しばかり同情する。
そんな複雑な気持ちの自分の横では、いつの間にやら料理を平らげデザートにありついているフローラが、疲れた様子どころかむしろ元気な声で兄に色々と語っていた。
身振り手振りも加えて説明している少し幼いその仕草も愛らしく、特に横槍は挟まずにその会話を傍観していたのだが。彼女のある一言で、切り分けた肉に刺そうとしていたフォークを思い切り皿に突き立ててしまった。
「本当に、皆の偽者が恐くて大変だったんですよ!試練の空間から出るには、皆が偽者だって証明しなくちゃいけなくて、だからわざわざオバケの顔つきの布を縫ったんです!!」
それは災難だったねと苦笑する兄に『改心の出来でした!風に飛ばされちゃってどこか行っちゃいましたけど!!』と主張する彼女の背中に回り、先程ポケットに入っていたそれを広げる。
そう、玉座の花園で拾った、ホラーな顔の柄がついている悪趣味な布を。
(災難だったのは僕達だよ……!)
そんな思いを堪えて、にこやかな仮面のまま彼女の肩を叩く。
「その君の力作とやらは、もしかしてこれのことかな?」
そして、不思議そうに小首を傾げるその顔の前に、広げたそれを突きつけた。あくまで、にこやかに。
「あっ……」
自分の手にしている物に気づいたライトが、しまったと言った表情で自身のポケットに手を当てている姿が横目に入ったので、もちろん彼も後程事情聴取だ。何故わざわざ自身のポケットにこれを隠していたのか、きっちりと説明してもらわなければ。
「ごめんなさいごめんなさい!!でもそれには色々と理由が……!」
「理由、ねぇ……。フローラ、怒らないから素直に言ってごらん?」
「嘘だ!フライのその笑顔は嘘つきの顔だ!!」
青くなった顔を両手で隠して逃げるその姿が可愛らしくもう少し追い詰めてやろうかと思ったのだが、そう叫ばれて考え込んだ。確かに既に怒っているこの時点で、先程の言い方は適切じゃない。
なので、怖くないよう更に笑みを深めて訂正する。
「今きちんと話せば少ししか怒らないから、言いなさい」
そんな自分の表情を見てフローラとクォーツが小さく悲鳴をあげ、ライトが『あーあ、もう知らねぇ……』と呟く。こんなに笑っているのに、怯えられるとは心外だ。
悲しくて悲しくて、目がどんどん冷めていくのがわかる。口角だけを上げたまま。
「ごめんなさい、もうしませんーっっっ!!!」
その日の夕食時、スプリング王城の晩餐の間には、ある姫君の涙声の懺悔が響いたと言うが、そんな話、皇子である自分は全く知らない。
(と、言うことにしておこうかな)
~Ep.194.5 『怒らないから言いなさい』は、『今言えば少ししか怒らない』と同意~
『で?どうして無関係なはずの君がわざわざこの布を隠していたのかな?』
『何でって、そりゃ勿論バレたらこうなるからだろうよ。あんなに怯えちまって、可哀想に』
『そう?怯える姿も仔犬のように可愛らしくて良いじゃない』
『……人に意地悪いとか言う割にはお前も大概だと思うわ』
これからライト編に突入する予定なのですが、その前にフライ視点で閑話を書いてみました(*^^*)
最近感想欄や直に頂くコメントからフライ推しさんが割りと多いみたいなので(ノ´∀`*)
ぶっちゃけ今のところ人気が高いのは誰なのか、人気投票でもやってみたいですが一票も来なかったらと思うと恐くて出来ないチキンな作者なのです(;・ω・)




